「快斗~!!」

コナンがいなくなった後、早足で駆け寄って来た青子に名前を呼ばれて快斗は振り返る。

次の瞬間。

 

「きゃっ・・・!!」

声を上げると同時によろめいた青子に快斗はサッと手を伸ばした。

そしてふわりと青子を抱き上げて、その場に立たせると心配そうに青子を見つめる。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。」

応えた青子に快斗はほっと息を吐いた。

 

「危ないだろ?慣れないヒール履いてるんだし。船の甲板なんだから溝に引っかかって転んだりする事だってあるんだから、もっと気をつけねぇと・・・。」

「うん、そうだね。ゴメンね。ありがと、快斗。」

「別に・・・。怪我がなくて良かったよ。」

そういうと、快斗は改めて目の前の青子を見て目を細めた。

 

「それにしても、やっぱ綺麗だな。その、ウエディングドレス姿の青子。」

その言葉に青子は少しだけ頬を赤らめながら微笑む。

「うん、ありがと。」

青子はそういうと、ドレスの端を指先で持ち上げた。

「まさか、こんな素敵なドレスを着せてもらえるとは思ってなかったよ。」

「だよな。オレも・・・。」

快斗はそういうと、ぐるりとまわりを見渡した。

 

蘭も園子も子ども達も。

みんなが楽しそうに歓談しながら船上でのパーティを楽しんでいる。

その光景に快斗は目を細める。

 

「青子。オレ、前にクイーンセリザベス号見に行って海に落ちたって話したろ?」

「うん。」

頷いた青子に快斗はゆっくりと瞼を伏せると再び口を開いた。

 

「今の青子ならわかってると思うけど。オレはあの時、この船の中にいたんだ。」

快斗はそういうと、ポケットに指先を入れて、空に輝く満月を見上げる。

 

「予告状出して。予定通り宝石はうまく盗み出せたけど、名探偵に見つかって。逃げ場がなくて、仕方なく船から泳いで帰ってきたってわけ。」

「快斗・・・。」

呼び掛けた青子に快斗がフッと息を吐いて微笑する。

「間違いなく、あの時の名探偵はオレにとって誰よりも手ごわい、やっかいな『敵』だったんだ。」

「うん。」

その言葉に青子は俯くと唇を強く結んだ。

そんな青子を見ながら、快斗は落ち着いた表情で話し続ける。

 

「それがさ、今オレはみんなにこうして囲まれてて。やっぱり、今いるこの場所、この時間、っていうのは、オレにとっては本当に夢みたいな奇跡の瞬間で・・・。」

「快斗・・・。」

「だから、今、この瞬間、この夢が覚めたらどうしようと思ってビビってる・・・っていったら、青子笑うよな。」

そう言って青子の手を取り苦笑を浮かべると、俯いた快斗に青子は目を開いた。

 

「すげぇなさけないけど、マジな話。」

自嘲気味にそう言って顔を伏せ気味に笑う快斗に青子は手を伸ばした。

その青子の手を握り締めた快斗は、息を吐くと再び話し始める。

 

「青子、オレは組織をぶっ潰して、パンドラを壊して。そしたら、警察に自首してムショに入るんだって、そればっかり考えてたんだ。」

快斗のその言葉に青子が伏せ目がちに頷く。

ゆっくりとその瞳からは一筋の涙が流れた。

それに気づいた快斗が、その頬に伝う涙を指先で拭うと青子の耳許に顔を寄せる。

 

「未来なんて、考えてなかった。だから今も、これからどうしたらいいのか・・・って、正直まだ全然わからねぇんだ。」

「快斗・・・。」

切なげに呼び掛けた青子を快斗は手を伸ばし胸に引き寄せる。

 

「ホン・・・ト、情けないばっかで、全然かっこつかねぇけど。」

そう言ってもう一度苦笑する快斗に青子は頭を振った。

 

「いいんだよ、快斗。」

「青子。」

「そのままの快斗でいいの。青子はそのままの快斗がいいの。」

青子のその言葉に快斗が微笑して頷く。

 

「青子、覚えてるか?オレが初めてキッドだって告白した時の事。」

たずねた快斗に青子が頷いて微笑する。

「もちろん。」

「うん。」

快斗は応えると、静かに瞼を伏せて言った。

「あの時、『快斗は快斗だよ。』って、青子が言ってくれただろ?その青子の言葉が、嬉しかった。ずっとオレの支えだった。今も、ずっとずっと、あの時の青子の言葉が心の中で響いてるんだ。」

快斗はそういうと、青子を胸に抱いて肩に顔を埋める。

 

「快斗・・・。」

呼び掛けた青子に快斗が応える。

「青子がいたから、今のオレがある。青子がいなきゃオレはダメなんだ。」

青子を抱き締めたまま快斗はそう言葉にすると、ゆっくりと顔を上げた。

 

「自分の将来とか。結婚とか・・・。未来の事はわからない。だけど、これだけは青子に覚えてて欲しい。」

快斗は青子の目をまっすぐ見つめる。

その瞳は目にためた涙に光が反射して、星を映した様にキラキラと輝いてみえた。

 

「青子にそばにいて欲しい。ずっと、ずっと・・・。」

快斗はそう伝えると、青子を強く抱き締める。

「だから、青子から一生離れるつもりはない。青子以外の誰かとの未来とか・・・。それだけは絶対にないって思ってるから。」

「快斗・・・。」

告げられた言葉に青子は大きく目を見開く。

 

「好きだよ、青子。愛してる。だから・・・ずっと、そばにいてくれ。」

「うん。」

頷くと、青子は快斗の首筋に手を伸ばした。

そして、少しだけ背伸びをすると、快斗の頬に顔を寄せ、ギュッと抱き締める。

 

「青子も、快斗が大好きだよ。だから、ずっとそばにいる。」

「青子・・・。」

「未来はわからない。今は、わからなくてもいい。だけど、ふたりで探して、見つけよう。青子と快斗の未来を。」

青子はそう言って微笑むと快斗に笑い掛ける。

「迷子になる事もあるかもしれない。それでも、青子と快斗はふたりで・・・。そうやって生きていこうよ。」

「ああ。」

快斗は応えると青子の頬に手を伸ばした。

そして、次の瞬間、静かに唇を重ねる。

 

空から降る様な星空と、月の光に照らされて。

波音がゆるやかにさざめき響き渡る。

 

そんな中で快斗は思った。

 

水平線の奥は真っ暗で、海と空の境目さえ見えない真っ暗闇だ。

まるでそれはオレ達の未来だ。

 

一寸先は闇。

何があるかわからない。

 

それでも・・・。

青子を、守れるように。

青子も、みんなも、オレの力で守れるように。

 

オレは強くなる。

もっと、ずっと・・・。

 

そして、オレが黒羽快斗(オレ)として、生きられるように。

 

快斗は心の中で強くそう誓った。

 

奇跡の瞬間から生まれた現在(いま)は、きっと未来へと続いていく。

 

だから、いつも願っていた。

今目の前にある、青子の心からの笑顔。

この笑顔を守り続ける事。

 

それが新たなるオレの戦い。

 

強く。

そう、信じて。