気配を消し壁際に隠れながら、そっと職員室の中をうかがう。
すると、予想通り。
幾人かのカーキ色の隊服のようなので身を包んだがたいの良い男達が数人、教師に猿轡(さるぐつわ)をして座らせながら、後ろ手に回したう腕を縄で縛りつけて拘束していた。
その動きは無駄がなく、物凄く手馴れていて、明らかに一般人とは思えない。
それを見ながらオレは静かに舌打ちすると、耳にワイヤレスのイヤホンを掛けて、手早く手許のスマホを操作しコールボタンを押した。
「はい。」
ワンコールで出た相手に尋ねる。
「そっちの様子は?」
「落ち着いていますよ。まだ誰も異変に気付いている人はいません。」
その白馬の声にオレは頷くと言った。
「これから何があっても、絶対に誰も教室から出さないでくれ。」
「彼女と中森さんに関しては特に・・・というところですよね。」
おそらくこちらの状況も察知しているのだろう白馬にオレはもう一度頷く。
「それから青子に、名探偵に今すぐ連絡してくれ・・・って伝えてくれ。」
「委細承知しました。」
その答えにオレは少しだけ口許を上げて微笑する。
「頼んだぜ、白馬。」
「ええ、黒羽君も、お気をつけて。」
そういうと電話を切った白馬にフッと息を吐く。
普段はいやみったらしくて面倒なヤツだけど、こういう時はやっぱりすげぇ頼りになる。
ハッキリいって、もし白馬がいなかったら、オレはアミちゃんと青子のそばを離れる事は出来なかった。
そうしたらおそらく、結果は違うものになっていただろう。
(任せたぜ、白馬。それに、名探偵。)
オレは心の中で呟くと、まわりに人がいないのを確認してから、素早く早変わりを終える。
その姿で、オレは放送室に向かった。
(大当たり。)
そこで目にした光景に心の中で声を上げる。
放送室の壁際中央、マイクの前に座るのは、後ろ手と胸のあたりを縄で拘束されたオレ達の担任の紺野先生。
いつもはテンションが高くて元気いっぱい、笑顔全開のその顔は、今は青白く、目は恐怖に怯えて目許にはじんわりと涙が滲んでいた。
(先生・・・。)
心の中で呟きながらその後ろを見ると、サングラスを掛けた背の高い男が、紺野先生のわき腹に拳銃を突きつけている。
「いいか。余計な事はしゃべるな。アミ・エナンをここに呼び出せ。そうすれば、我々はこのまま撤退する。」
「本当ですか!?」
問い掛けた紺野先生に男は頷く。
「ああ。だが、余計な事をすれば、この爆弾をそこの職員室のど真ん中に置いて爆発させる。そうしたらどうなるか・・・わかるな?」
ニヤリと口許を上げた男に紺野先生が体を震わせた。
「その部屋の人間が吹っ飛ぶのはもちろん、その後、この学校の生徒たちの処遇については保証しない。」
その言葉に紺野先生は目をめいいっぱい開けて息をのんだ。
「俺達はどちらでも構わないぜ。結果的にどんな手段を使っても、あの女を生け捕りにして連れて行く。あの女は金のなる木だからな。」
「何の筝?」
たずねた紺野先生の頬を男が平手打ちで殴った。
椅子にばりつけられた紺野先生は、倒れる事も出来ないまま顔を伏せて奥歯を噛み締める。
「さあ、早くしろ。あと30秒。」
男が指折り数えていくのを聞きながら紺野先生はゆっくりと顔を上げた。
「あと10秒。」
9、8、7・・・とカウントダウンする声に、紺野先生は前を見据えて、マイクの横のボタンを押した。
その瞬間。
「私に何の用?」
放送室の入り口から数歩中に進んで止まったアミちゃん。
いや。
アミちゃんの姿に変装したオレに、紺野先生は目を見開き、隣にいた男は君の悪い笑みを浮かべた。
「エナン・・・さん。」
「ほぉ、さすがだな。良く分かったな。」
感心した様に口許に手をあてた男にオレは言った。
「監視カメラの映像を見てた。偽造はしているけど軍用車両が駐車場に止まってて、職員室の先生はみんな縛られて拘束されてた。となれば、目的は私を連れ去る事。それしかないでしょ?」
淡々と告げたその言葉に男が口許を上げる。
「理解が早くて結構。それでは、俺達がお前を連れ去った後、何を要求するかもわかっているな。」
「ええ。世界中にある闇サイトで麻薬の密売や拳銃の売買が行われて、多額の資金が足のつきにくい仮想通貨で取引がされてる。あなた達の目的は私がルパンにしたのと同じ様に、サイトのバックドアから侵入して、そこから多額の金を奪う事。」
「ああ、その通りだ。」
頷いた男にオレは息を吐くと、オレは少しだけ腰を屈めて、紺野先生の耳許に顔を寄せた。
「先生、その判断は間違ってないよ。大丈夫。」
小声でそう言った瞬間先生が顔を上げた。
「えっ・・・、その声・・・もしかして。」
オレは口許に手をあててウィンクすると、顔を上げて男に言った。
「さあ、早く連れてって。どんくさいと男は嫌いなの。」
そう言った瞬間、先ほどの紺野先生と同じ様に、男の野太い腕でめいいっぱいの平手打ちを食らう。
「俺も生意気な女はいけすかねぇ。今すぐここでぶち殺したくなるが、お前を殺すと計画が台無しになる。だから、黙ってついて来い。」
「わかったわ。」
頷くとオレは男について歩き始める。
「撤退だ。全員ここから引き上げる。指示を出せ。」
声を掛けた男に、職員室にいた部下達は頷き、先生たちはほっと息を吐いた。
「ボス、爆弾は?」
「その辺に置いとけ。この女が妙な事をしたら、いつでも遠隔で爆破出来る様にセットして・・・な。」
「了解。」
応えた男が口許に笑みを浮かべて設置を始める。
「約束が違うわよ。」
「誰が約束を守ると要った?」
(まあ、そうだろうな。)
思いつつも、逆に問い掛けてきた男にオレは奥歯を噛んだ。
予想していた事態だが、それにしてもやはりこみ上げてくる悔しさを必死で堪えた。
(この場はあとは白馬に任せるしかないな。)
そう思いながらオレは男に連れられて軍用車両まで歩いていくと、両腕と両足を拘束され、猿轡を噛まされた。
「ここで大人しくしてろ。」
そう言って、オレがアミちゃんの姿でギリギリ入るぐらいのロッカーみたいな金物の箱に詰め込まれて鍵を掛けられる。
そうしてしばらくすると全員乗り終えたのか、エンジン音が聞こえて、がたがたと振動が体に直接伝わってきた。
車が走り始めたのだ。
その感覚が、オレの記憶の中にある感覚と重なり少しだけ身震いする。
(悪いな・・・、名探偵。頼りにさせてもらうぜ。)
そう心の中で思いながら、オレはわずかに苦笑を浮かべた。
後でどんだけあいつに怒鳴られんのかな・・・とか思ったら。
思わず・・・っといったところだ。
(とにかく今はこいつらを、出来るだけ学校から遠ざけなきゃ。)
そう思いながら、オレは手の中にあるモノを強く握り締めていたんだ。