「睦月さん!!」
「コナン君」、どうしたの?」
館内の通りを歩いていた睦月さんを見つけると呼び掛けた名探偵に、睦月さんはニッコリと笑って応えた。
さきほどの涙はとりあえず落ち着いたみたいでオレと青子はほっと一息ついて顔を見合わせた。
だが、その直後、名探偵の問いかけに睦月さんの表情が凍りついた。

「睦月さん。睦月さんのお母さんについて教えてくれる?」
「お母・・・さん?」
「うん、そう。」
応えた名探偵に睦月さんが顔を伏せた。
それから顔を上げるとぎこちなく笑った。

「わたしは施設の出だから。母の事は知らないの。」
「そう・・・なんだ。」
「どうしてそれを知りたいと思ったの?」
名探偵の目の前にしゃがみ込み視線を合わせた睦月さんに、名探偵は応える。

「ねぇ、睦月さんのお父さんは館長さんじゃないの?」
その問いかけに睦月さんは息を吐くと苦笑いを零した。
「コナン君・・・だっけ。ホームズみたいになんでもお見通しなのね。」
睦月さんは応えると、名探偵に手を伸ばした。

「場所を変えようか。」
「うん。」
差し出された手を名探偵は取り、並んで歩き始める。
オレと青子は名探偵と睦月さんの後を追った。

そして外に出ると、先ほどの公園に来て、睦月さんは木陰にあるベンチに腰かけた。
名探偵もその隣にチョコンと座り並ぶ。

「親子連れが多いね。」
睦月さんは公園を見渡すと静かにそう言った。
それから、青子に視線を移し切なげに目を細める。

「さっき見かけたわ。中森警部。あなたのお父さん。」
「睦月さん・・・。」
「きっとあなたが心配でいても立ってもいられなかったのね。」
優しい人ね・・・と、口にする睦月さんは遠い目をしていた。

「睦月さん、聞いてもいい?」
「ええ。名探偵、縦鼻は出来てるわよ。」
応えた睦月さんに名探偵がまっすぐ真剣な表情を向ける。

「睦月さんのお母さんは・・・。」
言い掛けた名探偵に睦月さんが息を吐いた。

「母は元華族という名のある家のお屋敷で住み込みで下働きをしていたの。」
「元華族・・・。」
呟いたオレの頭に浮かんだのは、館長の奥さんだという皐月さんの顔だった。

「母はその家で身ごもり、そして、臨月出産予定日間近・・・という雪の日に、外で倒れているのを発見されたらしい。」
そういうと、睦月さんは掌を強く握り締めた。
「たまたま通りかかった人が病院に通報してくれたけど、ちょうど産気づいていた母は私を産んで、そのまま亡くなった。」
「そんな・・・。」
口許に手をあてた青子に睦月さんが顔を伏せたまま微笑する。

「母を屋敷で身ごもらせて、都合が悪いから棄てて。しかも、母子共に命を奪おうとした。それが私の父親よ。」
睦月さんはそういうと、名探偵の方を向いて微笑む。
「まあ、私はこうして生き残っちゃったんだけどね。」
「睦月さん・・・。」
呼び掛けた名探偵に睦月さんが再び前を向いて言った。

「どうしてそんな事を私が知ってるのか・・・って、思ってるでしょ?」
「うん。」
たずねた睦月さんに名探偵が応える。

「私は母の顔を知らない。だから父が誰なのかを知りたかった。だから、18を過ぎて施設を出て、自分で調べたのよ。」
「調べたって、どうやって?」
問いかけた名探偵に睦月さんは言った。

「母の遺した母子手帳から、母が住み込みしていた家を割り出した。そこで、古参の女中頭・・・という人がいてね。私にこっそりと教えてくれたのよ。私の父と母の事。そして、私を身ごもった母が痛烈に夫人に嫌がらせを受けていた事。そして、母が屋敷を出た後、父の部屋にココアが入ったマグカップが二つおかれていた事。」
「ココア・・・。」
呟いた名探偵に睦月さんが微笑む。

「ここまでいえば、君にはわかるよね。名探偵。」
「うん。でも、睦月さんは、だったらどうしてここで辛い思いをしながらお仕事を続けてるの?」
その問いに睦月さんは少しだけ視線を上に上げて空を見上げた。

「執着・・・かなぁ?」
口にした睦月さんが苦笑いを零す。

「認知もされていない。あの人にとっては、私はあの人が人生で最も消し去りたい過去の汚点。愛情なんて微塵も欠片もない。それはわかってる。それでも・・・。」
そこまでいうと、息を吐いた睦月さんが再び青子を見て目を細める。

「充分な愛情を受けた子どもは、自然に親の手を離す事が出来るの。自分が親の愛で満たされている事を無意識に自覚しているから。でも・・・。」
そういうと睦月さんが顔を伏せる。
「私みたいに親の愛情を知らない人間は心がどこかいびつになる。ねじれてこじれて。それでも執着を絶つ事が出来ないダメな人間になる。」
「睦月さん・・・。」
呼び掛けた名探偵に睦月さんがフッと息を吐いた。

「ゴメンね、辛気臭い話で。でも、ちょっとスッキリしちゃった。」
睦月さんはそう口にすると、両手を上に上げて伸びをした。

「私はポワロよりもシャーロックホームズが好き。ポワロは最後の最後で探偵としては越えてはならない一線を越えてしまう。でも、シャーロックホームズは最後までどこまでも正義を貫く。」
「うん。僕もそう思うよ。ホームズは僕の憧れの人なんだ。」
「そっか。」
応えると睦月さんは立ち上がり名探偵の頭を撫でた。

「それじゃがんばってね。ホームズ君。」
睦月さんはそういうと、後ろを振り返る事なく、美術館に向かって歩き始めた。

オレ達はやっぱり何も言えないまま、そんな睦月さんを見送る事しか出来なかったんだ。