「やっぱり・・・こんなこったろうと思ったぜ。」
快斗は呟くようにそう言うと、パンドラを頭上にかかげたままのヨハネスに鋭い視線を向けた。
「お前・・・。」
「いったろ?ぜってぇお前をそのままじゃいかせないって。」
そう言いながら快斗はヨハネスに向かい歩き始める。
「どんな事情があったとしても、お前がたくさんの人を傷つけてきたのは事実だ。だから、お前は絶対に生きてその償いをしなきゃならない。それをこんなところで・・・。」
快斗が言い掛けたその時。
「快斗!!」
目の端に涙を滲ませながら青年のヨハネスがその場から走り出す。
「ヨハネス・・・。」
快斗はその声に立ち止まり、思わず目を細めた。
「快斗!!」
もう一度そう呼び掛けると、ヨハネスは快斗を正面から勢いよく快斗に抱きつく。
「会いたかったよ。ずっと、ずっと・・・!!」
「ああ、悪い・・・。遅くなっちまって。」
軽く瞼を伏せてそう応えた快斗に、ヨハネスは頭を振った。
それから顔を上げると、目の前にいる快斗を見つめる。
「ううん、それより・・・。ありがとう、約束、守ってくれたんだね。」
「当然だろ?お前との大事な約束だからな。」
その言葉にヨハネスは頷き、目の端から零れた涙を指先で拭う。
「ヨハネス、青子から聞いたよ、全部。」
「快斗・・・。」
呼び掛けたヨハネスに快斗は深く首を縦に振った。
「お前の想い・・・ちゃんと受け取ったから。必ず、叶えよう。」
そう言って、快斗はヨハネスの肩に手をおいた。
そうしてまっすぐ見つめる快斗にヨハネスは深く頷く。
「快斗君。」
「サラさんも・・・。必ず守るから。」
快斗はそう言いながら切なげに目を細める。
「大丈夫。だから、もう泣かないで。」
快斗が声を掛けると、サラは微笑して目の端を拭った。
「ありがとう、快斗君。それと・・・。」
サラはそう言うと、立ち上がり、その場から歩き出す。
「あなたが青子ね。」
「サラさん・・・。」
目の前に立ち、呼び掛けたサラは青子をきつく抱き締める。
「ごめんなさい。私の為に、あなたにはとても辛い思いをさせたわ。」
「ううん、そんな事ないよ。だって・・・。」
言い掛けた青子は顔を上げて、サラを見つめる。
「だって、サラさんだって・・・とても辛かったでしょ。だから・・・。」
そう言って涙ぐんだ青子にサラは目を細める。
「優しい子なのね、あなたは。快斗君と一緒。」
サラはそう言うと、目の前にいる青子と快斗を見つめる。
「ありがとう、快斗君も、青子も・・・。本当にありがとう。」
優しく微笑みながらそう伝えたサラに、快斗の隣に立つヨハネスも微笑して頷く。
「感動の再会・・・というやつか。」
「ああ、その通りだよ。」
快斗は応えると、数メートル離れた場所に立つヨハネスに視線を向けた。
「なぜお前がここに?」
「見当はついてんだろ?ギュンターだよ。青子を迎えに行ってこいって、オレをここに送ってくれた。」
「またあいつか・・・。まったく・・・。」
溜息を吐いたヨハネスに快斗は苦笑する。
「まあ、お前がここに来てこういう事おっ始める・・・っていうのに、感づいてたんだろ?あいつは。だから、それも含めて・・・だと、オレは思うけどね。」
「フンッ、私の孫のくせに、私の邪魔ばかりしおって。」
その言葉に快斗は視線を厳しくする。
「だったら、ちっとはじいさんらしい事もしてやれよ。脅して指図して、挙句の果ては自分の力でいいように操って。何が『孫』だ。ふざけんな!!」
「お前こそ、今の状況をもう一度考え直した方がいいんじゃないのか?」
ヨハネスはそう言うと、口許を上げて笑った。
「ここじゃお前の偽マジックはなんにも役に立たない。ここに来たところで、お前に何が出来る?何の力を持たないお前が来たところで、状況は変わらんぞ。」
ヨハネスのその言葉に、もう一人のヨハネスとサラも俯いて表情を暗くした。
青子も心配そうに、隣に立つ快斗を見つめる。
快斗は数瞬ヨハネスを無言のまま見つめ返すと、大きく息を吐いた。
「んな事言われなくたって、わかってるよ。オレに力がない事くらい・・・。いやってくらい、思い知らされてる。」
「快斗・・・。」
呼び掛けた青子に、快斗は自嘲の混じる笑みを浮かべる。
「お前が言う通り、あの時・・・。オレが東都タワーから落とされた時点で、もしかしたら青子はすぐにお前に殺されていたのかもしれない。それ以前に、青子が最初に攫われた時点で名探偵が動いてくれなきゃ、オレも青子も・・・。」
快斗はそう言うと、両手をポケットに入れたまま空を仰いだ。
「オレ一人じゃ何の力もない。青子も、みんな・・・。大切な人達も守れない。けど・・・。」
快斗はそう言うと、隣に立つ青子に手を伸ばした。
「諦めたくないんだ。絶対に。」
「快斗・・・。」
そう強い口調で告げた快斗に、青子が目に涙を滲ませる。
「みんな、守りたい。サラさんも、ヨハネスも。それにもちろん・・・お前もな。」
そう言って顔を上げた快斗にヨハネスが大きく目を瞠る。
「私も・・・?」
問い返したヨハネスに快斗は頷く。
「ああ、お前もだ。」
快斗の言葉に、ヨハネスは嘲笑が混じる笑みを浮かべる。
「バカな・・・。お前如きに何を・・・。」
ヨハネスの言葉に快斗はフッと息を吐いた。
「ヨハネス、オレさ、一つ分かった事があるんだよ。」
そう言うと大きく息を吸って、隣に立つ青子を見つめる。
「オレには何の力もない。」
「快斗・・・。」
呼び掛けた青子に快斗は目を細める。
「肝心な時に青子を守る事も出来ない。お前みたいな超常的な力だって使えない。今ここにいるオレが、オレのすべてだ。」
そう話す快斗の手を青子は強く握り締める。
「だけど、オレがいる。それだけでいいって笑ってくれる人がいるんだ。オレが伝えた言葉で元気になってくれる人がいたり、オレのマジックで笑顔を見せてくれる、みんながいる。」
「快斗・・・。」
「快斗君・・・。」
呼び掛けたヨハネスとサラに快斗は柔らかい笑みを返しつつ続けた。
「オレがオレのままでいいんだ・・・って。そう思えるだけで、オレは今すげぇ嬉しい。」
「快斗・・・。」
「もちろん、そう思えるようになったのは、青子のおかげ。」
快斗はそう言うと、青子のおでこに軽くキスを落とした。
それから顔を上げて、もう一度ヨハネスを見据える。
「だから、お前も・・・。お前自身で生きてみろよ。」
「お前・・・。」
ヨハネスは目の前に立つ快斗に視線を向けた。
「それは結局のところ、つまり、私があいつと一つになれという話か?」
「んっ・・・まあ、結果的にはそうなっちゃうんだけど。なんていうんだろうなぁ。難しいな。」
首を傾げた快斗に、青年のヨハネスが頭を振った。
「難しくないよ。快斗の言いたい事は僕にはわかる。」
「ヨハネス・・・。」
そう言ってヨハネスは、もう一人の自分であるヨハネスにの前に立った。
「ねぇ、君。僕達は二人で一人の人間なんだ。」
「ああ、だからなんだ?私は今の自分に何も不自由は感じてないぞ。」
「うん、知ってる。でも、それはやっぱりどこまでも、完全な1の状態じゃないんだ。いってみればお互い半人前。」
その言葉にヨハネスが息を吐いて笑う。
「それでも私は完璧だ。」
その言葉にヨハネスは頭を振る。
「聞いて。僕達は半人前だ。だから、そこには強さも弱さもある。もちろん、それは、僕達だけじゃない。みんなが抱えている事なんだろうけど。」
ヨハネスはそう言うと大きく息を吸って、もう一度目の前にいるもう一人の自分を見つめた。
「僕は君と一つになりたい。君と一緒に生きていきたい。」
「お前・・・。」
呼び掛けたヨハネスはわずかに掌を握り締めた。
「だが、お前と一つになる事で、私は私ではなくなるのだろう。」
その言葉にヨハネスは頭を振る。
「そんな事はない。君は君だよ。今までと変わらない。ただ・・・、これからは僕もいる。君はひとりじゃない。」
「そこに何の意味がある?」
問い掛けたヨハネスに、青年のヨハネスが応える。
「助け合うんだよ、一緒に。そして、君の抱えるすべてを僕も一緒に全部抱えて。分け合って。」
「分けあう?助けあう?」
訝し気に口にしたヨハネスに、もう一人のヨハネスが頷く。
「そう。君の苦しみも君の罪も何もかも。僕達二人で。」
そう話し笑みを浮かべる青年のヨハネは笑みを浮かべた。
そんなもう一人の自分をヨハネスは訝し気な顔で見つめる。
「お前は、それでいいのか?今まで私に支配されてきた分今度は自分は・・・と、考えたりしないのか?」
真剣な表情で問い掛けたヨハネスに、青年のヨハネスは手を差し出した。
「しないよ。いっただろ?僕の望みはただ一つ、僕が僕の中に還る事。それだけだ。」
そう言い切ると、ヨハネスは快斗の方を向いた。
「快斗。僕達が一つになった後も、僕達のそばにいてくれる?」
「当然だろ?約束だ。」
快斗は笑顔で頷くと、再びヨハネスに目を向けた。
「ヨハネス、さっきもいっただろ?今までお前の言葉は誰にも届かなかったかもしれない。だけどこれからは、オレが。オレ達がお前の言葉を全部聞くから・・・だから。」
真剣な表情で告げた快斗にヨハネスは数瞬唇を強く引くと息を吐いた。
「わかった。」
そう言ってヨハネスは差し出された手を取り握り締める。
「黒羽快斗、お前には何の力もないと言っていたな。」
「ああ。」
応えた快斗にヨハネスが口許を上げた。
「一つだけあるぞ、お前の力。」
「ヨハネス・・・。」
「お前の心から発せられた強い想いのこもる言葉の力。それはどうやら、私の魔力にも勝るモノらしい。」
ヨハネスはそう言うと笑みを浮かべる。
「快斗、ありがとう。」
頷いたヨハネスが瞼を伏せた。
その瞬間、一瞬光が弾けた様に眩い程輝いた後、その場にいたはずの青年のヨハネスが消える。
その瞬間、先ほどまで一面雪景色だった世界が一変して闇の世界へと変わった。
「ヨハネス・・・。」
切なげに目を細めた快斗に、目の前のヨハネスが瞼を伏せる。
「問題ない。私の中に戻っただけだ。」
ヨハネスはそう言うと、不安そうにその場を見守っていたサラに数歩歩み寄り目の前で立ち止まる。
「サラ、申し訳ない事をした。すまない。だけど・・・君に会いたかった。その気持ちだけは真実だ。まったく、嘘偽りのない私の気持ちだ。」
ヨハネスのその言葉にサラは頷くと、優しく笑みを浮かべ、右手を差し出す。
「私も、送ってくださる?お父様とお母様の元へ。」
「もちろん。」
応えるとヨハネスは優し気に目許を細めた。
「私も君が好きだった、サラ。次に生まれ変わる時は君と共に。」
「ええ。」
そう頷いたサラが目を閉じると、再び目を開いた。
「ヨハネス、一つお願いがあるの。」
「なんだい?」
たずねたヨハネスにサラは、ヨハネスの手の中にあるビッグジュエルに視線を向ける。
「これは・・・私が預かっていってもいいかしら。」
「サラ・・・。」
サラはそう言うと、ヨハネスの手を取り、ビッグジュエルの上に掌を重ねた。
「これは、今のあなたには必要のないものだわ。だって、今のあなたはそのままで生きていける。特別な力なんていらない。」
「サラさん・・・。」
呼び掛けた快斗にサラが頷く。
「この宝石にどんな力があるのか。それは私には良く分からない。だけど、これを巡って人々が争い傷つけあう・・・。そういうものだとしたら、これはこの世界には不要のものだわ。」
「うん。」
頷いた快斗がわずかに両掌を握り締める。
そして、今までこのパンドラを巡ってどれだけの悲劇が起きてきたかに想いを馳せた。
「だったら、これは私が持っていくわ。そして、神様に、こんなものはいりませんてお返ししてくる。」
「サラ・・・。」
「だから、これを私に預けてくれるかしら?」
優し気に目許を細めたサラにヨハネスは息を吐いた。
「わかった。君に任せるよ。」
ヨハネスはそう言ってサラにパンドラを手渡す。
「お前も、異存はないな。」
問い掛けたヨハネスに快斗も頷く。
「ああ、もちろん。」
快斗はそう言うと、サラに目を向ける。
「サラさん・・・。」
「快斗君、ありがとう。青子も。あなた達に会えて良かった。」
その言葉に頷いた二人を見てサラは微笑む。
それから再びヨハネスを見つめた。
「ヨハネス、お願い。」
「ああ。」
応えたヨハネスが、その場で呪文のようなものを唱え始めると、サラのまわりに渦を巻くような風が起こり、明るく光り始める。
それから、数瞬後、その光が弾けてサラが消えたかと思うと、直後真っ暗だった世界に無数の星が降り始めた。
「うわぁ!!綺麗!!」
思わず声を上げた青子の隣で快斗は目を細めた。
「サラ・・・。」
呟いたヨハネスは何も言わずにその光景を見つめていた。
しばらくして、世界が元の暗闇に戻ると、ヨハネスは言った。
「さあ、戻るか。現実の世界へ。」
「ああ。」
頷いた快斗にヨハネスも深く頷く。
次の瞬間、ヨハネス、快斗、青子の三人の姿は、その場から完全に消えていた。