一年に一度の、オレの誕生日。

 

その日は、博士の家に行って。

そしたら、青子と名探偵はもちろん、哀ちゃんや博士、探偵団の子ども達。

それに、蘭ちゃんや園子ちゃん。

服部に和葉ちゃんに京極さんまでオレの誕生日を祝ってくれて。

それで家に帰ったら、警部も誕生日ケーキを買って待っててくれて。

 

みんなに誕生日を祝ってもらって、すげぇ幸せな気分で眠りについた。

 

すると、夢の中にいたんだ。

もう一人のオレ。

 

少し前に、オレの世界にやってきて、たった一日だけ行動を共にしたあいつ。

 

すげぇ暗い顔をしてたから、オレは一瞬どうしたらいいかわからず立ち尽くしてた。

そこに・・・。

 

「快斗。」

名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。

「青子!?なんでここに?」

問い掛けたオレに青子が微笑みつつ首を傾げる。

「うん、なんでだろう?青子お布団で寝てたはずなんだけど。」

そう言うと青子は、少し離れた場所にいるあいつに目をやり、切なげに目許を細める。

 

「あそこにいるのって・・・。快斗・・・だよね、あの時の。」

「ああ。」

頷いたオレに青子がオレの袖を掴んだ。

「元気ないね。」

その言葉にオレは唇を引いて頷く。

 

前にオレの世界に来たあいつは、体中傷だらけで。

手足には拘束具の痕まで残っていて。

それは、あいつがいる世界の過酷さをオレに充分に感じさせた。

 

あいつはまだオレ達に気づいてないらしい。

 

「快斗。」

もう一度呼び掛けた青子にオレは頷くと、自分の肩を掴んでバッと一気に斜め下に引き下ろした。

瞬時にキッドの衣装に早変わりを終えると、シルクハットの中からバラの花束を取り出す。

それを青子に差し出すとウインクして言った。

 

「青子、声掛けてきて。」

そう言っていたずらっぽく笑ったオレに、青子は大きく目を開くと笑顔で頷く。

「わかった。」

応えると青子が小走りで駆けていく。

 

そして・・・。

 

「誕生日、おめでとう!快斗!」

声を掛けた青子にあいつは目を瞠った。

「たん・・・じょうび?」

呟いたあいつに青子がフフフッと口許に掌をあてて笑みを零す。

「そうだよ。忘れたの?」

そう言って青子は後ろから、先ほどオレが渡した大きなバラの花束を取り出すと、あいつの目の前に差し出した。

 

「すっげぇ・・・。」

「でしょ?100本のバラの花束は100%の愛情なんだよ。」

思わず・・・といった感じてそう口にしたあいつに青子が満面の笑みで笑い掛けた。

すると、その言葉になぜかあいつは、胸許に手をあてて俯いた。

 

「それは・・・いいのかな?オレが受け取って。」

そうして唇を強く引いて苦し気な顔をするあいつにオレは目許を細める。

 

『オレにそんな資格があるのだろうか?』

そんなあいつの声が聞こえてくる気がした。

 

わかるよ、オレにも。

その気持ちは。

 

オレだって、ずっと青子や警部を偽り騙してきた。

さんざん酷い事とか言って、ぜってぇ許されるはずのない事をして。

それでも、青子も警部も、そんなオレを全部赦して受け入れてくれて。

 

そうやって、オレは今ここにいる。

 

あいつは、もっと過酷な状況の中で、今も組織と戦っていて。

青子を笑顔にしたい・・・って。

そう、苦しさを吐露する様に話していた。

そんなあいつの想いがオレの心の中に伝わってくるみたいに感じて。

オレも思わず胸に手をあてて唇を引いた。

 

でも、今日くらい・・・。

オレ達の誕生日である今日くらい、笑顔でいて欲しいって、そう思うから。

 

その為にオレが出来る事。

そう思いながら、オレは掌を強く握り締めた。

 

「それじゃ快斗、あとはよろしくね。」

後ろを振り返った青子に、オレは笑顔で頷き前に歩き出す。

「おう、まかせとけ!!」

応えたオレの声に反応してあいつが顔を上げた。

 

「えっ・・・?かい・・・と・・・って・・。」

呟いたあいつにオレは目を細める。

 

あいつはこの前会った時の事を覚えてない。

だから、今ここにいるオレ達が誰なのかもきっとわかってないんだ。

 

それでもいい。

今だけでもいい。

だから・・・。

 

「じゃじゃーん!!ハッピーバースデー!!」

オレはそう声を上げると、手の中にあるシルクハットから、クラッカーを散らしたみたいに、カラフルなリボンと紙吹雪。

それに数羽のハトを一気に出した。

飛び出したハトがパタパタと勢いよく上方に向かい飛んで羽音を響かせる。

 

あいつは視線をハトの先に向けた。

そこにはさっき声を掛ける前にあらかじめ飛ばしておいたピンクや青、明るめのグリーンの風船がプカプカ浮かんでて。

あいつは大きく目を開いて視線を止めた。

 

「誕生日おめでとう、もう一人のオレ。」

そう言ってオレはニカッと口許を引き上げる。

「お前・・・。」

呟いたアイツの前でついでにシルクハットから淡いクリーム色の子ウサギちゃんまで出したオレにあいつが目を瞬かせた。

 

「そんな暗い顔すんなよ、せっかくの誕生日なんだから。」

そう言うと、あいつは自嘲気味に苦い笑いを零す。

 

その表情が切なくて、オレは胸が締めつけられる様に苦しくなるのを感じる。

 

あいつとオレとでは済む世界が違う。

だから、オレはあいつに何もしてやる事が出来ない。

 

その事実がすげぇ悔しかった。

 

オレはそれでも、あいつに残せる何かを伝えたくて。

そして言った。

 

「大丈夫。」

そう言ってオレは指を鳴らした。

その瞬間、そこら中に飛び交っていた紙吹雪も風船も、ハトや子ウサギさえもみんな消えて。

そして、オレの手の中には一番初めに青子があいつに差し出された真っ赤なバラの花束があった。

 

でも、知ってるよ。

あいつはこの花束を自分の世界まで持っていけないって事。

 

「大丈夫だから。いつもそばにいるよ。」

だからオレはもう一度指を鳴らした。

 

先ほどのバラが消えて、今オレの手の中にあるのは、クローバーを象った深い翠色の石。

それは前にあいつがオレの世界に来た時に既にあいつに渡してあるもの。

あいつがちゃんと自分の世界に持って帰れたのかはわからない。

 

だけど、いつか。

思い出して欲しい。

 

お前は独りじゃないんだって。

想いは、ずっとそばにいる。

お前の事を思ってる。

 

本当にお前がどうしょうもなく危機に陥った時は、オレは・・・って。

そう本気で思ってる。

 

だから、ちょっとでもいい。

少しずつでもいいから。

 

あいつに、前に進む力を・・・。

 

「大丈夫。だから、負けるな。頑張れ。」

そう言いながらその石を差し出したオレに、あいつは唇を強く引いて、その石を手の中で握り締めた。

 

「サンキュー。もう一人の・・・。」

言い掛けたあいつにオレは笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、またな。」

最後に伝えた。

 

その瞬間、一気にものすごい力量で世界が回り始めたのを感じた。

[newpage]

目を覚ました時、オレはベッドの上だった。

頭を掻きながら、体を起こして、カーテンを引くと窓を開けた。

夏の空は既に朝焼けに包まれていて、オレはその鮮やかさに想いを馳せつつ目を細める。

 

その時、玄関のドアが開くと、バタバタバタと勢いよく階段を上がってくる足音が聞こえた。

 

「快斗!!」

当然その相手は、唯一鍵を渡していてオレの家に自由に出入りできる青子で。

「青子、おはよ。どした?」

たずねたオレに青子が大きく目を開いた。

 

「青子、夢を見たの!」

「夢?」

問い掛けたオレに青子が頷く。

「うん。もう一人の快斗の夢。」

その言葉にオレは大きく目を瞠った。

 

「それって、もしかして、青子がバラの花束渡したり、オレがマジックしたりした?」

「そう!快斗なんでわかるの!?エスパー!?」

興奮気味に顔を寄せた青子にオレは苦笑して頭を振る。

「いや、だって。オレも同じ夢を見てたから。」

そう言うとオレは青子に手を伸ばして胸許に抱き寄せた。

 

「そっか。青子も同じ夢を見たのか。そうすると、あいつももしかしたらきっと・・・。」

呟いたオレに青子が目許をじんわりと滲ませて頷く。

「うん。」

頷いた青子が、オレの首の後ろに腕を回してギュッと顔を寄せた。

 

「快斗、やっぱり青子達の事忘れてるのかな。」

「ああ。記憶は残らない・・・って話だったから。」

「そっか。」

応えると悲しそうな顔をする青子の髪をオレは撫でて言った。

 

「大丈夫。いつかきっと。必ず思い出す日が来るよ。」

「快斗・・・。」

呼び掛けた青子にオレは頷く。

 

そしてオレは、青子の頬に掌を添えると、ゆっくりと唇を重ねて。

そうして、今は遠くて手の届かないあいつへと想いを馳せた。

 

いつか、オレ達の気持ちが。

想いが。

あいつに届く様に。

 

今は会えなくても。

あいつが笑顔でいてくれるように。

 

少しでもいいから、あいつの力になれるようにって。

 

だって、オレは心から。

そう、願っているから。