それから2週間ほど。

時間はとても穏やかに過ぎていった。

 

アミちゃんはクラスメイトとも打ち解けて、昼休みは青子達と机を並べて談笑しながら笑顔で過ごしていて、とても楽しそうに見えた。

 

アミちゃんは時期が来れば元の学校に戻る。

元々いたアヌシー学園は女子校だから、女の子達の輪の中でとこれから先生活していく事も想定して、オレは学校ではあえて少し距離を取りながらアミちゃんを見守り続けた。

 

このまま何事もなく、時が平和に過ぎる様に・・・って。

オレは心から願っていた。

 

だけど、必ず終わりの時は来るんだ。

 

「黒羽君。」

その声にオレは後ろを振り返る。

「白馬。」

「どうも、お元気ですか?」

その問いにオレは息を吐く。

 

「おかげさまで。」

「それはなにより。」

そんな、社交辞令的な言葉を交わしてから、白馬は、女の子達の輪の中で楽しそうに笑うアミちゃんに笑みを浮かべた。

 

「彼女、とてもいい笑顔ですね。」

「ああ。」

応えたオレも口許を弧の字型に緩め目を細める。

 

「以前SNS上にアップされていた彼女は、まるで表情のない無機物なモノを感じました。」

「だろうな。」

応えたオレは、その時のアミちゃんの状況に想いを馳せる。

 

ツインタワーに侵入したルパン三世。

ルパン三世は、そのツインタワーの海底からアミちゃんを連れ出した。

そして『マルコポーロ』という麻薬密売組織が不正に貯めいこんでいた仮想通貨を、アミちゃんにサーバーのバッグドアを開かせてアクセスする事で、すべてその金を掠め取ったらしい。

 

その組織は、金を奪い取られた逆襲として、ルパンゲームという、ルパンを捕まえたら懸賞金を受け取れるというゲームをSNS上で起こし、そのゲームは組織の狙い通り大流行した。

だが、それすらも逆手に取ったルパン三世は、自らの行動をネット上に発信を続けるという行動で逆手を取り、ゲームに夢中になっていた参加者は、自ら居場所を発信し続けるお尋ね者に、逆に興味を失くしていく。

 

追いかけっこは、逃げたら追いかけたくなるが、誘われてこっちにこいといわれれば、途端につまらなくなる。

それが人間の心理というものだ。

 

そうして、ルパンゲームは収束していく。

 

白馬が見たアミちゃんの写真画像というのは、まさに、ルパン三世に連れ出されて間もなくの頃だろうから、きっとその時のアミちゃんには何の感情も感動もなかったのだろう。

生きている。

そんな実感さえ、あったかどうかもわからない。

 

そうして、すべての感情を失っていたアミちゃんが、今こうして声を上げて自然に笑っている。

それは本当に凄い事なんだ。

 

「黒羽君、父親のような顔をしていますよ。」

その言葉にオレは苦笑する。

「んなわけねぇだろ。」

応えるとオレは警部の顔を頭に思い浮かべながら言った。

 

「父親っていうのは、もっと深くてあたたかくて・・・。そういうもんだよ。」

「なるほど。」

応えた白馬は微笑すると、窓の外に視線を向けた。

 

「おや?」

声を上げた白馬にオレは横目で視線を向ける。

「どうした?」

「いえ・・・。あの駐車場なのですが、見慣れない大型トラックが停車しているので・・・。」

そう言って口許に手をあてて首を傾げる白馬に、オレはすぐさま窓に駆け寄り下を見下ろす。

 

「確かに・・・。」

「あの場所は、2年の科学を担当する片野先生が愛車の青いミニを停める定位置となっているはず。ですが、今日は片野先生は体調不良でお休みのはずなんですけど。」

おかしいですね・・・と呟く白馬に、オレはある一つの可能性を考えながらも白馬に言った。

「どっかの業者のトラックじゃないのか?」

たずねたオレに白馬が頭を振る。

 

「業者の車両は、あちらの西門から入って、中庭側の隅に停車する規則になっているはずです。例外はありません。それに・・・。」

白馬はそう言うと、目許を細め視線を険しくする。

「多少の偽装はしているようですが、黒羽君。あの車両・・・軍事用運搬車両に見えませんか?」

その問いに頷くと同時にオレは唇を噛んだ。

 

そして、想像していた可能性が、確信へと変わる。

 

「白馬、ここは任せた。ちょっと様子を見てくるから、何かあったらすぐに連絡してくれ。」

オレはそう叫ぶと、その場からすぐさま走り出した。

教室を飛び出したオレは、音を立てない様に階段の手すりを滑り降りて、一番下まで降りたところで静かに着地する。

 

来るべき時が来た。

心の中に戦慄を感じながら。

 

終わりの予感。

心に浮かぶその言葉と共に、先ほど教室で明るい笑顔で笑っていたアミちゃんを思った。

 

必ず守る。

そう思いながら。

 

壁際に隠れると、掌を強く握り締めていたんだ。