「伊丹刑事・・・どうしました?何かありましたか?伊丹刑事?伊丹刑事?」
額に眉を寄せて受話口にそう呼び掛けている岩月に、隣に座るストレートロングの女性、サイバー犯罪対策課の小田切捜査官が怪訝な顔を向ける。
「伊丹刑事?伊丹刑事?応答してください。どうしたんですか?何かあったんですか?」
なおも呼び掛ける岩月の声は基本的に静の空間であるこの部署内ではひときわ大きく響いて、しかも何か目に見えない異変を感じ取っているのか少しずつその声のボリュームを上げていく岩月に小田切は軽く息を吐くとその耳許に顔を寄せた。
「岩月さん、課長に気づかれますよ。」
その声にハッとして岩月は目を大きく開くと、即座に耳許にあてていたスマホを自分の膝の上に下ろしじっと見つめた。
今もその携帯は通話中のままになっていた。
それを横目にチラリと見ると再び視線を自分の目の前のモニターに戻し、キーボードに指を滑らせつつ小田切は声を掛けた。
「何かあったんですか?」
たずねた小田切に岩月が首を横に振り諦めた様に息を吐くと、携帯のディスプレイの終話ボタンを押してそれを懐にしまう。
「いえ・・・別に大したことはないんですが。」
言い掛けた岩月がわずかに視線を落とす。
「電話が掛かってきたんです。伊丹刑事から。」
「伊丹・・・ああ、あの例の東京明和銀行の事件の。」
失礼な人・・・と。
そうチラリと視線を向けた小田切に岩月が頷く。
「ええ。でも、全然応答がなくて。」
その言葉に小田切は溜息を吐いた。
「間違えて誤作動しちゃったんじゃないですか?スマホの扱いに慣れてない人だとロック掛けてないから知らない間に電話発信してて・・・とか。良くありますよ。」
「ですよね。伊丹刑事ついこの間までガラケーだったから・・・。」
そう息を吐いた岩月に小田切は頷く。
「うちの母も良くあるんです。それで本人は自覚なかったりして。」
ホント困りますよね・・・・と。
溜息を吐いた小田切に岩月は苦笑いを浮かべる。
「でも・・・。」
岩月は数瞬の間をおいてから再びスマホを取り出すと、ロック画面を解除して着信履歴を呼び出す。
そこには確かに『伊丹憲一』の名前が残っていた。
「胸騒ぎがするんですよ。なんか物凄く嫌な・・・。」
呟いた岩月の顔を小田切は横目で何も言わずに見つめた。
「あの人流に言ったら、これが刑事の勘・・・っていうのかな?」
僕は刑事じゃないけど・・・と。
呟いて、自嘲気味に笑みを浮かべた岩月に小田切が視線を向ける。
「あの人今、上にも言えない様な危険なヤマを追ってるんですよ。もしかしたらそれで厄介な事に巻き込まれてるのかも。」
「それって・・・本部の意向を無視した独自捜査を勝手に行ってるっていう事ですか?」
手を止めてたずねた小田切に岩月が頷く。
「はい。だけどその件に関しては絶対に誰にも言うなって言われてて。でも、・・・・。」
呟いた岩月の顔を数瞬だけ見つめると、小田切はもう一度深く溜息を吐いて言った。
「そんなに気になるなら調べてみたらいいんじゃないですか?」
小田切が口にしたその言葉に岩月は大きく目を見開く。
「通話中のままだったなら携帯の電源は切られていないはずです。だったらその電波の発信元を探る事は可能です。まあ・・・それで何もなかった場合には、それ相応の処分は覚悟しなければなりませんが・・・。」
そう言ってから小田切はニッコリとあからさまなつくり笑顔で岩月に笑い掛けた。
「あっ、これはあくまでも私のひとり言なので、岩月さんは聞き流してくださっても構いませんよ。」
そう言うと小田切は再び顔を自分の目の前のモニターに向けて一心にキーボードを叩き始めた。
その横顔を見ながら岩月は大きく頷くと、唇を強く引いて自分の端末のモニターを見据える。
「ありがとうございます、小田切さん。」
そう言うと、わずかに口許に弧を描いた。
「これは僕のひとり言です。気にしないでください。」
その言葉に応じる様に小田切も無言で頷くと、わずかに口許を上げていた。