コナンはゆっくりと目を開くと体を起こしてあたりを見渡した。
すぐに一メートルほど離れた場所でキッドの姿のまま眠る快斗に気づく。
立ち上がり近くによると、顔を顰めて苦しそうに唸り声を上げる。

何か悪い夢でも見ているんだろうか?
いや、もしかしたら・・・。
そう思いながら顔を近づけると、快斗がわずかに声を上げた。

「青子・・・。」
その声にコナンは苦笑をもらす。

結局快斗の思考の着地点はどこまでもいっても彼女なのだ・・・と。
そう思いながら静かに肩を揺すった。

「おい。起きろよ。」
その声にハッとして快斗が目を覚ますとコナンは微笑して笑みを返す。
「やっと起きたか。」
「名探偵?えっ・・・?ここは?」
「それを聞きたいのは俺の方なんだけど。」
苦笑いを浮かべるコナンを見つめながら快斗が数瞬目を瞬かせる。
それからハッとした様にあたりを見回して再び真剣な顔をする。

「青子は!?」
「彼女はここにはいないよ。」
コナンは即座に断言した。

その言葉に一瞬だけ愕然とした顔をする快斗にコナンが息を吐く。
「大丈夫。彼女は無事だよ。ただ・・・。」
言い掛けたコナンに快斗が首を傾げる。
「ただ・・・?」
「そのお前が東都タワーで対峙したヨハネス・・・っていう男に連れ去られたらしい。お前の親父さんが言ってた。」
「青子が・・・あいつに!?」
問い掛けた快斗にコナンは頷く。

「ああ。だがおそらく心配ないと思う。そのヨハネスにとって彼女はいざという時、お前を呼び出す為最後の切り札だろ?そう考えると今のところ彼女に何かしらの危害を与える理由はないはずだから。」
快斗はそれを聞いて悔しそうに唇を噛む。
「あの時と同じだな。」
その言葉にコナンも頷く。
「そうだな。だけど、まったく同じ・・・ってわけじゃないぜ。」
コナンはそう言うとじっと目の前の快斗を見つめる。

「お前はあの時のお前と違うし、俺もあの時の俺と違う。もちろん彼女も。」
キッパリと言い切ったコナンに快斗は目を瞠った。
「名探偵・・・。」
「絶対にお前を一人で行かせたりしない。その為に俺はギュンターの力を借りて自分の意志でここへ来た。」
それは快斗にとって何よりも心強い言葉だった。
快斗は強く唇を引いてコナンのメガネの奥にある大きな瞳を見つめる。

「俺にはまだどうしてお前がこの場所にいるのか?何があったのか全く分からない。だから、話してくれないか?
問い掛けたコナンに快斗が深く頷いた。
「ああ。名探偵、聞いてくれ。」
快斗はそう前置きをするとすべてを話し始めた。

自宅をハンググライダーで飛び出して東都タワーへ向かった快斗達をヨハネスが待ち受けていた事。
そして、自分だけが空中に張られた巨大な蜘蛛の巣に気づくと絡め取られていた事。
それからすぐに意識を失い、しばらくして気づいたら真っ暗闇の世界でヨハネスが現れ、この場所から12時間以内に出らなければ現実の命が終わると宣告された事。
そして自ら選んでこの場所のこの時間に来た理由。

「そっか。」
話を聞いたコナンが丸めた指先を口許にあてる。
思索をする時のコナンの癖だった。

「このストップウォッチがオレの残り時間を表してる。既にさっきヨハネスと話をした後二時間も経っちまったらしい。」
悔しそうに呟いた快斗にコナンはチラリと視線を向けると、その手の中にあるストップウォッチを素早く取り自分の懐に入れた。
「名探偵、何するんだよ!!」
「いいから、落ち着け!!彼女と自分の命を人質に取られてるんだから冷静さを欠くのもわかる。だがな、見ろよ。お前のその恰好。」
そう言われて快斗は自分の姿を見下ろしハッとした表情をした。

「これは・・・。」
「そう。今のお前は、常に冷静沈着、神出鬼没の怪盗キッドだろ?」
念を押したコナンに快斗が頷く。
「ああ。だったら・・・。まずは冷静になれ。落ち着いて考えろ。今こそお前のポーカーフェイスが必要な時だろ。」
その言葉に快斗は唇を強く結ぶ。
「ああ、そうだな。」
その顔を見てコナンは笑みを浮かべる。

「彼女はもちろん心配だけど。今は俺達のするべき事をしよう。」
「するべき事・・・。」
「ああ。俺は今回お前の親父さんに何度も言われたぜ。俺は俺のするべき事をしろ・・・って。」
それを聞いて快斗がフッと息を吐き笑みを浮かべる。
「親父らしい。」
その笑顔にコナンも微笑して頷く。

「これは、俺が預かっとく。いいよな?」
快斗を見つめたずねるとコナンはさらにぐいと顔を近づけて快斗の右腕を掴む。。
「お前の命は俺が預かる。もちろん、絶対にここで終わりになんかさせねぇから。」
「名探偵・・・。」
そのコナンのあまりにも真剣な表情に快斗は息をのんだ。

「ずっと後悔してた。最初の事件の後、お前を一人にしちまった事。そして、お前に大怪我を負わせちまった事。組織から報復がある可能性に気づいてたのに。あの時その事に気づいて動けたのは俺だけだったはずなのに、俺は見て見ぬ振りをした。結果お前を・・・。」
「名探偵。」
「すまなかったな。」
座っている快斗の目の前に膝を折りまっすぐ目を見て告げるとコナンはその場で頭を下げた。
快斗はそれを見て数瞬目を瞠った後に首を横に振りフッと息を吐く。

「別に、名探偵が気にする事じゃない。元はといえば全部俺の責任だ。」
「けど。」
顔を上げたコナンの口許に快斗は人差し指をあてた。
「だけど、あの事件があったからきっと、俺は名探偵と今の関係になれたんだろ?蘭ちゃんや園子ちゃん、探偵団のあいつらとも知り合う事が出来た。」
「お前・・・。」
「だから後悔はしてない。名探偵にもそんならしくない後悔はして欲しくないし。頭なんて下げられたら、後が恐ろしいからやめてくれ。」
苦笑いでそう口にした快斗にコナンは目を瞠った後でフッと息を吐いて笑う。

「本当お前って・・・。」
そう言うとコナンは右手を快斗の前に差し出した。

「行こう。ここから先、絶対にお前を一人にさせない。」
まっすぐ目を見てそう告げたコナンに快斗は深く頷く。
「サンキュー、名探偵。」
応えると差し出された手を取り立ち上がる。

「行くか。」
「ああ。」
手をすと笑顔で顔を見合わせた。
まだ手の中に残るぬくもりを感じて快斗は右掌を強く握った。

「絶対にここから出て青子のところに向かう。青子が待ってるから、こんなとこで終われない。」
誓いを立てる様にそう口にした快斗にコナンは笑顔で頷く。
「もちろん。」
応えるとコナンは快斗は二人並んでレンガづくりの街の中を歩き始めた。
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「だがとりあえず・・・。どこなんだろうな、ここは。」
たずねたコナンに快斗は神妙な顔で頷き顔を上げる。
それからハッと大きく目を見開いて応えた。
「場所はまだわからないけど。この時代がいつなのかは大体見当がつくぜ。」
そう言って快斗は、少し離れた場所に翻る大きな旗を指さした。

「名探偵、あれ。」
「あれは・・・!!」
声を上げたコナンが表情を険しくした。

「あれって、ナチスドイツの・・・!?」
「ああ。ハーゲンクロイツ。卍を象ったナチスドイツの旗だ。どうやら街中の至る所に掲げられてるらしい。」
「という事は、ここは第二次世界大戦中のヨーロッパか。」
「ああ。」
頷いた快斗は唇を強く引くその場で立ち止まり改めてあたりを見回す。
建物も歩道もすべてレンガ造り。
美しいその風景の中に、だが街中のいたるところに軍服の兵隊がちらついた。
その軍人達はみなナチスの紋章をつけた腕章を腕につけて街の中を闊歩(かっぽ)している。
一般人もいないわけではなかったが、こわごわとした表情をしながら軍人を避けて俯きがちに無言で足早に通り過ぎていくだけだった。

「やっぱり目立つよな、お前のその衣装。」
先ほどから快斗の方を見てはチラチラと視線を向けてくる軍人に気づいてコナンが苦笑いを浮かべる。
そんなコナンに快斗も苦笑して言った。
「さすがにこの時代じゃな。ていっても・・・着替え持ってねぇし。捕まりそうになったらなんとか走って振り切るしかねぇな。」
「逃げるのは得意だもんな、お前。」
横目で見てそう言ったコナンに快斗も微笑して頷く。
「当然。」
その顔を見て苦笑したコナンはもう一度辺りを見回すと、とにかくもう少し歩いてみようと声を掛け歩き始めた。

「あの傾斜がきつい急勾配(こうばい)な屋根。しかも屋根裏までぎっしり窓がついてるあのつくりって・・・。」
言い掛けた快斗にコナンが頷く。
「ああ、ドイツとかオランダとか。そのあたりで多い特徴的なつくりだよ。それに、あれ・・・。」
コナンがわずかに表情を険しくして指差した先。
そこに掲げられたあるものをみて快斗が大きく声を上げた。
「それに、あれ・・・見えてきたろ?」
「あれ・・・!!」
「バンベルク大聖堂。世界遺産にも登録されている中世建築最高傑作ともいわれる歴史的建造物だよ。」
そう言うと、コナンは立ち止まりその場で快斗の顔を見上げる。
「つまりここは、ナチスドイツ占領下のドイツ中南部にあるバイエルン州バンベルク。そこに今俺達はいるって事だ。」
そう断定したコナンに快斗は頷き、もう一度まわりを見渡す。
「そうすると、このどこかにヨハネスが・・・。」
「君達・・・。」
言い掛けた快斗の背後で呼び掛ける声がした。

慌てて後ろを振り返った快斗と顔を上げたコナンは、その瞬間大きく目を見開く。
「ギュンター!?」
「えっ・・・誰・・・?」
同時に声を上げた二人に目の前の人物が首を傾げた。
それを見たコナンが快斗の袖を引いて耳許に顔を寄せる。
「違う、良く見てみろ。髪の色が違う。ギュンターの髪は少し濃い目のブロンドだったろ?」
「ああ。だから別人。ていうか、この髪色どこかで・・・。」
呟いて快斗が首を傾げたその時だった。
「君、僕を知ってるの?」
頭の中で思い浮かべたイメージとその人物の名前。
その思考を先回りしたみたいに問い掛けられた事に気づいて、快斗はもう一度大きく目を見開く。
「お前、もしかして・・・ヨハネス?」
問い掛けた快斗にその目の前のプラチナブロンドの青年があまり驚いた様子もなく頷く。
「うん。僕の名前はヨハネス・フォン・ゴールドバーグ。やっぱり君達はどうしてかわからないけど、僕の事を知っているみたいだね。」
そう言われてコナンと快斗は顔を見合わせてからその言葉に頷く。

「やっぱり、オレ達の思考を読めるんだな。」
快斗がそう言うと、ヨハネスはハッとした表情をした後、わずかに顔を伏せて頷く。
「ゴメン、つい・・・。お父様に気味が悪いから外では控えろ・・・って言われてるんだけど。」
予想外のその反応に快斗とコナンは顔を見合わせた。

「君達は日本人・・・だよね?」
問い掛けるヨハネスに快斗とコナンが頷く。
「うん。僕は江戸川コナン。」
「オレは黒羽快斗、よろしくな。」
そう言って笑い掛けた快斗にヨハネスが微笑して応える。
「うん、よろしく。さっきも言ったけど、僕の名前は、ヨハネス・フォン・ゴールドバーグ。この通りの、もう少し先に僕の家の屋敷があるんだ。君達、行くとこないんだろ?良かったら招待するよ。」
そう言われてコナンと快斗は即座に頷く。
「サンキュー。」
「ありがと、お兄さん。」
応えた二人にヨハネスが頷いて、それから快斗の衣装を見ながら不思議そうに首を傾げた。

「君の着てる服は、怪盗アルセーヌ・ルパンみたいだね。日本人はみんな着物を着てるって聞いたけど違うのかな?」
ヨハネスが口にしたその言葉にコナンが苦笑して横目で快斗を見上げる。
「う・・・ん、日本人がみんな着物っていうのはさすがにこの時代でもないかなって思うけど。このお兄ちゃんはまぁ・・・特別なんだよ。」
言葉を濁して苦笑いしながら言ったコナンに快斗が「悪かったな。」と呟く。
そんな二人を何も言わずに見ていたヨハネスが、少し遠くを見るような目で呟いた。
「特別・・・か。」
そう呟いたヨハネスにコナンと快斗はもう一度顔を見合わせる。

それからコナンはヨハネスの顔を見上げたずねた。
「お兄さんも、何か特別・・・なの?」
尋ねたコナンにヨハネスが首を横に振る。
「ううん。なんでもないよ、ゴメンね。僕は全然特別なんかじゃないし、むしろ・・・。」
言い掛けたヨハネスが暗い表情で顔を伏せる。
「生まれてきちゃいけなかったのかもしれない。」
その言葉にコナンと快斗が大きく目を開いてヨハネスを見つめる。
「それって、どういう・・・。」
言い掛けた快斗にヨハネスは顔を上げると無理矢理張りつかせたようなつくり笑顔で首を横に振る。
「ゴメン、なんでもないんだ。それじゃ、僕の後について来て。案内するから。」
そう言うと、ヨハネスは何も言わずに石畳の道を進んでいく。

コナンと快斗はもう一度顔を見合わせてから深く頷き合うと、二人並んでヨハネスの後ろを歩き始めた。