「よろしいですかな?」
オレ達は再び美術館へと戻ると、事務室の奥にある応接室の扉を開けた。
そこでは、先ほどと同じ様に、館長と毛利探偵が二人、探偵談議に花を咲かせているところだった。

「中森警部!!」
立ちあがった毛利探偵が警部の前に立つ。
「どうも。子ども達がお世話になります、毛利さん。」
「いえ。お話ではいらっしゃらないと伺ってましたが・・・。」
「そのつもりだったんですが、事情が変わりましてな。」
そういうと警部は、視線を館長に移し、数歩前に歩みを進める。

「はじめまして。警視庁の中森です。」
「当美術館館長の望月です。」
応えると館長は立ちあがり右手を前に差し出した。

「いやはや、驚きました。今回出された予告状は偽物と判断されたとのことで、あなた様はお見えにならないかと・・・。」
そういうと、館長はきらりと目を輝かせて中森警部を見つめる。

「もしや、やはり予告状は本物だったと・・・。キッド担当の警部さんが来られたという事は、そうご判断されたという事でしょうか。」
「いいえ。」
その問いに警部は即座に否定をして頭を振る。

「ご存知の様に、キッドは昨年の夏から約1年、予告状は出しておらず、実際姿を現してもまったく宝石の盗みは行っていない。また、キッドは元々ビッグジュエルのみを狙う泥棒でしたが、それにはなんらかの理由があり、キッドはその何らかの理由にまつわる目的を達した為、姿を消した。今後一切彼が宝石を盗む事は無いだろうと我々としては考えています。」
「なるほど。なので、警部は今回の予告状についても偽物と断言された・・・と、そういう事ですな。」
毛利探偵は頷くと、口許に手をあてる。
「確かに、最近は鈴木財閥の鈴木次郎吉相談役がキッド捕獲の為に宝石の展示を行っても、キッドからは返答すらなくまったく音沙汰がないらしいですからな。」
「ええ。きっと彼にはもうそのビッグジュエルは不要なものなのですよ。だから姿を消した。そう考えるのが自然の成り行きだと思います。」
「確かに。」
応えた毛利探偵に、警部がわずかに目許を鋭くして視線を館長に向ける。

「一方、今我々の頭を悩ませているのは、キッドの名を騙り犯罪を犯そうという輩が未だにいる事です。」
警部のその言葉にオレはわずかにポケットの中で掌を握った。
「これはキッドが姿を消す以前からたびたび起こっていた事ではありますが、たとえばキッドに殺人の罪や宝石の盗難の罪をなすりつけて、自分はその罪を逃れようとする。そういう人間が未だに後を絶ちません。」
警部の言葉に毛利探偵が頷く。
「シンガポールでも、キッドを殺人事件の容疑者に仕立てたりした事もありましたなぁ。」
「その通りです。」
応えると、警部は軽く息を吐いた。

「キッドは元々犯罪者。その罪が一つ二つ増えようが、微罪が増えるだけ・・・と。そういった連中は考えるのでしょうがとんでもない事です。」
「犯罪の隠れ蓑としてはこれほど都合のいい存在もありませんからなぁ。」
「ええ。もちろん、キッドが犯してきた犯罪は犯罪です。それは責められてしかるべきのものですが、だからといって、それを利用して他人の犯罪まで彼が請け負うというのは世の中の道理に反する許されざる事です。」
警部はそういうと、後ろを振り返り、一瞬だけオレを見つめて頷く。
そんな警部にオレは無言で頷いて、隣にいる青子の手を握った。

「私は今回のキッドの予告状は、この美術館の関係者から意図的に出されたものだと考えております。その調査に、ご協力願えますかな?望月館長。」
鋭い視線で告げた中森警部に館長が少しだけ青ざめた顔で唇を強く引きながら頷く。

「ええ、もちろん。私共に出来る事があれば、なんでも仰ってください。」
「ご協力感謝します。それではまず、館長。あなたのお話を聞かせていただきたいと思いますので、お時間をいただけますかな?」
「はい。」
問いかけた警部に館長が表情を硬くして頷く。

オレはそんな警部の背中を、何も言わずにじっと見つめながら、胸に熱い想いが込み上げてくるのを心から感じていたんだ。