「中森さん。ちょっといいですか?」
落ち着いた雰囲気で、女性たちが談笑している輪の中で、僕は中森さんの肩をトンと叩きました。
「白馬君?」
「至急お伝えしたい事があります。」
僕はそう言うと、踵を返して歩き出し、教室の後方の隅へと向かいました。
そこで彼女を手招きします。
中森さんは不思議そうな顔で小首を傾げながらも、チラリとまわりをみわたし一瞬目を丸くすると表情を一変させました。
おそらくその瞬間気づいたのでしょう。
彼がこの場にいない事に。
少し小走りに駆けてきた彼女に僕は言いました。
「黒羽君からの伝言です。緊急事態の為、今すぐコナン君に連絡を取って欲しいと。」
「快斗が?」
「ええ。」
頷いた彼女は数瞬の間目を瞠ったまま動けずにいました。
詳細を先に説明すべきかどうか、迷っていた僕でしたが、数秒後、それから何かを悟った様に彼女は掌を握り締めると深く頷きました。
「青子がコナン君にすぐに連絡するようにって。緊急事態だからって伝える様にって。快斗がそう言ってたんだよね、白馬君。」
「その通りです。」
僕は頷くともう一度彼女を見つめた。
「お願い出来ますか?中森さん。」
たずねると彼女はもう一度頷き、スマートフォンを取り出した。
だがしかし、その画面を開いて捜査を途中まで行ったところで、画面をロックして閉じると、スマートフォンをポケットに戻します。
(おや?)
不思議に思った僕はわずかに小首を傾げましたが、すぐにその理由がわかりました。
彼女は改めてポケットに手を入れると、彼女の掌よりも一回りほど小さい平らなプレートを取り出しました。
良く見ると、それには小さなアンテナの様な細い棒とスイッチ。
裏側にはダイヤルがついていて、僕はそれを見てすぐに理解しました。
きっとそれは、特別な場合にのみ、彼女とあの小さな名探偵を繋ぐツールであるのだという事を。
彼女はスイッチスイッチを入れると数秒後、小声で話し始めました。
「コナン君、快斗が・・・。コナン君に緊急事態だって伝えてって青子に・・・。」
『うん、わかった。青子姉ちゃんは大丈夫?』
それはトランシーバ―のようなものなのでしょう。
そのプレートから、良く聞き慣れた江戸川コナン。
あの小学生探偵の声が聞こえました。
「大丈夫。白馬君もいるし、青子は大丈夫。それより快斗を・・・。」
『わかった。また連絡するから。』
短く通話を終えると、彼女は後ろを振り返り僕にいいました。
「白馬君。教えてくれる?どうして今、快斗はここにいないの?」
「それは・・・。」
「その答えはここにあるわ、青子。」
そう言って稚加栄浮いて来たのは、アミ・エナン。
留学生のあの女性でした。
「快斗がいない事に気づいた後、あなたと青子が二人で話している声が聞こえた。だからすぐに私は学校周辺の防犯カメラをすべて確認した。そしたら・・・。」
そう言って彼女が差し出したスマホに映るのは、職員室の映像。
本来ここにいるはずのエナンさんの姿がその画面には映っていた。
両腕を後ろ手に縛られ拘束された状態で、屈強な体格のいい男達に引きずられる様にしてつれていかれている
「これは5分前の映像。」
「このアミちゃんてもしかして、快斗・・・。」
呟いた中森さんに彼女が頷く。
「ええ。快斗が私に変装したのね。そして私の代わりに連れ去られた。違う?」
鋭い視線で問いかけてきたエナンさんに僕は頷きました。
「ええ。」
頷くと、僕は視線を外に向けて目を細めました。
「彼がそうした理由は・・・。」
「わたしを守るため。」
「その通りです。」
頷いた僕に、中森さんが目に涙を滲ませる。
次の瞬間、中森さんが先ほど使っていたレシーバーから呼び出し音が鳴り出しました。
「コナン君!!」
『青子姉ちゃん。状況は理解したよ。大丈夫、必ずあいつを助けるから。心配しないで。』
彼女はその言葉に微笑して目許の涙を拭う。
それから。
『青子姉ちゃん、そこに白馬探偵がいるんだよね。ちょっと変わってくれる?』
「うん!!」
その声に頷くと、僕はコナン君と迅速に今後の流れを話し合いました。
まず、コナン君が手配した車でエナンさんと中森さんを安全な場所へと連れ出す事。
それから、職員室に仕掛けられている爆弾から學校の皆さんを守る為に、コナン君には爆弾処理班を手配してもらい、僕は学校内の人々を外へと誘導する事。
それを確認し合った僕達は通話を終えるとすぐに動き出しました。
彼の・・・。
黒羽君の想いを裏切るわけにはいかない。
その為に。
「中森さん、エナンさん。あなたたちは僕が必ず守ります。」
あえて、自分自身に誓いを立てる様に。
僕はそう言葉にして、二人に伝えました。
(黒羽君、どうかご無事で。)
そう、心の中で強く願いながら。