数時間後、快斗がゆっくりと目を開いた。
コナンはその顔を真横から覗き込む。

「目が覚めたか?」
「名探偵・・・。」
問いかけたコナンに快斗が微かに目を細めるとフッと息を吐いて苦笑を浮かべた。

「たくっ・・・。なかなか起きねぇから心配したじゃねぇか。」
そう言って笑うコナンは指先で軽く快斗の額を弾いた。
その額をおさえながら、快斗がゆっくりと上半身を起こそうとする。

その瞬間。
「いって・・・。」と、声を漏らした。

それを見てコナンは言った。
「当然だ。体中いたるところに切り傷とやけどの痕があるし、あの爆破の中にいたんだから、もしかしたら、骨折とか・・・。そういう可能性だってあるんだからな。」
その言葉に快斗は、まだ状況が掴み切れていないのか、上半身を起こした状態でゆっくりとあたりを見回した。

「ここって、寺井ちゃんの車の中?」
「そうだよ。」
応えたコナンは運転席に視線を向ける。

「寺井ちゃん、来てくれたんだ。」
「当然です、ぼっちゃま!!まったく、いつも通り無茶をなさって。ぼっちゃまに何かあったら私は盗一様になんとご報告申し上げれば・・・!!」
「ハイハイ・・・。」
延々と続きそうな寺井の訴えに、快斗は苦笑して返すと、再び目の前のコナンを見つめた。

「それで、ゴメン。あんま良く覚えてないんだけど。今どういう状況?」
その言葉にコナンは溜息を吐いた。

「お前が結局船から出てこないまま、船底が爆発して。それからその爆発が船の燃料タンクに引火して二次爆発を引き起こして。そんな中でお前が傷だらけの状態で冠城さんを抱えて海面に浮かび上がってきたんだ。」
「そっか。」
快斗は応えると、わずかに目許に皺を寄せた。
それから顔を上げてコナンに尋ねる。

「冠城さんは?」
「あの人は大丈夫だよ。おそらく爆発の衝撃で気絶したのか、意識は無かったけど、まったく外傷もなかったし。服部が警察を通じて救急にそのまま預けてくれたから、今頃病院で和葉ちゃんと一緒に検査を受けているはず。」
「そっか、良かった。」
そう言うと、快斗はほっと息をついて微笑を浮かべる。

「それよりもよっぽど重傷なのはお前なんだからな。」
コナンは溜息を吐いて横目で快斗に視線を向けた。

「さっきも言ったとおり、全身切り傷とやけどの痕が残ってる。本当なら今すぐ病院に連れて行きたいとこだけど、そうもいかねぇから・・・。」
「うん、まあ慣れてるから大丈夫。」
「慣れるなよ・・・。」
コナンは心からの想いで呟いた。

「大の大人一人抱えてあの爆発の中からの脱出。しかも冠城さんに酸素マスクさせて自分は素潜り状態でさ。冠城さんは無傷なのはお前が冠城さんを守ってたからだろ?」
「そうなのかな。無我夢中だったから良く覚えてねぇけど。」
「本能レベルでやってるんだよ。」
流石にコナンも苦笑して応えると、快斗に笑い掛けていった。

「お前覚えてるか?海から上がって来てすぐお前俺の顔をみて。『あとはよろしく、名探偵。』って笑って。それで気ぃ失っちまったんだぜ?」
「おぼろげながら・・・だけど。」
応えた快斗が、ハハハッ・・・と苦笑いを零す。

それを見てコナンがもう一度深い溜息を吐いた。
「キッドの姿のお前を警察に引き渡すわけにもいかねぇし。あらかじめ何かあった時の為に寺井さんに連絡取りつけてあったからまだ良かったけど・・・。それで服部が警察の目を引きつけて誤魔化してる間になんとか寺井さんがお前を引き上げて。本当大変だったんだからな。」
おかげでみんなびしょ濡れだぜ・・・と。
軽く睨む様な視線を向けたコナンに快斗は苦笑を浮かべる。

「しゃあねぇだろ?んな事言ったってあの状況だし。まあとりあえず上に上がっちゃえば名探偵もいるしなんとかなるかな・・・とは思ってたんだけど。思った以上に高遠が仕掛けた爆弾の威力が大きくてさ。爆圧すっげぇ激しいし。」
ホントきつかったぁ・・・と。
今更ながらに呟きを漏らした快斗に、コナンはもう何度目になるかわからない深い溜息を吐く。

「たくっ・・・あの爆発の中でまともに上がってこれたのが奇跡だぞ、奇跡!!だから言ってんだろ?お前いっつも最後の最後で詰めが甘いんだって。ちったぁ反省しやがれ!!」
そう言ってフイと横を向いたコナンに快斗が目を細めて微笑を浮かべた。

「ああ、心配かけて悪かったよ、名探偵。」
予想外に素直にそう謝ってきた快斗に拍子抜けしたコナンは一瞬だけ目を瞠った。
それから口をへの字にしたまま言った。

「まあ、予想の範囲内だけどな。お前の場合。」
「だろうな。」
そう口にしたコナンに快斗はが微かに瞼を伏せる。
そんな快斗を見てコナンは少しだけ目を細めた。

「で・・・気になってたのはあの端末か?一旦すべてライトが消えたはずの端末の液晶がいつのまにかまた点灯してたよな。」
たずねたコナンに快斗が首を縦に振り言った。
「ああ、やっぱり気づいてたんだな。」
「たりめぇだろ?」
頷いたコナンに快斗が不思議そうに首を傾げる。
「気づいてたのにどうしてあの時何も言わなかったんだよ?名探偵。」
「当然だろ?あの場で俺がそれを口にすれば服部も和葉ちゃんも足止めされちまう。そうすれば、もし解除した爆弾が万が一予定時間ジャストに爆発した場合、彼女の脱出に絶対に間に合わなくなる。」
そう言うとコナンは息を吐いた。
「お前が必死で見つけ出した彼女の命をあそこで散らすわけにいかねぇし、いざ何かあった時は俺達の存在はお前にとって足手まといになる。だから、俺も服部もわかっててお前をあの場に残していったんだよ。」
そう当たり前の様に伝えたコナンに快斗が目を瞠った。
その顔を見上げてコナンがフッと笑みを浮かべる。

「名探偵・・・。」
「その代わりちゃんと念は押しといたぜ。『待ってるから。必ず戻って来いよ。』って。言っただろ?覚えてるか?」
コナンは軽く口許を上げてたずねると快斗は深く息を吐いて頷く。
「ああ、もちろん。」
応えた快斗にコナンはもう一度笑みを浮かべると、それから少しだけ表情を険しくして快斗の顔を覗き込んだ。

「で・・・どうだったんだ?あの液晶表示、何が書かれてた?」
「いや、何も。それどころじゃなかったし。脱出するので精一杯。」
たずねたコナンを数瞬だけ見つめてから快斗は首を横に振る。
その顔をしばらく見つめた後でコナンは「そうか。」と応えた。

(ぜってぇ何か隠してやがる。)
そうは思ったが口にはしなかった。

問い詰めたところで、快斗が言わないと決めている以上絶対にポーカーフェイスではぐらかされて口にしないだろうし、それよりも今は快斗の傷の回復の為、休ませるのが優先事項だ。
そう思い、コナンは一瞬だけ瞼を伏せてから再び顔を上げた。

「とりあえず、お疲れ。」
そう笑い掛けたコナンに快斗は柔らかい笑みを返す。
「ああ、サンキュー。」

その顔を見てコナンは思った。

それはやっぱりどこからどう見ても。
大悪党の顔じゃないな・・・と。

そう微笑を浮かべつつ、心の中で苦笑していた。