「おはよー、青子!!」

「おはよう、恵子!」

 

夏休み明け、9月1日。

長い休みを終えて、昇降口で顔を合わせた二人は、その場で軽くハグをしてからお互い向かい合い笑みを浮かべる。

 

「ちょっと焼けた?青子。」

「やっぱりわかる?少し・・・。日焼け止め足りなかったかな。」

「いやいや、この暑さじゃどんなにガードしても、限界でしょ。」

「やっぱそうだよね。」

苦笑して溜息を吐く青子の肩を恵子は叩いた。

 

「でも、青子が元気そうでよかったよ。」

恵子はそう言うと、青子の隣にいたオレの背中をポンと叩いた。

 

「快斗君も、おはよ!!」

「よぉ、恵子。久しぶり。元気か?」

たずねたオレに桃井恵子。

青子の大親友が笑顔で応える。

 

「もっちのろんよ!!」

笑顔全開で恵子は元気いっぱいに応えると、オレの顔を見て言った。

 

「快斗君も、今年は元気そうね。」

「恵子・・・。」

「去年はなんか、休み明け二人とも暗い顔してたから、ちょっと心配だったんだ。」

だから良かった・・・という恵子にオレは口許に微笑を浮かべ頷く。

 

「ああ、サンキュ。おかげさまで・・・な。」

そう応えたオレは、青子と顔を見合わせると、二人で並んで教室へ向かった。

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それから教室に着くと、しばらくして担任が前の扉を開けて入ってきた。

 

「みなさ~ん!!おはようございます!夏休みはどうでしたか?今日からしっかりお勉強しましょうねぇ。」

いつも通りテンションの高い担任、紺野先生にオレは苦笑いを浮かべる。

 

「それから、皆さんに報告があります。なんと、我がクラスに、海外からの留学生が来たんですよ!」

その言葉に、クラス全員が「おおおぉぉぉ~~~!!!」と声を上げる。

 

「それでは早速紹介しますね。入って来てください。」

そう言われて、再び教室の扉が開き、入ってきたのは、もちろんアミちゃん。

 

セーラー服姿で、細身の華奢な体で少し長身。

赤みのある癖のある前髪が目許にかかり、ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

 

「おおお、すっげぇ可愛い!!」

今度は主に男子から口々にそんな声が上がる。

「はい、静かに。」

そのどよめきを諫める様にパンパンと手を叩いた紺野先生は、先ほどよりも落ち着いた声で言った。

 

「ヨーロッパのアヌシー学園から留学してきた、アミ・エナンさんです。」

紺野先生はそう言うと、オレの方に視線を向ける。

「エナンさんのお母様は日本人で、黒羽君のお母様と遠い親戚にあたるそうで、今回うちのクラスに籍を置くことになりました。」

(なるほど、そういう事ね。)

それを聞きながらオレは心の中でその設定に納得する。

 

「黒羽の母ちゃん美人だもんな。」

「きっと美人家系なんだよ。」

ポソポソッと会話する生徒たちにもう一度紺野先生が手を叩いた。

「はい、静かに。それじゃ、エナンさん、自己紹介してちょうだい。」

促されたアミちゃんは頷いて顔を上げる。

 

「アミ・エナンよ。よろしく。」

淡々とした言い回しに、一瞬教室内がシーンと静まり返る。

 

「え~・・・っと、それだけ?」

「ええ。他にも何か必要?」

たずね返したアミちゃんに、紺野先生は苦笑して頭を振る。

 

「いいえ。それじゃ、黒羽君の前の席に座って。」

「わかったわ。」

応えると、アミちゃんの為に空席になっていた席の椅子を引いて、アミちゃんが座る。

それからチラリとアミちゃんが後ろを振り返った。

 

「快斗・・・。」

少し不安そうなアミちゃんにオレは口許を上げて頷く。

「大丈夫。」

応えたオレにアミちゃんは頷くと、真剣な顔でじっと前を見つめていた。

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それからしばらくして、午前中の授業が終わると、一斉にアミちゃんのまわりに人が集まってきた。

 

「エナンさん・・・、日本語出来るの?」

「アミでいいわ。ママが日本人だったから。他にも英語とかフランス語とか。」

「バイリンガル!?凄い!!頭いいのね。」

応えるアミちゃんに、女子の中の一人が身を乗り出す。

 

「髪の毛、綺麗な赤い髪。染めてるの?」

「これは地毛。美容院にも行ってない。自分で適当に切った。」

「うそ、天然でそんなに可愛いの?いいなぁ~。」

そんな感じで、すっかり溶け込んでいる様に見えるアミちゃんにオレと青子はほっと息を吐いて笑みを浮かべる。

 

「アミちゃん、昨日の夜、すっごい緊張してたんだよ。なんか、前の学校では浮いちゃって全然友達出来なくて・・・っていって。」

「そっか。でも、あの調子なら大丈夫そうだな。」

応えたオレに青子が笑顔で頷いた。

 

その時。

 

「黒羽君。」

聞こえてきた声に、オレはギクリと体を強張らせる。

 

「よお、白馬。バカンスはもういいのかよ。」

「ええ、もう充分。ロンドンとフランスでいくつか難事件も解決してきましたし。」

「そりゃご苦労さん。」

応えたオレに、白馬は一歩前へ体を寄せると、耳許でオレに囁き掛けた。

 

「それより彼女・・・。例のルパンゲームの同行者・・・ですよね。」

その声にオレは一瞬だけ目を瞠ると、大きく溜息を吐いた。

 

「そうだよ。でも彼女には今はインターポールの承認保護プログラムが適用されてる。」

「そうみたいですね。でも、前の学園では、彼女を巡っての騒動もあったとか。」

その言葉に、やっぱりこいつは厄介だなと思う。

唇を強く引いたオレに白馬が口許に微笑を浮かべた。

 

「僕も興味があったんですよ。世界一といわれるハッカーの少女。お会い出来て光栄です。」

「お前が言うと嫌味にしか聞こえねぇけどな。」

応えたオレに白馬は再び笑みを浮かべるといった。

 

「黒羽君、あなたが彼女をこの学校に連れてきた目的を教えてください。」

そう言われたオレは、笑顔でクラスメイトと会話を続けるアミちゃんを見て言った。

「アミちゃんがここに来て良かった・・・って。そういう思い出を残してあげたい。それだけだよ。」

嘘偽りなく、心からの本心で応えたオレに、白馬は一瞬だけ大きく目を瞠ると、大きく息を吐いた。

 

「わかりました。黒羽君がそういうなら、僕も彼女により良い思い出を残せる様、協力しますよ。」

「白馬・・・。」

「だって、以前あのゲームで見た時の彼女とは別人の顔をしてるじゃないですか、彼女。」

白馬はそう言うと、目の前のオレを見て目を細める。

「それにあなたも。」

そう言うと、白馬はゆっくりと歩き出して片手を上げた。

 

「何かあればいつでも僕にご依頼を。お待ちしていますよ。」

いつもと変わらぬ口調で通り過ぎていった白馬を数瞬呆けた様に見つめた後、オレは青子と顔を見合わせた。

 

「あれって・・・。」

「白馬君はアミちゃんの味方だよ・・・って、事だよね。」

笑顔で応えた青子にオレは苦笑して頷く。

 

「まっ、そういう事だな。」

フッと息を吐くと、オレはアミちゃんに目を向けた。

 

何事もないにこしたことはない。

無事に彼女がここでの時間を過ごせるように・・・って。

心からそう願ってる。

 

だけど、何かあった時に味方になってくれる人間がいるならそれはやっぱり心強い。

それが、日本で有数の名探偵というなら尚更の事。

 

「頼りにしてるぜ、名探偵。」

小声でそう口にしたオレに白馬がチラリと振り返りウィンクで応える。

 

その光景を目を細めて見つめていた青子が笑顔で言った。

「みんなで・・・。アミちゃんを守っていこうね、快斗。」

「ああ。」

頷いたオレは青子の手を握った。

 

独りじゃない。

そう思える事。

 

やっぱりそれが、今のオレの強さなんだ・・・って。

そう、思ったんだ。