「ヨハネス・・・。」

呼び掛けるとサラは、口許に手をあてながら顔を伏せた。

そして、目の端を涙で滲ませる。

 

「どうしてこんな事を・・・。」

その言葉に、青年のヨハネスが歩み寄り肩を抱いた。

 

「ゴメンね、サラ。すべて僕のせいなんだ。僕の弱さが・・・みんなをこんなところへ導いてしまった。」

「ヨハネス・・・。」

サラは顔を上げると、無表情に自分を見つめるヨハネスに目を向けた。

 

「ヨハネスから事情は聞いたわ。」

「そう。」

頷いたヨハネスにサラは話し続ける。

 

「私が死んだあと、あなたがとてもとても辛い仕打ちをお父様に受け続けていた事。そして、その結果、あなたはあなたの人格を・・・。あなたは自らの人格を分裂させて、良心をすべて封印して生きてきた事。」

「ああ、その通りだよ。サラ・・・。」

応えたヨハネスにサラが切なげに瞼を伏せる。

 

「どうして、世界はこんなにも残酷なのかしら。」

その呟きに、二人のヨハネスがサラを見つめる。

「自らの・・・。ありのままで生きる事が許されない。こんな世界なんて・・・。」

サラはそう言うと、顔を上げて、口許に微笑を浮かべた。

 

「私、あなたが好きだったわ。」

そう言うとサラは軽く息をついて、目の前にいる青年のヨハネスの髪を撫でる。

「少し弱気で、頼りなげで。自分に自信が持てなくて。いつも悲しい顔をしていて。でも、時折あなたが私に見せてくれる笑顔が。優しさが、本当に大好きだった。」

その言葉に二人は目を見開く。

 

「私の初恋よ。」

「サラ・・・。」

同時に呼び掛けたヨハネス達に、サラがフフフッと口許に手をあてて微笑む。

 

「まさか、こんなところであなたに告白をするなんて思わなかった。」

サラはそう言うと、まわりを見渡す。

 

「懐かしい・・・。きっと、この景色のせいね。私たちの思い出の街。」

そう言いながら、降りしきる雪で純白に染められていく街に目を細める。

そんなサラを見つめて、ヨハネスは眉間に深い皺を刻んだ顔で口を開いた。

 

「サラ、君が殺されたあの日がなんて呼ばれているか知っているかい?」

「待って!!そんなサラにあの日の事を思い出させるような事を・・・!!」

歩み寄り腕を掴んだもう一人の自分に構わず、ヨハネスは言葉を続ける。

 

「クリスタルナハト・・・。『水晶の夜』と人々は名づけた。」

「やめろ!!」

口を封じようと手を伸ばしてくる細い腕を掴むと、軽々と振り払い、ヨハネスは険しい表情をした。

「あの夜、破壊された街のガラスが水晶の様に煌めいていた事からそう呼ばれているらしい。」

それを聞きながら、もう一人のヨハネスが唇を噛み締める。

 

「知っているだろう。水晶といえば、すべてを浄化するといわれる、穢れなき聖なる石。」

ヨハネスはそういうと言葉を切って、掌を強く握る。

「私からしてみれば、もしあの夜が水晶なのだとしたら。あの日、あの夜、彼らが更にしてきた事は・・・、穢れなき悪意の塊。その結晶ともいべきものだよ。」

「ヨハネス・・・。」

呼び掛けたサラにヨハネスはハッキリと告げる。

 

「私にとってそれは。この世界は、すべて破壊して打ち砕くべきものだ。」

その言葉にサラは目を瞠ったまま、頬に涙を伝わせる。

 

「だから、あなたはあなたの良心を棄てて、たくさんの人を傷つけてきたの?」

「その通りだ。君を殺した世界に意味はない。」

もう一度そう告げたヨハネスにサラはその場でガクリと膝を折ると、そのままその場に座り込んだ。

 

「でも、あなたが殺し、傷つけて、苦しめて来た人達は、なんの罪もない人達よ。それなのに・・・。」

「同じだよ。人間なんて、何年経っても。何百年、何千年経っても変わらない。」

ヨハネスはそう言うと、少しだけ空を仰いだ。

 

「愚かなまま・・・。何も学ばない。憎み争い、そして戦争という名の正義の名の元に人を殺す。それが人間というものだ。」

ヨハネスのその言葉に、サラも、もう一人のヨハネスも何も言えないまま顔を伏せる。

 

「ならいっそ、私はここで消えてしまいたいと思う。君達と共に。」

唐突にそう口にしたヨハネスに、二人が顔を上げる。

 

「ヨハネス・・・。」

「君、何を・・・!!」

呼び掛けた二人に、ヨハネスは初めて微笑む。

 

「そうして私達はやっと、平穏なる永遠を手に入れるのだ。」

絶句して何も言えない二人に、ヨハネスはもう一度穏やかな顔で笑いかけた。

 

「いいだろう。」

そういって、掌を上げると、その手にあるものを高く掲げた。

 

「それはもしかして、パンドラ!?」

「ああ。」

頷いたヨハネスに、もう一人のヨハネスが詰め寄る。

 

「でも、それは快斗が・・・!」

「ああ、そうだな。確かにやつがもっていただ。だから、こっちに来る時に、いただいて来たんだよ。」

ヨハネスはそういうと、もう一度手の中にあるパンドラを見つめる。

 

「どうせ逝くなら、この石と共に。」

そう言ってヨハネスは、パンドラに自らの魔力を注ぎ込んだ。

ヨハネスの手の中でパンドラが紅く色を変えて光り始める。

 

緊迫した空気の中、サラともう一人のヨハネスが、その光景を目を見開いたまま何も言わずに見つめていた。

その時。

 

「ちょっと待ったぁ!!」

高く響いたその声に、ヨハネスは顔を上げる。

 

「やっぱり・・・こんなこったろうと思ったぜ。」

呟いて大きな溜息を吐いた快斗の手を隣に立つ青子がギュッと強く握り締める。

 

「お前・・・。」

呼び掛けたヨハネスに、快斗は視線を鋭くする。

 

「いったろ?ぜってぇお前をそのままじゃいかせないって。」

快斗はそう強い口調で言うと、目の前にいるヨハネスを見据えていた。