「あら、こんにちは。」
オレ達が美術館に入るとまず声を掛けてきたのは、髪が肩下まであるウェーブに和服姿の綺麗な女性。
年頃は40代半ば・・・というところだろうか。

「こんにちは。」
揃って頭を下げたオレ達にその人はとても品の良い笑みを口許に湛えて会釈をする。
「ええ、こんにちは。」
それからその人は、オレ達をここまで案内してくれた睦月さんに視線を移した。

「睦月さん、もしかしてそちらにいらっしゃる方は・・・。」
「はい!!探偵の毛利小五郎先生です。」
笑顔で応えた睦月さんに毛利探偵がコッホンとわざとらしく口許に手をあてて咳払いすると、いつも通りの澄まし顔で一歩前へと進み出る。
「名探偵の、毛利小五郎です。よろしく。」
「自分で言うか・・・。」
呆れながら苦笑したオレに名探偵が苦笑いを零す。

「まあ、あの名探偵の毛利小五郎先生。お会い出来て光栄ですわ。」
先生といわれて調子にのった毛利探偵は口許を引き上げるとますます調子づいて胸を張る。
「わたくしの方こそ、こんな美しいマダムに名前を知られているとは。光栄ですよ。」
そう言って右手を差し出す。
「まあ先生、お世辞もお上手ですわ。」
ホホホッ・・・と。
そう言いながら、どうみても社交辞令だろうというやりとりをしたその人は同じ様に右手を差し出し握手をすると微笑んで言った。

「私はこちらで副館長をしております。皐月ひとみと申します。よろしくお願いします。先生。」
「ええ、こちらこそ。」
応えると毛利探偵はデレッとしつつ左手を頭にやりながらやっと右手を離した。
「たくっ・・・あのエロおやじ。」
小声で呟いたオレに隣で青子が苦笑する。

「それで、毛利先生はどの様な御用でこちらに?」
皐月さんがたずねると、睦月さんが一歩前に進み出て言った。
「私がお呼びしたんです。例の怪盗キッドの・・・。あの件で毛利先生にアイランドクリスタルを守っていただく為に。」
そういわれると皐月さんは睦月さんに鋭い視線を向ける。
「あなた・・・ただの事務員の分際でそんな勝手な事を。」
「えっ・・・でも。私は館長の了解もいただいておりますし。もしかして皐月さん、館長からうかがってませんか?」
問いかけた睦月さんに皐月さんは更に眉根を吊り上げて唇をきつく結ぶ。
「知らないわ!!そんな事!!」
声を張り上げた皐月さんにオレ達は唖然とする。
それに気づいたのか皐月さんが誤魔化す様に「ホホホッ・・・。」と再び口許に手をあてて笑みを浮かべた。

「いえ、なんでもありませんのよ、失礼。それでは睦月さん。あとはよろしくね。先生に失礼のないように。」
「承知致しました。」
睦月さんは応えると深々と頭を下げる。
オレはそれを見て深く溜息を吐いた。

「いきなり修羅場・・・。
呟いたオレの袖を青子が引いた。
「快斗、あの人凄く綺麗な人だったね。」
「そう・・・だな。」
(すっげぇ怖いけど。)
心の中で呟いたオレは苦笑いを浮かべる。

「大変でしたな。」
気遣う様に声を掛けた毛利探偵に睦月さんはだがさほど気にしていない様子で微笑んだ。
「大丈夫です。いつもの事ですから。」
「いつもの事なの?」
小首を傾げた名探偵に睦月さんが応える。
「ええ・・・。ですからお気になさらないでください。それより、館長が来ました。」
そう睦月さんが指差す先には恰幅の良いスーツ姿の男性がいた。
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「やあやあ毛利さん。お待ちしておりました。」
「こりゃどうも。」
目の前に来た館長にそう握手を求められると、毛利探偵も左手で頭をかきながらにこやかに右手を差し出した。

「当美術館の館長をしております。望月俊彦と申します。」
「名探偵の、毛利小五郎です。」
相変わらず自分で『名探偵』を強調する毛利探偵に毎回突っ込みを入れるのもばかばかしくなりオレは苦笑いを零す。

「私は昔からミステリーが大好きでしてな。眠りの小五郎と呼ばれる毛利さんにお会い出来るのを心待ちにして楽しみにしておりました。」
「そうでしたか。いやいや。」
ガハハハッ・・・と。
腰に手をあてて笑い始めた毛利探偵の影からピョコンと名探偵が顔を出して望月館長を見上げる。

「ねぇねぇ、おじさん。そのおひげ・・・ってもしかして、あれじゃない?」
「おっ?気づいたかい?坊や。」
「うん!!」
ニコニコと答えた名探偵と望月館長の顔を交互に見て毛利探偵が首を傾げる。

「ひげ・・・って、なんの事だよ。」
自分だけ会話に取り残されてるのが気に入らないのだろう。
ムッとした顔をした毛利探偵が腕を組みに名探偵を見下ろす。

「おひげだよ、おひげ。このおじさんの。わかるでしょ?」
そういわれてオレは望月館長の口許のひげに視線をやると「なるほど。」と呟いた。
「快斗わかったの?」
「ああ。有名なあの人のトレードマークだからな。」
オレがそう言うと毛利探偵がますます機嫌悪そうに唇を尖らせて言った。

「だぁ~からっ!あれだのあのだのじゃわからねぇだろう!」
「えーーーっ?おじさん知らないのぉ?名探偵なのにぃ。」
わざと子どもらしく声を上げた名探偵の頭にすかさずげんこつが落とされる。
「いってぇ!!」
「うるせー。いいから早く言えって。」
(ホントにわからないんだ。)
オレは苦笑して名探偵と顔を見合わせるとしかたねぇな・・・と思い一歩前に出て館長さんの前に立った。

「この仕立てのいい英国風のスーツに蝶ネクタイ、それによく手入れされたくるんと丸く上に上がった口ひげ。これはあのアガサ・クリスティーの小説に出てくる名探偵ポワロをイメージしているんじゃないですか?」
オレがたずねると館長さんがご機嫌そうに首を縦に振る。
「そうなんだよ。良く気づいてくれたね、嬉しいよ。」
そう言って館長さんが本当に嬉しそうにオレの手を両手で握りぶんぶんと上下させる。

「つまり、そのポワロのコスプレって事ですか?」
「いや、お恥ずかしい。」
館長さんはそう言って照れくさそうに頭をかくと、ずいと顔を毛利探偵に近づけた。

「ところで毛利さん、先ほどは大変でしたな。」
「先ほど・・・といいますと?」
目を丸くした毛利探偵に、望月館長が更に顔を近づける。
「うちの妻ですよ。先ほど毛利さん話してたでしょ?」
そういわれて毛利探偵は大きく目を見開き望月さんを見つめる。

「妻・・・って。もしかして副館長の皐月さんは望月館長の奥様ですか?」
「ええ。元華族の出とかで気位ばかりが高く気の強い女でしてな。」
そう言って望月さんは苦笑した。

「あれ?でも名字が違いますよね。」
たずねた青子に望月館長が頷く。
「ええ、夫婦別性・・・というやつですよ。」
「なるほど。いや、それは大変ですな。ご苦労御察しします。」
今日一番といっていいくらいそこで同情の意を示した毛利探偵にオレと名探偵は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

「ところで、私が今日こちらに呼ばれたのは怪盗キッドから宝石を守る為だとうかがったのですが。」
キリッと顔を引き締めてたずねた望月館長に毛利探偵も真剣な顔で頷く。
「ええ、その通りです。なぁに、あんなコソ泥一匹、私が即座に捕まえて見せますよ。大船に乗ったつもりでご安心ください。」
(誰がこのヘボ親父に捕まるかよ。)
心の中で呟いたオレだが、さすがに口には出さなかった。

「よろしく頼みますよ、名探偵。」
「はい、お任せください。」
ドンと胸を叩いて、またガハハハッと高笑いを始めた毛利探偵に、やっぱりオレと名探偵は溜息を吐きつつ顔を見合わせたんだ。