「誕生日、おめでとう!快斗!」

その声に導かれる様にオレは、ゆっくりと瞼を開く。

「たん・・・じょうび?」

問い掛けたオレに、目の前の人物はフフフッと口許に掌をあてて笑みを零す。

「そうだよ。忘れたの?」

そして、後ろから大きな赤いバラの花束を取り出して、オレの目の前に差し出した。

 

「すっげぇ・・・。」

「でしょ?100本のバラの花束は100%の愛情なんだよ。」

その言葉にオレはなぜか少し胸が締め付けられるような息苦しさを感じて胸許に手をあてた。

 

「それは・・・いいのかな?オレが受け取って。」

オレはそう言うと、少しだけ下を向いて唇を引いた。

 

オレにそんな資格があるんだろうか?

みんなを偽り、騙して。

すべて嘘で塗り固めてきた。

 

今はきっとその罰を受けてるのだろう。

 

あの組織に自分の居場所を奪われ、

傷を負い、家にも帰れない。

青子や警部、寺井ちゃんを巻き込み、

ここに隠れながら生きる事しか出来ない自分。

 

そんなオレに・・・。

 

「もう、そんな暗い顔しないの。」

しょうがないなぁ・・・と、目の前の人物が溜息を吐くと、後ろを振り返った。

 

「それじゃ快斗、あとはよろしくね。」

「おう、まかせとけ!!」

その声にオレは顔を上げた。

 

「えっ・・・?かい・・・と・・・って・・。」

「じゃじゃーん!!ハッピーバースデー!!」

言い掛けたオレの声を遮り、新たに現れた男が高らかに声を上げる。

 

その瞬間、男の手許にある白いシルクハットから、クラッカーを散らした様なカラフルなリボンと紙吹雪。

それに数羽のハトがパタパタと勢いよく飛び出してきた。

オレは思わず顔を上げて視線をハトの先に向けた。

そこにはいつの間に飛ばしたのか、ピンクや青、明るめのグリーンの風船がいくつも浮かんでいて、オレは目を瞠った。

 

「誕生日おめでとう、もう一人のオレ。」

そう言ってその男はニカッと口許を引き上げる。

「お前・・・。」

純白のステージ衣装にマントとシルクハット。

ジャケットの中には青いシャツとピンクのネクタイ。

良く見ると、シルクハットの中から淡いクリーム色の子ウサギまで飛び出してきた。

 

「そんな暗い顔すんなよ、せっかくの誕生日なんだから。」

そう言われてオレは苦い笑いを零す。

 

暗い顔。

そう言われても仕方がない。

 

組織に青子を攫われたあの日から、オレは自分がどうやって笑っていたかのさえ思い出せないんだから。

 

「大丈夫。」

そう言ってそいつが指を鳴らすと、そこら中に飛び交っていた紙吹雪も風船も、ハトや子ウサギさえもみんな消えていた。

そして、男の手元には一番初めにあの子に差し出された真っ赤なバラの花束が・・・。

 

それは、間違いなくマジック。

 

マジックは人を偽り騙すもの。

でもそれは、自分が幸せにしたい大切な誰かを笑顔にする為のモノで・・・。

 

「大丈夫だから。いつもそばにいるよ。」

もう一度そいつはそう言いながら指を鳴らした。

 

先ほどのバラが消えて、今男の手の中にあるのは、クローバーを象った深い翠色の石。

「それは・・・。」

「大丈夫。だから、負けるな。頑張れ。」

その言葉にオレは何も言えずに唇を強く引く。

そして、差し出されたその石を俺は受け取り強く握り締めた。

 

「サンキュー。もう一人の・・・。」

言い掛けたオレはその瞬間唐突に意識が遠のいてくのを感じる。

 

「じゃあ、またな。」

遠のいていく意識の中で、確かにオレはその声を聞いた気がしたんだ。

[newpage]

「快斗!快斗!」

呼び掛ける声にオレはゆっくりと目を開いた。

 

「快斗!どうしたの?」

「どうしたの・・・って。どうもしねぇけど。」

応えたオレに、涙目の青子がキュッと唇を強く引いて顔を寄せる。

そして、右手のひとさし指でオレの目許を拭った。

 

「これ!!ほら、快斗、泣いてたんだよ。」

そういうと、じわじわと目に涙をためた青子が、ベッドで横になったままのオレの胸の上で声を上げて泣き始める。

そんな青子を見て目を細めると、オレは横になったまま青子の髪をゆっくりと撫でた。

 

「悪かったな、心配かけて。」

「快斗・・・。」

呼び掛けた青子にオレは苦笑いを浮かべる。

「ホント、なんにも覚えてないんだ。」

「そう・・・なの?」

「ああ。」

問い掛けた青子にオレは瞼を伏せて頷いた。

 

組織に囚われたオレを名探偵が元の姿になり助け出してくれた。

オレはそのまま、名探偵の本来の自宅である工藤邸に匿われる事になって。

そして、さんざん組織に痛めつけられた体を癒す為に、シャッターで光さえ届かない部屋でずっと寝たきり状態。

 

少しずつ傷は癒えて良くなってはいるけど、まだ、青子以外の人間に会うのは正直恐怖を感じる。

 

心理的トラウマ・・・というのだろうか。

オレに関わると、みんな不幸な目に合わせちまう。

今はそんな気がしてならねぇ。

 

だから、歩ける足はあるのに、オレはこの部屋の外へまだ出る事が出来ない。

 

「快斗。」

呼び掛けた青子が涙目でオレを見つめる。

(ゴメン・・・。)

その顔を見ながらどうしても思ってしまう。

 

本来無関係なはずの青子を巻き込んだのもオレ。

家に帰れない状態にしたのもオレ。

警部も組織に狙われてるから、名探偵がFBIに頼み込んで、出向という名目で外国に逃がして保護してくれてる。

だから青子は大好きな父親である警部に会えない。

寺井ちゃんは、いまだに行方不明で見つからない。

 

全部、オレのせいだ。

(ゴメン、ゴメン、ゴメン・・・。)

心の中で何度呟いてもきりがない気がする。

そんなオレの心に振る様に響いてきた声。

 

『大丈夫。』

オレは大きく目を開いた。

『いつもそばにいるから。』

この声・・・ってやっぱり・・・。

 

そう思い目を細めたオレを青子がぎゅっと首筋に腕を回し抱き締める。

 

「快斗、誕生日おめでとう。」

その声にオレは顔を上げた。

「青子・・・。」

「何も出来ないけど。何も上げられるものもないけど。ゴメンね。」

その言葉にオレは瞼を伏せると頭を振った。

そして青子に手を伸ばして抱き締める。

 

「いらねぇよ。」

「快斗・・・。」

「青子がいる。それだけで、充分だ。」

そう告げたオレに、青子の目に再び涙が滲む。

 

「泣き虫青子。」

思わず言ってやったオレに青子が涙目のまま唇をへの字に結んだ。

「だって。」

「うん、いいよ、オレのせいだから。青子を泣かせてるのはオレの・・・。」

オレはそう言うともう一度青子の肩を抱いた。

 

「だから、全部、オレが受け止めるから。我慢しなくていいからな。」

そう伝えたオレに青子はまたじわじわと目を涙で潤ませると、再び大声を上げて泣き始める。

 

そんな青子を見ながらオレは心の中で誓ったんだ。

 

次の誕生日こそは、青子を笑顔に・・・。

目を閉じてそう誓ったオレの瞼の裏に、男の影が映った気がした。

 

『大丈夫。だって・・・。』

胸に直接響く様に聞こえてきた男のその声にオレは口許を上げた。

 

「怪盗キッドは不可能を可能にする・・・からな。」

(絶対に・・・。)

 

呟いたオレに青子が顔を上げた。

そしてオレを見つめるとふんわりと笑顔を咲かせる。

 

「快斗。」

「なんだよ。」

「青子は、やっぱり快斗は快斗のままでいて欲しいよ。」

その言葉にオレはフッと息を吐いた。

 

「うん、青子。」

「なに?」

「ありがと。」

そう告げるとオレはそのまま青子に唇を重ねた。

 

想いが深すぎて、言葉では伝えきれない。

 

好きだという想いだけじゃない。

もっともっと伝えたい事があるんだ。

青子に聞いて欲しいんだ。

青子には。

青子だけには・・・。

 

だから青子。

そばにいてくれ。

どこにもいかずにオレのそばに・・・。

 

それだけがオレの願いだから。

 

星も見えない、時間すらわからない。

薄暗い部屋の中で。

オレはただひたすら、そう思いながら。

 

青子に唇を重ねていたんだ。