「ぼっちゃま!!」
「寺井ちゃん!!」
ヘリの停めてある方向から大きな声で呼びかける寺井の声が聞こえた。
快斗は声のする方向に顔を向ける。
「ぼっちゃま、よくぞご無事で・・・。」
寺井は快斗のところに辿り着くと、そう言いながら目許をハンカチで拭った。
そんな寺井に快斗は苦笑する。
「たくっ・・・・。大袈裟なんだから。」
「いいえ。大袈裟な話などではありませんぞ。ぼっちゃま!!すぐにこちらにお越しください。」
寺井はそう言って、力強く快斗の手を引いて、ズンズンドンドン歩き出すと、夜の砂浜に停まるヘリの扉を開けて助手席に座らせた。
ヘリの中は室内灯で淡い光が灯っていた。
「すぐに応急手当をしますから。ぼっちゃま、腕と足を出してください。」
「ええ~?いいよ、後で。」
めんどくさそうに応える快斗に、寺井はめずらしく語気を強くして目許を吊り上げる。
「なりませんぞ、ぼっちゃま。このような傷を放っておいたら、化膿して後々厄介な事になります。お見受けするところ、足に銃弾が貫通しております。また、肩にも掠り傷がありますね。」
寺井はそう言うと、快斗を見つめて溜息を吐いた。
「このような大怪我を負われていたら、ごく一般的な普通の常人であれば、立ち上がる事すら困難な状況でございますよ。」
その言葉に快斗は苦笑いを浮かべる。
「わーってるよ。だからって、オレは平気だよ。鍛え方が違うんだって。寺井ちゃんなら知ってるだろ?」
「もちろん存じております。ぼっちゃまがこの仕事を・・・。お役目をまっとうする為に、どれだけの努力を重ねて来られたか。それは寺井が一番よく理解しております。」
「だったら・・・。」
呼び掛けた快斗を寺井がもう一度真剣な表情で見つめる。
「だからこそ・・・。ぼっちゃま、ご自分をもっと大切になさいませ。」
寺井が口にしたその言葉に、快斗は大きく目を瞠った。
寺井はそんな快斗を見つめたまま続けた。
「ぼっちゃまはいつもご自分を後回しになさいます。大切な方々を守る為。弱き人々を守る為。ぼっちゃまはいつでも自分を後回しにして、どんなにリスクが高い状況でも、まわりの方々の幸せを優先されます。」
「別に・・・そこまでの事はしてねぇよ。オレは義賊じゃないし、買い被り過ぎだって。」
「いや、そんな事は無いぜ。」
その場に割り込んで来た声に快斗は顔を上げた。
「その声・・・・名探偵か。」
「ああ。」
応えるとコナンはヘリの中に入り、寺井の隣に並んだ。
「寺井さん、どう?こいつの怪我。」
「とりあえず、急所はすべて逸れておりますし、今消毒と止血も行ったので、このまま安静にしていれば問題ないと思います。」
「そっか。」
応えたコナンは大きく息を吐くと、目の前にいる快斗に視線を向けた。
「名探偵・・・。」
「さっきの話の続きだけど、お前はいっつも自分を後回しにし過ぎ。下手したらお前死ぬだろ?って状況でも一人で動こうとするし。」
「それは・・・・。」
快斗は口ごもると、唇を強く引いて窓の外に視線を向けた。
確かに快斗にもそう言われるのに思い当たる状況がないわけではない。
例えば、芦屋のひまわりを寺井の初恋の人に見せる為に、アメリカまで言って、現地の警官に拳銃で発砲された事もあったし、メモリーズエッグを守る為にスナイパーに空中で狙撃された事もあった。
細かい事を言い出したらきりがない・・・という事くらいは自分でも自覚している。
「けどさ・・・。」
思わず呟いた快斗にコナンが切なげに目許を細める。
「今まで・・・一人で動かざる負えなかったお前の状況は分かってるよ。」
そういってまっすぐ快斗の瞳を見つめるコナンに快斗は目を見開く。
「名探偵・・・?」
「だーかーら!!今度からはちゃんと何かあったら俺に相談しろっていってんだよ!!」
コナンはそう言うと溜息を吐いた。
それから苦笑して顔を上げる。
「言っただろ?キッドはライバルだけど、黒羽快斗は俺の友達だって。」
その言葉に快斗は頷く。
優しく目許を和らげながらコナンは言った。
「もちろん、前にも言ったように。ぜってぇ盗みは許さねぇけど。でも、お前の想いは絶対に無駄にしない。どんな状況だって、俺はお前の声を聞く。お前の想いを守る。だから、むやみに一人で動こうとするな。」
ハッキリと告げられた言葉に快斗は大きく目を瞠ると深く頷いた。
「ああ、わかった。」
そういうと顔を上げて微笑む。
「サンキュー、名探偵。」
「ああ。」
その光景を見つめていた寺井は、治療を終えると何も言わずにその場から離れようと、ヘリの出口に向かった。
「寺井ちゃん!!」
呼び掛けた快斗に寺井が振り返る。
「はい。どうされましたか?ぼっちゃま。」
「ありがとな、その・・・・あと、ごめん。心配かけて。」
少しだけ視線を逸らしながら不器用に告げた快斗に寺井は一瞬だけ目を見開くと、微笑を浮かべて首を横に振る。
「構いませんよ。ぼっちゃまがご無事でいてくだされば、何よりです。」
寺井はそう言うと頭を下げてから帽子をかぶり、その場を離れた。
後にヘリの中に残された快斗とコナンは笑顔で顔を見合わせて笑い合っていた。