「ギュンター君、快斗は無事かな?」
青子のその問いにギュンターは唇を強く引いて複雑な顔をした。
「大丈夫だと思う。今のところは。ただ・・・。」
「ただ?」
言い掛けたギュンターに青子も表情を曇らせる。
「何かあったの?」
「うん。」
応えるとギュンターはしばらく間をおいて窓の外に視線を向けた。
「お祖父様がカイトに術を掛けたんだ。時間制限があって、それまでに戻って来られないと現実のカイトの命が終わる。そういう術。」
「そんな・・・。」
呟きを漏らし不安そうな顔をした青子をギュンターが見つめる。
「きっと大丈夫。探偵君も一緒だから・・・。」
「コナン君も?」
たずねた青子にギュンターは少しだけ笑みを浮かべる。
「うん。今もきっと二人は一緒にいるはずだよ。」
「そっか。なら大丈夫だね、コナン君がいるなら。」
ほっと青子が息を吐いた。
その時だった。
「なるほど。」
閉じたままのドアの向こうから聞こえてきた声にギュンターは立ち尽くし強張った顔で身をすくませる。
「お祖父・・・様・・。」
「久しぶりだね、ギュンター。」
まったく感情のこもらない声でそう言いながら扉を開け部屋の中に入ってきたのは、一見ギュンターとさほど年齢も変わらない様に見える紳士。
快斗が敵対する組織の総帥である、ヨハネス・フォン・ゴールドバーグだった。
「あなたは・・・。」
「良く来たね、青子。待っていたよ。」
その言葉に青子は大きく目を瞠った。
「青子を・・・知ってるの?」
「ああ。きっと、ずっとずっと昔からね。」
「えっ・・・?」
首を傾げる青子にヨハネスはわずかに苦笑をもらした。
「知っていたんだけど忘れてたんだ。君の事は僕が処分した方の記憶の領域内にあったものだから。」
「それってどういう・・・。」
呟いた青子に少しだけ笑みを浮かべると、ヨハネスは再び氷の様に冷たい視線をギュンターに向けた。
「まったくもって余計な事をしてくれたね、ギュンター。君にはやはり自覚が足りない様だ。組織の一員であり、この世で唯一私の血を継ぐ者だという自覚が。」
ギュンターはその言葉に唇を強く引くと青子を背に隠す様に両手を広げ、ヨハネスの真正面に立った。
「唯一・・・。もう一人いたはずでしょ、お祖父様。誰よりもあなたの血を色濃く引くあなたの息子が。父さんが・・・。」
ギュンターはそう言いながら強くヨハネスを見据える。
「お祖父様が・・・。あなたが殺したんだ。父さんを・・・。組織の言いなりにならない。自分の思い通りにならない。ただそれだけの理由で・・・。」
「ギュンター君・・・。」
悔しそうに唇を噛んだギュンターの背に青子が呼び掛ける。
「父さんはまったく力を持たない人だったけど。でも誰よりも優しい人だった。いつだって僕を愛してくれた。僕にとって、人と呼べる存在はずっと父さんだけだったんだ。だけど、その父さんはあなたに殺された。だからいつか絶対あなたに復讐しようと思って僕はずっと組織の中にいてその機会をうかがっていた。けど、教えてくれたんだよ。カイトが。それにアオコも、探偵君も・・・。そうじゃないんだ・・・って。僕の力は見知らぬ誰かを傷つける為にあるモノじゃない。僕の心は憎しみで埋め尽くされる為にあるんじゃない。」
ギュンターはそう言うと青子を振り返り見つめる。
「僕の力は大切な誰かを守る為のモノで、僕の心は僕にとって大切な誰かと生きていく。そんな未来を描く為にあるモノなんだ・・・って。だから・・・。」
そう言うとギュンターは再び目の前のヨハネスを強く見据える。
「アオコは僕が守る。絶対に。」
「ギュンター・・・。」
「お祖父様には絶対に指一本だって触らせない。絶対に。」
真顔でそう言い放ったギュンターに一瞬呆けた様に目を開くと、ヨハネスは大きく高笑いを始めた。
「そんな事が出来ると思ってるのかね?力の差は歴然としているのに。」
おかしそうに口許を押さえるヨハネスにギュンターは真顔のまま応える。
「出来るか出来ないかじゃないんです。僕がそう決めたんだ。」
「そうかい?だがね・・・。」
ヨハネスはそう言うとギュンターの前に立ち、軽く人差し指でヨハネスの額を弾いた。
その瞬間、ギュンターが白目をむいた直後、その場でバタリと倒れ込む。
「そんな精神論になんの意味もないんだよ。愚かだね。」
覚えておきなさい・・・と。
ヨハネスは軽く腰を屈めてギュンターの耳許で告げる。
「ギュンター君!!」
青子はすぐにベッドの上から飛び出してギュンターに駆け寄った。
「ギュンター君、どうしたの?」
必死に肩を揺する青子にヨハネスが笑みを浮かべる。
「心配いらないよ。眠っているだけだから。命に別状はない。」
淡々と言うと、ヨハネスは睨む様な鋭い視線を自分に向ける青子を見つめた。
「気が強いね。正義感の強さ。そういうところも彼女にそっくりだ。」
フフフッ・・・とヨハネスは言いながら楽し気に笑う。
「それってどういう・・・。」
言い掛けた青子にヨハネスはニッコリと笑い掛けた。
「やっと会えたね、青子。」
ヨハネスはそう言ってまた一歩ずつ青子に近づき目許を緩めつつ微笑む。
「楽しみにしていたよ。君に会えるのを・・・。」
戸惑う青子に構わず、ヨハネスが青子の目の前で腰を屈める。
青子は大きく目を瞠ったままヨハネスを見つめた。
「ずっとずっと待ってたんだ。」
ヨハネスはそう言って目を細めるとしばらく何も言わずにじっと青子の顔を見つめる。
(快斗・・・。)
青子はその視線と言葉に戸惑いながらずっと、助けを求める様に、心の中で快斗の名を呼び続けていた。