「それじゃ、また明日ね、快斗。」

そう言って青子の家の玄関で手を振りにこやかに微笑む青子に手を伸ばすと、オレは一瞬だけ指先で頬に触れて唇を重ねる。

すぐに顔を上げた青子が顔をわずかに赤く染めながらオレを見つめる。

 

「快斗・・・。」

「すっげぇ我慢してんだから。これくらいいいだろ?」

少し拗ねた顔で視線を逸らしたオレに、青子がクスリと口許に手をあてて笑みを浮かべる。

「うん。快斗・・・。」

「なんだよ。」

「あのね、今日はすっごく楽しかったよ。ありがとね。」

満面の笑みで笑い掛けてくる青子をオレは数瞬見つめた後で、笑みを浮かべた。

 

「ああ。」

オレは応えると踵を返し、玄関の扉を開いた。

「ちゃんと戸締りしとけよ。あと、何かあったら、夜中だってかまわねぇから、必ずオレに連絡する事。いいな。」

そう強調したオレに青子が頷く。

「うん。わかってるよ。」

青子はその瞬間だけは真顔で唇を強く引いて応える。

 

オレ達が今、どんな状況にいるのか?

青子にだってわかってる。

 

確かにアミちゃんはインターポールの承認保護プログラムを受けて、犯してきた罪状に対しての責任については問われない。

でも、アミちゃんの存在は世界中に知れ渡っている。

 

あの、ルパンゲームの中で、ルパン三世一味と一緒にいるところをさまざまなSNSでアップされてるし、前回アミちゃんが通ってた学校でテログループにアミちゃんが攫われた事についても、アミちゃんの能力について知っている人間がこの世界には存在するという確たる証拠だ。

 

たまたま日本ではそこまで大きく取り上げられてはいなかったから、アミちゃんが外を歩いてても特段気にする人は居ない。

おそらくインターポールでもアップされてた画像は現在はサーバー上からほぼ削除されているだろうから、改めてアミちゃんの画像を見つける方が困難だろう。

 

それでも、アミちゃんの能力を考えたら、どんな組織がアミちゃんに目をつけて、アミちゃんが危機に晒されるかは予想がつかない。

 

それに、青子だって、今までオレと一緒に過ごしてきた事で、何度も攫われたり命の危機にさらされている。

そういう状況も含めて全部理解して。

それでも、青子も警部も今回アミちゃんを預かる事を承諾して、オレに力を貸してくれているんだ。

 

「悪いな、いつも。巻き込んで。」

思わず出たその言葉に、青子が頭を振る。

 

「そんな事ないよ。言ったでしょ。。青子は、アミちゃんと快斗と今日一日過ごせて、すっごく嬉しかったんだよ。」

その言葉にオレは心から救われる想いで大きく息を吐くと微笑する。

「ああ。オレも・・・。」

「うん、それじゃ。また明日ね、快斗。」

もう一度手を振る青子に頷くと、オレは外側から扉を閉めた。

 

それから、目許を細めてまわりを良く見渡す。

(怪しい気配は・・・ない、よし。)

心の中で確認すると、オレはすぐ隣にある自分の家の玄関に向かう。

そして、ポケットから鍵を取り出して扉を開けた。

 

次の瞬間、まるで、その時を見計らったようになり出した携帯に視線を落とす。

『非通知」

ディスプレイのその表示を見て、すぐに相手を悟ったオレは画面をスライドさせて、携帯を耳許にあてた。

 

『よう、元気か?』

聞こえてきた予想通りのその声にオレは息を吐くと、靴を脱ぎながら応える。

「ああ。」

『アミはどうだ?』

その問いにオレは、今日一日三人で過ごしていた時のアミちゃんの笑顔を思い出して笑みを浮かべる。

 

「元気だよ。心配ない。」

『そっか。そんじゃ、やっぱりお前に任せて正解だったな。』

ヒヒヒッと笑うルパン三世の声にオレはフッと息を吐いた。

 

「で、あんた達は相変わらず銭形警部と追っかけっこ?」

『まあな。まあ、それだけ済むなら苦労は要らねぇんだが、今回はちっと厄介な事になりそうでな。』

「厄介?」

『ああ。お前にもそのうち気が向いたら話してやるよ。』

「あっ、そう。」

頷いたオレにルパン三世がまたヒヒヒッと笑う。

 

『ああ、それともう一つ。もうすぐお前らの夏休み・・・ってやつもおしまいだろ?』

「ああ。あと一週間くらいかな。」

『だと思ってよ、アミを留学生としてお前らの学校に通える様、ちいとばかしいろいろ細工しといてやったからよ。』

「了解。」

どうせ書類の偽造とかしまくりなんだろ・・・とか思ったけど。

 

まあ、オレは刑事でも法律家でもないし。

そもそも、すべて銭形警部のお墨付きなのだから、反論する理由もない。

 

『詳細については、アミにデータをファイルで送っとくから後で確認してくれ。』

「わかった。」

『んじゃ、よろしく頼んだぜ、黒羽快斗。』

そうオレを呼んだルパン三世に、オレは一瞬呆けたように目を瞠った。

(いっつも、キッド様、キッド様・・・って、嫌味に連呼してくるのに。)

そんなオレの心を見透かしたみたいに、ルパン三世が言った。

 

『お前が・・・。』

「オレが?」

『完全無欠のキッド様・・・のままだったら、オレは絶対に今回の依頼をお前にしなかったろうぜ。』

「お前・・・。」

『じゃあな、頼んだぜ。』

ルパン三世はそう一方的に言うと電話を切った。

 

オレはその言葉にフッと息を吐いて微笑した。

「完全無欠のキッド様・・・なんて、どこにもいねぇんだよ。」

呟いたオレは、その場から階段を上がると、自分の部屋に向かい歩き出す。

 

そして、自室に入りパソコンを立ち上げると、すぐに青子の家に取りつけてある監視カメラとセンサーの状態を確認した。

カメラもセンサーも。

もちろん、青子にも警部にも取り付けに関しては話していて、了承済みだ。

 

「問題なし。」

その事を確認すると、オレは唇を強く引いた。

 

完全無欠なんか絶対ない。

その事を今のオレは物凄く良くわかってる。

 

オレは完璧なんかじゃない。

精神的な弱さもあるし、失敗だってする。

普通の人間だ。

 

だからこそ、オレはオレとして・・・。

黒羽快斗として。

 

アミちゃんも、青子も。

必ず、みんなを守り抜くんだ。

 

オレは窓のカーテンを開いて、青子の家の方を見据えると。

改めて。

そう、強く心の中で、決意していたんだ。