あの日、ホテルに先にチェックインしたオレは、後から来たあのおっちゃんに「お前~~『疲れたからお先に!!』って、あの大変な状況で。このボウズに言づてしただけで先にホテルに戻っちまうってどういう神経してるんだよ!?」と、散々文句を言われ、それを苦笑いで見ている名探偵と顔を見合わせて少しだけ苦笑した。
青子は結局、警部と同じホテルに泊まる事になり、翌日オレ達は合流して東都に。
そして、日々の生活へと戻っていった。

それから約一か月後の事。

連休に行われる和葉ちゃんの競技かるたの大会に合わせて服部と和葉ちゃんが上京してくる事になった。
大会の後、服部は名探偵と二人でオレの家に泊まる事になり、その日。
夜中まで3人でたわいもない話をして、そろそろ寝ようかと、オレが自室のベッドの下に服部と名探偵の布団を並べて敷きながら用意していた時の事。

「ほな、黒羽。聞いたで~。キッド人気再燃・・・って。世間でエライ騒ぎになっとるやないか。」
そう言ってベッドに腰かけると、オレの肩に腕を掛けて顔を寄せてきた服部にオレは苦笑する。

「別に。いつもの事だし。ほっときゃそのうち収まるだろ?」
「ホンマかぁ~?収まるんか?これ・・・。」
そう言うと、服部はスマホでネットニュースを検索して、その画面を名探偵に向ける。
それを見て苦笑いを零した名探偵は少しだけ溜息を吐いた。

あの日のオレの予想通り。
もっといっちまえば、計算通り。

メディアはあの後、あの館長のビッグジュエルに関する画策と。
館長が過去に起こした、非人道的ともいえる行為について、こぞって取り上げてくれた。

今は、睦月さんのお母さんが当時睦月さんを身ごもった。
その行為について、両者の同意の上でのものであったのか?
それとも、家主と使用人という立場上、強制されたものであった可能性もあるのでは・・・と。
そこまで話が進み、改めて当時の使用人の証言などが警察によって再調査されてるらしいという話題で、日々昼間のワイドショーとかも盛り上がっているみたいだ。

だが、服部が言ってるのはその話ではなく・・・。

「キッドが犯人の姉さんに優しくマントを掛けてくれて。それでキッドは自分のリスクを犯してまで、そのマントを譲ってくれた・・・いうて、例の彼女が警察に話してたんやて?」
「ああ。まあ、マントを持ってっていいか?って聞かれたから、いいよって応えたし。オレに促されて自首したことを言ってもいいか?って聞かれたから、構わないよ・・・って応えただけで。
「と・・・いうとるけど。」
応えた服部が苦笑して名探偵に笑い掛ける。

「クールで神出鬼没でミステリアス。もちろんそれだけでもエライ人気やったのに、今回それに加えて、キッドがめっちゃ優しいフェミニストで人格者や・・・って。SNSで拡散されて、ホンマ偉い事になっとるで。」
「ああ。」
応えた名探偵がもう一度溜息を吐く。

「ちなみに、今、この程度の騒ぎで済んでるのは、中森警部が必死で警察側の情報の鎮火に回ってるからだよ。」
「そうやったんか?ていうか、この騒ぎで、この程度・・・っやて?」
「この程度、だよ。実際警察の捜査の手はまだこいつにまったく伸びてない。相変わらず、キッドが現れた18年前っていう年齢から40代位のマジックが出来る人間を中心に捜査を進めてるって警部が言ってたから。」
首を傾げた服部に名探偵が深い溜息を吐き出して、少しだけオレに横目で睨む様な視線を向ける。

「たくっ・・・。お前も知ってるだろ?お前とキッドの人格が一致していると警察に知られたら、マジシャンであるお前には即行警察の捜査の手が伸びる可能性が高い。だからこそあえて警部が今、警視庁内で、鬼の様にキッドがそんな善人なはずがないだろっーーー!!!って触れて回ってるのを。」
「ああ。」
応えたオレは苦笑して軽く息を吐いた。

オレの罪はオレがしてきた事だから、もしもの時は仕方ない・・・って。
オレ自身はそう割り切っているんだけど。

警部や名探偵はこの世界の誰よりもオレの真実を知っていて。
立場的にもキッドであるオレを捕まえなきゃいけない存在であるはずなのに。

誰よりもこんなふうにオレの心配をして。
その身を案じて、守ってくれている。
守られている。

その事をあの日からオレはより強く実感している。

もちろん警部と名探偵の懸念もわからないわけじゃないんだ。
もしその時が来たら、オレは青子の事も含めて散々思い悩むだろう。

それでもオレは、やっぱり、睦月さんの事件があった、あの日あの時に戻ってやり直せっていわれても。
絶対嫌だと答えるだろう。

そうしないと、睦月さんが。
それに、如月さんも、睦月さんのお母さんも報われない。
すべて館長の悪事が意のままに闇の中に葬られていくなんて、オレは絶対に許せない。

だから・・・。

「盗む為じゃなくて守る為・・・て。そういうてたな、黒羽。」
「ああ。」
それはオレが初めは名探偵に伝えた言葉。
それから、しばらくして、服部にも同じ事を伝えた。

今のオレにキッドでいる必然性はない。
組織も壊滅させて目的は果たした。

そんな今、キッドをどうするのか?
たずねられたオレは応えた。

キッドでいる必然性はないのかもしれない。
だけど、もし、キッドの存在が誰かを守る為に必要だ・・・って。
そう、オレ自身が判断した。

その時は、オレは躊躇しない。

大切な人。
傷ついている誰かを守る為に、オレはキッドとなる。
そう決めたんだ。

だけど、出来るなら。
オレは、今のオレ。
黒羽快斗として、自分に出来る精一杯の事をしたい。
そう思ってたんだけど。

今回はどうしても、キッドの存在が必要だと思ったんだ。
オレのままでは睦月さんを救う事が出来ない。

だから・・・。

「それが今の黒羽の『正義』っちゅう事やな。」
その言葉にオレは数瞬だけ目を見開くと、微笑して頷く。

「ああ。」
「ええと思うで。俺は。」
「服部・・・。」
呼び掛けたオレに服部が出会った時と変わらない、さわやかな笑顔で微笑む。

「せやけど。お前がいなくなったら困る人間がたくさんおるっちゅう事も絶対に忘れるなや。」
オレはその言葉に瞼を伏せて頷く。
「ああ、わかった。」
「ならええわ。ほんじゃ・・・。」
おやすみ・・・と。

さっさと布団を被って眠り始めた服部に、オレと名探偵は顔を見合わせて笑みを浮かべる。

「忘れないよ、絶対に。」
呟いたオレもベッドの中に入って瞼を閉じた。

カーテンの隙間から差し込む月の光を感じながら。
オレは、オレの中にいるもう一人の自分と背中合わせで立っている。

そんな自分を、瞼の裏に思い描いていたんだ。