「警部、いいですか?」
その夜、オレは青子とアミちゃんが寝室に上がった後、警部の書斎の扉をノックした。
「ああ、かまわないよ。入りたまえ。」
「はい。」
その声にオレは応えると、書斎の奥にあるデスクへと向かった。
「やっぱり・・・。」
呟いたオレに警部が顔を上げる。
「うん?」
「警部、ホントは仕事めちゃめちゃ忙しくて、上がれる状況じゃなかったでしょ。」
オレは警部のデスクを一瞥するとそう言って苦笑した。
「こんないっぱい仕事持ち帰ってきて。朝までに終わらないんじゃねぇ?」
そう言って笑うオレに警部が苦笑いを零す。
「まったく・・・。君には敵わんな。」
警部はそう言うと大きく息を吐いた。
その横顔を見てオレは言った。
「警部、アミちゃんが、心配だったんでしょ?」
微笑したオレに警部が頷く。
「ああ。」
応えると警部は微かに目許を細める。
「銭形警部から預かった資料では、あの子は以前全寮制の学校に入学した際に、自分の能力を隠そうともせずに周囲の人間に気味悪がられて人が寄り付かなかったようだ・・・と書かれていた。」
「しょうがないよ。今までずっと、何年も独りでいたんだ。人との関わり方っていうものをまったく知らない状態だったんだから。」
「そうだね。」
警部は応えると、デスクの上に広げられた書類に掌をおく。
「だが、そんな彼女がまた同じ様な目にあったら・・・と思うと、気が気じゃなくてね。」
そう苦笑した警部にオレは微笑して頷く。
「うん、でも、大丈夫だよ。アミちゃんも頑張ってたし。そもそも、アミちゃんが前に言ってた学校は、ヨーロッパでも有数のお嬢様学校だろ?そんなとこに行ったら、青子だって窮屈でしょうがねぇんじゃないかな。」
オレはそう言うと、警部の目の前にある書類の束を指差した。
「とりあえず警部、これ、片づけなきゃいけないんだろ?手伝うよ。」
「快斗君・・・。」
「見たところ、その英文の書類和訳しろ・・・って指示書に書いてあるけど、警部・・・英語苦手でしょ?」
そう言うと警部は観念した様に、ファイリングされてる書類の束をオレの前に差し出す。
「高校生に仕事を手伝わせたと警視に知られたら、ワシは減俸・・・いや、謹慎処分か。」
苦笑する警部にオレは口許に手をあてて笑う。
「その前にキッドの正体知ってて逮捕してない時点で謹慎どころじゃ済まねぇから。」
オレはそう言うと、警部の隣でパソコンを立ち上げて書類を見ながら、キーボードに指を滑らせて入力を始める。
「確かに・・・。」
「だろ?」
溜息を吐いた警部にオレはあえて笑いながら応える。
それからオレはわずかに目を細めて言った。
「警部がさっきアミちゃんと、父親ってなんだ?って話してただろ?」
「ああ、そうだね。」
応えた警部にオレは数瞬だけ手許を止める。
「オレも・・・。あの時から8年間、ずっと親父は居ないもんだと思って過ごしてきたから。アミちゃんの気持ちは良く分かるよ。」
「快斗君・・・。」
「でも・・・。」
そう言うとオレは顔を上げた。
「オレには警部がいたから。あんまり寂しい・・・とか、そういうのは思った事がなかった。」
「そうかい?」
警部はそう言うと、書類に書き込みをしながら横目でオレにジトリと視線を向ける。
「そのわりには、まあいろいろ言われていたようだがね。」
「それ今言われると、すっげぇきついんだけど。ホント、警部、悪かったって。」
ぐうの音も出ないオレに警部が豪快にハハハッと笑い声を上げる。
「いいんだよ、今更。それより・・・。わざわざワシの部屋まで来たって事は、快斗君。もっと大事な話があるんじゃないのかい?」
相変わらず、ここぞという時にはすげぇ鋭い警部にオレは一瞬だけ目を見開くと唇を強く引いて頷く。
「この前ルパン三世から連絡を受けた時に、銭形警部とのおっかけっこよりも大変な事があるってあいつが言ってたんだ。それで、気が向いたらオレにも話してやる・・・っていわれて。」
オレはその時の事を思い出しながら言った。
「あいつがオレに話してやるっていうからには、オレに関係がある事だ・・・と思った。それでオレは少し調べを進めてみた。それで気づいた事があるんだ。」
オレはそう言うと、ラップトップのWEB画面であるワードを検索してから、その画面を警部に向ける。
「警部も知ってるだろ?この前の『パシフィック・ブイ』の事件。」
「ああ、コナン君達が巻き込まれたという事件だね。」
「そう。」
オレは頷くと、わずかに目許に寄せて表情を険しくすると、唇を強く引いた。
「あそこには『老若認証』システムがあった。」
「老若認証システム?」
たずねた警部にオレは頷く。
「骨格から老化や若返りを計算し、その顔をCGでつくり、それと合致する顔を『顔認証』で探す。そういうシステム。」
「なるほど。確か世界中の防犯カメラに接続が試みられたとか。実現すれば、年齢を重ねた逃亡犯も逮捕出来る画期的システムだな。」
「ああ。」
応えたオレは、更に表情を険しくする。
「でもそれは、オレの大事な人達を窮地へと追い込むシステムだったから。警部の前でこんな事いうのはなんだけど、正直オレはそのシステムが無くなって良かったと思ってる。」
「快斗君・・・。」
「でも警部、もしかしたら、あれよりも更に大変な事態がこれから起きようとしているのかもしれない。」
オレはそう言うと、掌を強く握り締めた。
「今『SHAKEHANDS』(シェイクハンズ)社が『ヒトログ』について少しずつ情報公開を初めてる。それによると、『ヒトログ』はネットやSNSからAIが膨大なデータを解析して、あらゆる人間に関する情報を割りだす、個人を老若男女、有名人はもちろん、一般庶民に至るまでひとり残らず完全にすべてを暴き出すんだ。」
「快斗君・・・、それはつまり・・・。」
額に脂汗を流しながら顔を上げた警部にオレは頷く。
「本格的に出回れば、オレの事も。それに名探偵や哀ちゃん、それにアミちゃんの過去もすべてネット上に晒される事になる。」
オレは想像しただけで気が遠くなりそうなそんな事態を想像して唇を噛んだ。
「だから、オレは親父達に連絡を取って、もう少しそのシステムについて調べてみようと思う。」
オレの強い決意に満ちたその言葉に警部は息を吐き頷く。
「ああ、だが快斗君。」
「わかってる。警部との約束は絶対に忘れてない。必ず守るよ。」
応えたオレに警部が頷く。
「気をつけるんだよ。」
「うん。」
応えるとオレは、それからしばらく警部の手伝をして。
ひと段落したところで警部にコーヒーを入れてから自分の家に帰った。
それから、シャワーを浴びて、ベッドに入ったけど。
その『ヒトログ』の事を考えると、結局朝まで一睡も寝られなかったんだ。