「うわぁ~!!快斗。見てみて!綺麗だよ!!」
「ホントだ。すっげぇ!!一面に広がるラベンダー畑!」
オレ達はそう言って北海道独特の爽やかな清々しい空気を深呼吸して大きく吸い込むと笑顔で笑い合った。
「来てよかったね、快斗。」
「ああ。これも名探偵のおかげだな。」
オレがそう言うと、後ろから「ガハハハッ!!」と豪快な笑い声が聞こえてきた。

「そうだろうそうだろう。すべてこの俺、名探偵毛利小五郎様のおかげよ。ガキども、十分感謝しとけよ。」
そう言って笑う眠りの小五郎にオレは思わず苦笑いを浮かべる。

(ホント、相変わらずだな、このおっさんも。)
と心の中で呟いたオレに気づいたのか、名探偵が横目でオレを見上げて苦笑を浮かべる。
それからオレは腰を屈めて名探偵に耳打ちした。

「まあ実際、今回ここまで連れてきてもらえたのは毛利探偵のおかげだし感謝してるよ。」
そう言うと息を吐いて、帽子の縁を軽く手で押さえながら、ラベンダー畑に目を細める青子に視線を向ける。
「それに青子にとっては今でも十分毛利探偵は名探偵の眠りの小五郎なんだ。だから出来ればそのイメージを壊したくはない・・・っていうのがオレの本音なんだけど。大丈夫かな?」
苦笑いを浮かべ問い掛けたオレに名探偵が苦笑する。

「まあ大丈夫じゃねぇか?おっちゃんがここに呼ばれた案件もそれほど難しくはなさそうだし。殺人事件さえ起こらなければたぶんそのイメージは守り通せると思うけど。」
「殺人事件が起こらなければ・・・かぁ。そりゃ望み薄かな?」
溜息を吐いたオレに名探偵が顔を上げる。
「どういう意味だよ?」
「だって、立って歩けば棒にあたる。名探偵の行くところ近所の公園でさえ事件が起きるんだぜ?それが、あのオッサンも一緒にいて、こんなとこまで来て。事件が起こらない可能性はほぼゼロに近いだろ?」
「だぁかぁら~~!!お前がそうやってフラグ立てるから余計厄介な事件にぶち当たるんじゃねぇか。」
腕を組んでちょっとだけ子どもらしいふてくされた顔をすると、名探偵はフイと顔を逸らしオレに背を向ける。

「そもそも、あの服部と3人で出かけた時に出くわした事件は、元を辿ればお前が・・・。」
言い掛けた名探偵が大きく目を見開くと、口許を掌で塞ぎ苦笑いをした。

「ねぇねぇ快斗、蘭ちゃんと園子ちゃんも一緒に来られれば良かったね。」
「あっ・・・、ああ。」
頷いたオレは名探偵に視線を向け苦笑いを零す。

「まあ、本当は二人が来る予定だったんだけど、どうしても外せない学校の模試が重なって代わりにオレ達が来る事になったんだろ?仕方ないよ、それは。」
「そうだね。来年は受験もあるし。青子も勉強しなきゃ。あ~あ。」
いきなり、そんなリアルな現実を突きつけてくる青子にオレは苦笑して頬をかいた。

「まあ・・・それはとりあえず、おいといて。二人には後でたっぷり土産を買っていくとして。今日はこの絶景を楽しもうぜ?」
「うん、そうだね。」
応えると顔を上げて、いつも通りの太陽の笑顔で笑みの花を咲かせた青子にオレはほっと胸を撫でおろす。

ささいな事かもしれないけど。
青子にはいつだって笑顔でいて欲しい。
それがオレの願いだから。

そうこうしながら、オレ達が話していると、毛利探偵はさっそく近くに売店を見つけたらしくてニヤニヤしながら一人で足取り軽く向かっていく。
「あれ・・・酒飲む気満々だろ?いいのか?」
「ハハハッ・・・。
たずねたオレに名探偵が苦笑いを浮かべる。」
「確かこれからじゃなかったっけ?依頼人に会うの。」
「ああ。ここで13時に待ち合わせのはずだから依頼人はとっくに来てるはずなんだけど。」
そう言って名探偵が腕時計に視線を落とす。
「普段はこんな時蘭が止めに入るんだけど」
「いねぇからなぁ。」
そう言いながらオレば名探偵と顔を見合わせる。
「そういえば依頼人の人はもう来てるのかな?時間は過ぎてるんでしょ?。」
そう指摘した青子にオレと名探偵も顔を上げると首を傾げあたりを見回す。

確かにオレ達以外に観光客もまばらで、人の数も少ない。
オレは依頼人の写真を見ていないが、名探偵と毛利探偵は見ているはずなので、少なくとも名探偵は本人がいればわかるはずなんだけど。

「確かその依頼人の依頼・・・っていうのが、狙われてる宝石を守ってくれ・・・っていうのだっけ?」
「ああ。」
「なんの宝石なんだ?」
職業病というかなんというか。
思わず興味が湧いたオレに名探偵が「言うと思ったよ。」と笑いながら、懐から写真を取り出しオレの前に差し出す。

「以前のお前が好きそうなお宝だよ。なんでも世界最大級の透明度を誇る水晶でその名が『アイランドクリスタル』っていうんだって。直径30センチくらいある超高級品。この町の宝でかつてはあのクレオパトラが所有してたとかいういわれがあるらしい。」
「直径30センチ、凄いな。現在アメリカの国立自然史博物館に所蔵されている世界最大といわれる水晶が直径32・7センチだからそれとほぼ同サイズってわけだ。それは確かにお宝だぜ。」、
オレはそう言うとわずかに苦笑を浮かべる。

「まあクレオパトラ云々はどこまで信ぴょう性があるのかは怪しいもんだだけどな。」
「確かに。」
頷いた名探偵に青子が不思議そうに首を傾げる。
「そうなの?」
「そうなの。宝石の価値を吊り上げる為にそういうなんだかんだのいわれをでっちあげるのは結構定石だったりするから。どこまでが真実かは実際詳しく調べてみないとわからねぇし。あんまり資料が古過ぎると、いよいよ怪しさ満点っていうとこだけど、実際本当のところどうだったのかを調べる手立てもないし。結構そういうもんだよ。」
「まあ、どちらにせよ高価で稀少な宝石である事は変わらないんだけど。有名人が使っていたとか身につけていたといわれれば、そこに付加価値が生まれるでしょ。そういうのを物凄く特別視する人も世の中には多いから。」
「へぇ~、そうなんだ。」
青子はやっぱりちょっとだけ苦笑しながら頭を掻いた。

「付加価値・・・とか。青子には良く分からないけど。」
「それはもう、目の前にある物事をすべてそのままあるがままに受け止めるのが青子ねぇちゃんのいいところだから。そこは気にしなくていいと思うよ。」
「その通り。」
応えるとオレは、立ち上がり、青子の髪を撫でていった。
「そのままの青子が一番・・・って事。」
そう言ってニカッと笑うオレに青子が帽子を軽くおさえながら微笑む。
「うん、ありがと。快斗、コナン君。」
青子のその言葉に頷いたオレ達は、再び顔を見合わせた。

「で・・・名探偵。その宝石も依頼人のところで見せてもらえるんだろ?」
「ああ。でも、その宝石が何者かに狙われてるんだ・・・って。」
なんだか良く聞き慣れたその言葉にオレは警戒感を禁じ得ない。

「狙われる・・・って誰にだよ?」
「それはまだ聞いてないけど。」
「まさかキッドとか?」
楽し気に笑いながら冗談まじりに言った青子にオレ達は一瞬顔を見合わせると、アハハッ・・・と口を開けて大笑いする。

「まさか。」
「んな事あるわけねぇし。」
「そうだよねぇ。」
笑い合っていたオレ達の背後からふと声が響いた。

「実は・・・そのまさかなのです。」
その静かな声に、オレ達は一瞬聞き間違いかと思い顔を見合わせる。
「名探偵、今なんか言ったか?」
「いや、なにも。」
「気のせいじゃない?快斗。」
「だよな。」
うん、じゃ・・・行こうか、と。
何も聞かなかった事にして、歩き始めたオレの手首を、今度は物凄く強い力でいきなり掴まれてオレはギョッとした。

「待ってくださいよぉ~。おいてかないでください。助けてください!!毛利小五郎先生!!」
「えっ・・・?」
振り返ったオレは目を見開く。
気づくとそこには、この大きく広がるラベンダー畑に紛れて同化していたのか、まったく気配がしないというか。
存在感がないというか。
そういう女の人がいた。

「お願いします!!お願いします!!毛利先生!!」
何度もそう深く頭を下げる女性にオレはしばらく呆然としていたんだけど。

「お姉さんもしかしてものすごく目悪い?」
たずねた名探偵に彼女が頷く。
「ええ。メガネがないと相手の顔もわからないくらい。でも今日は風が強いからコンタクトつけられないし。眼鏡も忘れてきちゃって。」
「そうなんだ。」
頷くと、名探偵はぐるりとまわりを見渡すと、売店の近くを指差して言った。

「うんめぇ~!!さすが北海道の地ビール!!」
そういいながら、ベンチに足を組んで腰かけ、ジョッキ片手にご機嫌な毛利探偵を見つける。
「声は聞こえるでしょ?毛利探偵はあそこにいるよ。」

オレは中腰になり、名探偵の耳許で言った。
「さすがこういう時だけ素早いな、あのオッサン。」
「だろ?なんたって、あの蘭の目をかいくぐる技を習得してるからな。俺達じゃ絶対追いきれねぇって。」
溜息混じりに呟く名探偵にオレと青子が苦笑を漏らす。
その間に・・・。

「おっちゃん、おかわり頂戴♪」
売店でお札を出しながら、ご機嫌で2杯目のビールを受け取る、迷・・・探偵がいた。

「あの方・・・ですか?」
「そうなんです。」
問いかける女性にオレは苦笑して応える。

「あれでも一応、いざという時は推理はバッチリしますので。」
(この名探偵が・・・。)
心の中で呟きつつ横目を向けたオレに、名探偵が苦笑して頭を掻いた。

「あっ・・・。青子毛利探偵呼んでくるよ。」
青子はそう言って走り出すと、軽い傾斜の坂道を下り毛利探偵の元へと向かった。
「あっ、青子ねぇちゃん、僕も行くよ。」
名探偵は言った直後、オレの顔を見上げる。

おっちゃん連れてくるから、出来るだけ情報引き出しとけ・・・と。
そういう目だ。

相変わらず人使いが荒い・・・。
そう思いながら溜息混じりに息を吐いたオレは再び顔を上げて、改めて目の前の女性を見つめる。

少し茶色がかった髪はショートヘアーで綺麗に整えられてて。
このラベンダー畑には少し不似合いな、タイトスカートのグレーのスーツにブルーのシャツと若干高さのあるパンプス。
ぱっちりと大きく開いた瞳。

少し小柄で細身である事も相まって、もしかしてわりと若いのかなぁなんて思ったりした。

「あれ?お姉さんまさか、依頼人の人・・・?」
「ええ。睦月 清美(ムツキ キヨミ)です。」
ペコリと頭を下げたその人にオレも頭を下げる。

「えっ・・・と。毛利探偵の助手の、黒羽快斗です。」
(って・・・。名のっちゃって・・・いいんだよな。)
あまり慣れていないシチュエーションにオレは顔を上げると苦笑しつつ頬を掻いた。

「黒羽君・・・ね。ゴメンナサイ、ちょっと取り乱しちゃって。」
「いいえ。それより・・・。」
言い掛けたオレはわずかに目許を細めた。

「キッドに宝石を狙われてる・・・っていいましたよね。どういう事か?詳しく教えてもらえますか?」
「ええ。」
応えると、睦月さんは先ほど名探偵が持っていたのと同じ写真をポーチから出して、俯きがちに話し始めた。