コナンは駅の中に入ると、まっすぐ改札を目指した。
それから人ごみをかき分けて小走りで新幹線乗り場へと向かう。

外見は小学一年生の幼い子どもであるコナンが険しい表情で人波をかき分けながら走っていく背中を見て、訝しがる男性が何人もいたし、心配そうにその小さな背中を見送る女性も一人や二人ではなかった。
だが、コナンはその視線には構わず奥へ奥へと向かい、辿り着いた新幹線乗り場の入場口で当日券を購入すると、すぐに中へと向かった。

ようやくチケットを購入した新幹線が来て席に座りほっと一息ついたコナンの横を、新幹線の車内販売の女性がコナンの横を通り過ぎようとして、一人きりで座るコナンに気づき立ち止まった。

「ボク、一人?お母さんは?」
その問いにコナンは頭を掻いて苦笑すると子どもらしい声で言った。
「ママはおトイレに行ってるの。だから僕は一人でお留守番。席から離れちゃいけないよっていわれてるから。」
「そっか、えらいね。」
女性はそう言うと、コナンの頭をなでなでして微笑む。

「ボク、ご褒美にアイスあげようか。」
「ううん、ママに冷たいの食べるとお腹壊しちゃうからダメっていわれてるの。」
「そうなんだ。お母さんとの約束守れて偉いね。」
女性はそういうとウィンクしてカートの持ち手に手を掛けた。

「お姉さん何度か来るから。困ったことがあったら声掛けてね。」
「うん、ありがとう、お姉さん。」
答えたコナンは手を振ってその女性の姿を見送ると大きな溜息を吐いた。

「くっそ、面倒だな。」
呟いたコナンは窓の方を向いた。

少し暗がりになっていて、窓に自分の姿が映し出される。
それは、本当の自分ではない、借りの姿。

非常事態にこんな会話は時間のロスだ。
だが、スルーして、迷子で警察に引き渡されるわけにはいかない。

本来の姿なら、こんな事はないのに。
そう思いながらもう一度溜息を吐いた。

そうしているうちに、発車ベルが鳴り出し、新幹線がゆっくりと動き始めた。

だんだん速度を上げていく車両は、あっという間に横浜を抜け、一時間も経たないうちに、窓の外に富士山が見えてきた。
冠雪が見事な冬の富士山が真冬の濃い青空で映えて美しかった。
それを横目で一瞬だけ見つめると、コナンは腕時計に視線を落とした。

「とりあえず・・・。博士の家に泊まるって蘭に連絡しとかねぇとな。」
そう言いながら立ち上がると、デッキへと向かった。
そこで、窓際に身を寄せながら蘭の電話番号を選んで通話ボタンを押した。

「コナン君。探したんだよ。今どこにいるの?」
たずねてきた蘭にコナンは応える。
「今博士の家にいるんだ。それで、博士の作ったゲームが面白いから、このまま泊まっていきたいんだけどいいかな?」
たずねたコナンに蘭が大きな溜息を吐く。

「もう。ゲームばっかりやってるんだから。コナン君、先週もそういって博士の家に泊まってたでしょ?よくないよ?」
「そうだったっけ?」
ハハハッ・・・とコナンは乾いた笑いを零す。

「そういえば、博士の家にも行ってる?」
その問いにコナンは首を傾げる。
「誰が?」
「誰って・・・。それじゃ、まだなのかな?警察の人。」
その答えにコナンは目を瞠った。

「警察の人が来てるの?」
「うん、そう。でもうちだけじゃないみたい。」
「なんで?」
たずねたコナンに蘭が応える。

「ほら、あの夏の紺碧島の事件で捕まった連続殺人犯んがいるじゃない?あの人が脱獄したんだって。」
その答えにコナンは大きく目を見開いて数瞬言葉を失う。
「コナン君?コナン君、大丈夫?」
「うん・・・大丈夫。」
なんとか応えたコナンは蘭に問い掛けた。

「それで・・・。その犯人が脱獄して、どうして警察の人が来るの?」
「それがね、その犯人が紺碧島の事件の関係者、たとえばわたしとか青子ちゃんとか黒羽君、私達関係者のまわりに現れる可能性が高いんだって。だから犯人の待ち伏せも兼ねて警護させて欲しい・・・っていわれてね。」
「そうなんだ。あっ・・・今、博士のとこにも来たみたい。僕も呼ばれてるから行ってくるね。」
「えっ、コナン君。早く寝るんだよ。博士に迷惑掛けないで・・・。」
本当の子どもを諭す様に言い始めた蘭の声を遮り、コナンはすぐに終話ボタンを押した。

それから、トンネルが続く薄暗い車内で窓の外に視線を向ける。
「やっぱりか・・・高遠。」
そう言いながら、両掌を強く握り締めた。

嫌な予感が当たってしまった。
だとしたら、そこから先の行動は、コナンにも推測が出来る。

誰が予測したのかわからないけど、確かに高遠はコナン達の前に現れる可能性が高い。
その中でも一番可能性が高いのが、快斗だった。

なぜか高遠遙一が執着し、たびたび絡んできて。
おかげで彼女である青子は2度も殺されかけている。

「くっそ・・・。」
呟いた。

その時。

スマートフォンのライソの着信音が鳴った。

その相手のアカウントはコナンの知らないアカウント。
一瞬訝しく思ったが、今この状況だと、この状況を打開するヒントである可能性もある。

そう思いコナンはライソのアプリを立ち上げる。

開いて見るとグループへの正体だった。
危険だが、コナンは参加を選択する。
すると、登録されている人数は3人。
一人はコナン。
それに『king』と『Artist of hell』

「『Artist of hell』・・・地獄の芸術家。高遠か。」
呟いたコナンの目の前でメッセージが着信する。

見ると、ライソとしては少し長めの文章だが、内容は、高遠に服部と彼女が別々の場所に拘束されている事。
それぞれ取り付けられた爆弾は高遠が起動スイッチを押した時間から12時間後に爆発する様に設定されている事。
あいつの父親の大阪府警本部長や彼女の父親の遠山府警刑事部長、それに前回の事件に関わりのある警察関係者には絶対にこの情報を口外しない様に厳命されてる事。
もし情報が伝わっている事が高遠に知られればその場で服部と彼女の起爆スイッチが押される・・・という事だった。

これが『king』からの情報、という事は、服部が『king』なのだろう。

「なるほど、こういう事か。」
コナンはそれを読んで納得した。

だから、服部は先ほど電話して来た際に、恐らく高遠遙一の監視下の元、リスクを承知であんな奇妙な事を言っていたんだ。
コナンに自分の危機を知らせる為に。

「まだ、これで終わりじゃないよな。」
そう思ったが、続きのメッセージはなかった。

コナンは一度座席に戻ると、足を組み、両掌を口許の前に合わせて考える。

メッセージで読んだ限りでは、服部と和葉は非常に危機的な状況。
なのに、その後の連絡がこないという事は、時間制限、文字数制限など、高遠に内容を瞠られている可能性が高い。というか、絶対そうだとコナンは確信する。

「やっかいだな。足取りが掴めねぇ。」
コナンはそう言いながら大きく溜息を吐いた。

「せめてあいつがいれば・・・。」
そう思いながら、コナンは窓の外に視線を向ける。

『何かあったら必ず言えよ、新一。』
そう先ほど快斗が話していたのを思い返す。

誰よりも頼りになる存在。
だが、最も高遠遙一に関わらせたくない大切な友人。

「どうすっかなぁ・・・。」
コナンは再び窓に映る自分の姿を見つめる。

その間にも、新幹線は超高速で走り続けていた。