それからコナンは大阪市内を30箇所以上回り、さすがに溜息を吐きたい気分に駆られた。
その時だった。

快斗から受け取ったリストの中にあった廃ビルのある一室。
その部屋の扉の前には、老朽化などの影響だろう。
テナントもほとんど撤退したらしくみえる錆びれたビル。
いかにも時代を感じさせるコンクリート造りの建物の中には似つかわしくない、藍染で仕立ての良い和柄の防具袋と竹刀がそこには立てかけてあった。

「あれって・・・!!」
駆け寄ったコナンが屈みこんでその防具袋を覗き込む。
袋の下側に記名がされていて、そこには『服部 平次』という名前が刺繍で縫い付けられていた。

「服部の防具袋と竹刀!それじゃここに!!」
コナンは取っ手に手を掛けた。
だが、扉を開こうとする直前、咄嗟にその手を離した。
そして、瞬時に思考を巡らせる。

あまりにもあからさまなそのやり口。
おそらく、この扉の先には平次がいるのだろう。
そして、平次を見つけてひとまずハッピーエンド。

あの高遠がそんな単純な仕掛けで満足するだろうか?
そう思い、コナンは一旦扉から一歩下がると、その扉を見上げた。

「服部、ここにいるのか?」
呼び掛けたが何も反応はなかった。

声が出せない様に猿轡でもされているのか?
それとも、本人はここにはいないのか?
コナンは考えた。

とにかく中を確認しよう。
そう思い、コナンはまわりを見渡す。

通路側には窓がない為、部屋の中を確認する事は出来ない。
だが、ビル全体がほぼ廃墟と化している中で、幸い唯一、その部屋のすぐ隣のテナントの扉の入口に看板がある事に気づく。

コナンはその部屋の前に行くとノックをした。

「なんだ、ボウズ。」
柄の悪そうな、出来る事ならあまり関わりたくない雰囲気の、パーマがかって肩までかかる金髪がとても印象的な大男がコナンの前に立ちはだかった。

「すみません。あの、ちょっと隣の部屋でお父さんに待っている様に言われたんだけど。鍵を忘れちゃっては入れなくて。それで、この部屋にたぶん隣の部屋に続く通風孔があるでしょ?そこを通らせてもらってもいいかな?」
言いながらコナンは苦笑いをした。

さすがに苦しい言い訳だ。
あまりにも現実味がなさすぎる。
やっぱ無理があったか?

そう思ったが、男はコナンの目の前に座り込むとじっとコナンを見つめた。

「お前一人なのか?母親は?」
「えっと、お母さんは僕が小さい時に死んじゃったから。」
そう言うと、男がコナンの両肩に手を置いて涙ぐんだ。

「そっか。それで、こんな廃墟同然のボロ建物で働いてるダメダメな父親に呼び出されて・・・。苦労してるんだな、お前。」
「う・・・うん。」
答えたコナンが頭を掻きながら苦笑いをする。

(なんか勝手にストーリー盛られてる気がするけど。まっ・・・いいか。)
そう思いながら、コナンはしばらく男のごつい腕に抱かれていた。

「こんな世の中だけどな。生きてりゃいい事もあるからな。」
「うん、おじさん、ありがとう。それで、通風孔・・・。」
コナンが言うと、男がコナンを肩車の要領で肩に担いだ。

「ああ、こっちだ。」
そう言うと、男はちょうど隣の部屋に隣接する部屋に設置された通風孔の蓋を外し、コナンをそのまま持ち上げて、中にコナンを下ろした。

「ここから行けると思うが。なにかあったら大声で呼べよ。すぐに助けに行ってやるからな。」
どうやら見かけより親切で良い人らしい大男がそう言って笑った。

「うん、ありがとう、おじさん。助かったよ。」
応えるとコナンは、通風孔を頭を下げたまま奥へと進んだ。

さすがに隣接しているだけあって、あっという間に目的の部屋を見渡せる場所に到着した。

(まずは服部・・・。)
心の中で呟きながら室内を見渡すと、部屋のど真ん中に椅子に縄で括り付けられて、胸の前に爆弾を巻かれた平次がいるのを確認した。
平次もすぐにコナンに気づいたが、予想通り、猿轡がされた状態で、両足も縄で縛られて、唯一右手がスマホを操作出来る状態になっているだけで、それ以外は身動きが取れないらしい。
そんな平次を見てコナンは唇を噛んだ。

「すぐに助ける!!待ってろ!!」
そういうと、コナンは部屋の扉の方に目を向けた。
その瞬間、コナンは大きく目を瞠る。

そこには、扉を開けた瞬間爆発するよう爆弾が仕掛けられていた。
先ほどコナンがそのまま扉を開けていたら、コナンは中にいる服部、爆発の規模によっては、先ほど助けられた男性も巻き込んであの世に行っていた・・・というわけだ。

(すっげぇ危機一髪・・・。)
コナンは心の中で呟いた。

入口からは入れない。
ここはビルの7階だから、外の窓から入るのは不可能。
とすると、やはり入口はこの通風孔しかない・・・という事になる。

コナンはそう思い、通風孔の蓋を外そうとした。
だが、外側から外れない様に頑丈に固定がされていて開けることが出来ない。

そういえば、通風孔は通常外側から開けるもので、中から開けるものじゃない。
通風孔を内側から難なく開けてるのなんてキッドくらい・・・。

そうコナンは考えたところで、すぐにスマートフォンの着信履歴から快斗の名前を選び出して発信のボタンを押した。

『名探偵、どうした?』
「服部が見つかった!!」
『本当か!?』
快斗が大きく声を上げた。

「ああ。だが、問題がある。部屋の入口で扉を開いたら爆弾が爆発する様に内側に仕掛けがされている。それで今、隣の部屋から通風孔を通ってきたんだけど、外側から固定されてて通風孔の蓋が開けられないんだ。」
『なるほどな。』
快斗は少しだけ微笑すると、コナンにいくつか指示を出した。

すると、不思議といともあっさりと開いた通風孔にコナンは苦笑を漏らした。
「さすが怪盗キッド。」
『当然、基本中の基本だよ、ホームズ君。』
そう茶化して笑う快斗にコナンは「サンキュー」と告げる。

『それで、服部は?どういう状態なんだ?』
心配そうにそう口にした快斗にコナンが応える。
「胸のあたりに爆弾を巻きつけられてる。だがみたところ、オーソドックスなタイプだから、解除は問題ないと思う。」
『そうか、わかった。あの高遠の事だからな。遠隔装置は即行解除しとけよ。じゃあ、オレは和葉ちゃんの捜索を続けるから。頼んだぜ、名探偵。』
「ああ。」
応えるとコナンスマートフォンを懐に戻し、サスペンダーを使って下に降りた。
そして、平次に駆け寄ると、持っていた簡易シャープナーで平次の猿轡を解いて、それから縄を切り拘束を解いていく。

「すまんな、工藤。」
「ああ、だがまだ動くなよ?爆弾の解体が済んでないからな。」
答えたコナンは、慎重に平次の体に巻きつけられた爆弾の解体を続けていく。

そして、最後のコードを切り終えたところで、爆弾を平次から外して大きく息を吐いた。

「遠隔装置もオフにしといたから。これで高遠にも手出しは出来ない。」
「助かったで。ホンマ、死ぬかと思うたわ。」
平次もそう言って大きく息を吐いた。

「ああ、だが、お前のいる場所は手掛かりも多かったし、わざと入口に不自然な仕掛けもしてあったから、たぶん高遠は俺がお前を助けにくる事はわかってたんだと思う。」
「お前がこっちに来たっちゅう事は、和葉を助けに行くんは黒羽・・・。」
「ああ、やはり高遠の本命はそっちだよ。」
「ホンマ、嫌なやっちゃな。ムカつく男や。」
そう言って立ち上がると、服部は椅子から立ち上がり言った。

「ほな、黒羽のところに行くで。」
「ああ。」
答えたコナンと平次は二人で並んで足早に歩き始めた。