「親父。」
快斗はそう呼び掛けてゆっくりと顔を上げると、目の前にいる盗一を見つめる。
「まだ解決出来てない問題があるんだ。」
そういうと快斗は振り返り、ヨハネスと隣にいる青子に視線を向ける。
「ヨハネスの人格はふたつに分裂したままだし、しかもその一つは青子の中にいる。それにヨハネスが呼び出したサラさんの魂も・・・。だから・・・。」
その言葉に盗一は深く頷くと、一瞬だけ瞼を閉じた後で、微笑して快斗を見つめる。
「ならば、これを使うといいよ。」
盗一はそう言って快斗の手を取ると、自分の手の中にあるモノをその掌に握らせた。
その手の中に輝く拳大の宝石に快斗は目を瞠った。
「親父、もしかして、これって・・・。」
「ああ、君がずっと探し求めていたビッグジュエル、パンドラだよ。」
そう告げた盗一を瞬きもせずに見つめたまま、快斗は手の中にあるパンドラを強く握り締めた。
快斗は視線を落とし、数瞬その宝石を無言で見つめた後、右腕を上げると、そのままおもむろにそれを、空に浮かぶ満月へとかざす。
その直後、宝石の中で、まるで火を灯らせたような赤い光が輝きだしたかと思うと、その光は段々強く輝きを増していった。
「これが・・・パンドラ・・・。」
「ああ。」
茫然としながら呟いた快斗に、盗一は目許を細め頷く。
「君が命を懸けて探し求めて来たモノだよ。」
そう告げる盗一を、まわりにいる誰もが張り詰めた表情で見つめた。
「親父、オレは・・・。」
言い掛けた快斗に盗一は息を吐いてゆっくりと瞼を伏せる。
「すまなかったね、快斗。」
その言葉に快斗は両手を強く握るときつく瞼を閉じて頭を振った。
「いいよ。親父は既にパンドラを見つけてた。でもその事をオレには言わずに伏せていた。」
「快斗・・・。」
「それには理由があるんだろ?親父が生きている事をずっと8年間秘密にしてきたように。そのパンドラの存在もオレに隠さなきゃいけない理由(わけ)があった。」
俯きがちにそう口にした快斗に盗一は頷く。
「その通りだよ。」
応えた盗一に快斗は俯いたまま唇を強く引いた。
「前にお前が話していたのを覚えているかい?快斗。」
「オレが?」
顔を上げた快斗に盗一は頷く。
「お前が私にパンドラの所在を聞けば、その事実はすぐさま心を読み取られて彼に知られる事になる。だからあえてパンドラについては聞かない。そう話していたね。」
「ああ。」
応えた快斗を見ながら盗一は目を細めると、振り返り、再び背後にいるヨハネスに視線を向ける。
「私は彼に心を読み取る術がある事に気づいていた。そして彼がなぜか私の思考だけは読み取れない事も。」
「親父・・・。」
快斗が初めて見る、盗一の苦し気(げ)にも見える表情に、快斗は少しだけ切なげに目許を細める。
「だから、お前にすべてを話せば、彼は私の存在も、パンドラの所在についても真実を知る事になる。」
そう言いながら自分を見つめる盗一にヨハネスはわずかに険しい表情を浮かべる。
「お前には本当にすまなかったと思っている、快斗。」
盗一はそう言って快斗の両肩に掌をおいた。
「私はお前をずっと偽り、騙し続けてきた。そうしてお前をとても危険な戦いに巻き込んだ。」
その言葉に快斗はフッと息を吐いた。
「らしくねぇな、親父。」
そう言うとシルクハットの鍔を引いて数瞬の間瞼を伏せた。
「親父のそんな弱気な言葉、初めて聞く。」
快斗はそう言うと、深く息を吐いて微笑を浮かべた。
「でも、やっぱ親子だな。」
そう言って顔を上げると快斗は盗一に笑い掛けて言った。
「オレも、青子にずっと嘘ついて騙してきて。やっぱり今の親父と同じ様に青子にゴメン・・・ってひたすら謝る事しか出来なかった。」
快斗はそう言うと、後ろにいる青子を振り返った。
「いっぱい傷つけた。青子にも警部にもひでぇ事いって。でも、青子は・・・そんなオレを赦して、そのまんまでいいって、オレを全部受けとめてくれた。」
「快斗・・・。」
瞳を潤ませながら呼び掛けた青子を快斗は振り返り、青子を見つめた。
「すげぇ嬉しかった。今までも、これからも。きっとオレはずっと一生、あの瞬間を忘れない。それと、名探偵がオレの事を友達だって言ってくれた時の事も絶対に・・・。」
「快斗・・・。」
呼び掛けた盗一に快斗はもう一度微笑して頷く。
「親父。オレは前にも親父に言っただろ?」
そう言って快斗は目の前の盗一を見つめる。
「オレがパンドラを探し求めてしてきた戦いは、もしかしたらぜんぶ意味のないモノだったのかもしれない。だけど、この戦いがあったからこそ、オレは名探偵や青子と、深く信じあえる。そういう関係になれたんだ。」
「快斗・・・。」
「今のオレだからこそ・・・なんだって。ちゃんとわかってる。」
呼び掛けた盗一に快斗は口元に柔らかい笑みを浮かべる。
「今オレがいるこの時間は。オレが辿り着いた時は。やっぱりオレにとって何にも代えられない宝物なんだ。だから、オレに後悔はないよ。」
そういって明るく笑う快斗に盗一はもう一度手を伸ばすと、快斗の頭を抱える様に強く抱き締めた。
「親・・・父・・・?」
「立派になったね。」
盗一のその言葉に快斗は大きく目を開くとフッと息を吐いて頬をかいた。
「全然。まだまだ、親父を越えられる域じゃない。」
「そうかい?」
「ああ。けど・・・。」
快斗は応えると、顔を上げて。
もう一度、まっすぐ目の前にいる盗一を見据える。
「いつかきっと。必ず親父を越えて見せるから。」
そう強い瞳で告げた快斗に、盗一は顔を上げると柔らかく目許を緩める。
「楽しみにしてるよ。」
そう応える盗一の口許にも柔らかい笑みが浮かぶ。
「おじさん、とっても嬉しそうだね。」
思わず声を掛けたコナンに盗一は、本当に心から、嬉しそうな笑顔で頷いていた。