ふぅ・・・と軽く息を吐いた快斗に隣でずっとモニターを睨んでいた伊丹が横目で視線を向けた。

 

「疲れたか?」

その声に快斗が苦笑いしながら頭を掻いて「ちょっとだけ。」と応える。

「そうか。」と頷くと伊丹は再びモニターに視線を戻した。

そんな二人の様子に気づいた芹沢がわざとらしく溜息を吐く。

「そりゃ疲れますよ。黒羽君ふつうの高校生なんだから。第一無理やり彼を引っ張ってきたのは先輩でしょ?」

ねぇ~・・・と。

人の良さそうな顔で笑い掛けてくる芹沢に快斗は再び苦笑いを零す。

「ふつうか~~?こいつが~~?」

冗談とも本気ともつかない怪訝な顔でそう口にした伊丹に芹沢が「当然でしょ?」と頷いてもう一度快斗に笑い掛ける。

 

「だってよ。」

そう横目で視線を向けた伊丹に快斗は何も言わずに頬を掻くと苦笑いを浮かべる。

「まあ、確かに・・・悪かったな。」

サラリとそう言ってから再びモニターに視線を戻した伊丹に快斗は一瞬だけ目を見開くと軽く息を吐いた。

 

「あんまり慣れてないんですよ。こういう状況って。」

そう少し含みのある苦い笑いを浮かべる快斗に伊丹は眉を寄せる。

「前は、まぁ・・・いろいろあったけど。基本的に一人で勝手に動いてたし。いまだにこういうのってちょっと慣れないっていうか・・・。」

芹沢には聞こえない様にそう言ってから自嘲気味に笑う快斗に伊丹は目を細める。

 

「伊丹さんに昨日の夜どこで何してたって聞かれて、オレあたりまえみたいに『学生なんだから家で寝てて当然だ』みたいな事言ってたけど。考えてみたらそれって、ちょっと前のオレからすれば全然あたりまえの事なんかじゃなかったんだよな・・・ってさっき思い出してさ。」

そう苦笑する快斗をコナンが切なげに目を細めてチラリと振り返る。

「だから改めて思うとそういうのをあたりまえ・・・って言える今の自分て、すげぇ幸せだなって。」

「お前・・・。」

呟いた伊丹に快斗が笑みを浮かべる。

「だからいいんだ。今日一日伊丹さんといれて楽しかったし。」

 

そう言ってもう一度笑う快斗を伊丹は改めて見下ろしてから、その少し低い位置にある後頭部に掌をおいてクシャリとかき混ぜる。

「伊丹さん・・・?」

「ほんと・・・お前って・・・。」

呟いた伊丹が目許を緩めて快斗を見つめた。

「何言ってやがる、たかだか十七のガキが。」

優しく撫でるその手のしぐさとは対照的にわざと吐き捨てる様な口調で言った伊丹に快斗が微笑して頷く。

「伊丹さんてやっぱさ・・・。」

「バカヤロー、お前は一言余計なんだよ。」

伊丹はそう言って最後に快斗の頭を軽く小突いてから手を離した。

「いってぇ・・・。」

その不意打ちに苦笑しながら頭を抱えた快斗を見て芹沢が伊丹にジトっとした視線を向ける。

 

「先輩、そんなに黒羽君が可愛いからってあんまりいじめちゃ駄目ですよ。」

ホント素直じゃないんだから・・・と。

小声で呟いた芹沢に伊丹が睨みをきかせる。

「どこが可愛いんだよ。犬みたいに勝手に人に懐きやがって・・・。」

「めっちゃ可愛がってるじゃないですか。」

芹沢は呆れた声で溜息混じり言いながら苦笑する。

そんな芹沢からフイと視線を逸らすと、一人椅子に座るコナンの目の前の台に掌をつき視線を鋭くした。

 

「それより・・・本当にその協力者っていうのはいるんだろうな。」

そう再びモニターに視線を戻したずねた伊丹をコナンが軽く首を回して振り返る。

「お前の予想だと、朝六時以降の人が込み合ってきた時間帯に最上階に上がる人間・・・おそらくこのホテルの関係者がいるって・・・そういう話だったよな。」

その言葉にコナンは真顔で頷く。

「うん。それと、その第一発見者のフロント係の人が迫田さんの部屋に上がる前・・・たぶん一時間くらいの間に、叶つぐみさんがエレベーターで下に降りてくる姿が防犯カメラに残されてると思うよ。」

コナンはそう言うと、再び前を向いて視線を録画されていた防犯カメラの映像を再生し続けるモニターへと戻す。

「返り血を浴びた状態で同フロアのスイートに逃げ込んだ犯人はまず何よりもその迫田さんの血が飛び散った衣類をどうにかしなきゃならない。でもそれを自分で部屋から持ち出す事は出来ないし、そのまま部屋に残しておくのも危険だし。出来る限り自然な状態で部屋の外に出して始末するとしたら、違和感なくそれを部屋から持ち出す事が出来るのはこのホテルの従業員くらいでしょ?」

「確かにそうだが・・・。で、それが誰なのかっていうのは目星はついてるのか?」

そう顔を寄せてたずねてきた伊丹にコナンは頷く。

「うん。それはおそらく・・・。」

「あっ!!」

言い掛けたコナンの声とほぼ同時に突然快斗が声を上げた。

 

「なんだ、いきなり・・・。」

溜息混じりに呟いた伊丹に快斗が声のボリュームを上げる。

「あの人、今最上階のボタン押してた!!」

「なに!?」

伊丹はそう言うと、快斗が指差す先を目を凝らして覗き込む。

「どこだ!?」

「ほら、この人。ベージュのスーツ着たこの男性。」

「やっぱり・・・。」

そう呟いたコナンは手許のボタンを操作してモニターの映像を停止するとそのまま画像を拡大させる。

 

「芹沢さん、覚えてる?この人。」

その問いに芹沢が即答で頷く。

「ああ。第一発見者の細田希美さんの上司の川田さん・・・だよね。」

「うん。この時点での時刻が八時三十分。ちょうど一番エレベーターを利用する人が多い時間帯だから、まさにそこを狙ったんだろうね。」

「なるほど・・・木を隠すには森の中か。」

「うん。」

頷いたコナンに伊丹は唇を噛むと芹沢へと視線を向ける。

 

「おい、芹沢。この男しょっ引いて来い。絶対何か知ってるはずだ。うまくいけばこの男の自白で令状を請求出来る。」

「わかりました。」

応えると芹沢はそのまま警備室の扉を開いて飛び出していった。

 

「あとは第一発見者が到着する前に出ていく叶つぐみ・・・か。」

「うん。」

頷いたコナンに快斗が口許に指先をあてて首を傾げる。

「でもさ・・・名探偵のその推理だと、後から警察が防犯カメラを調べればすぐに彼女が出てった時間とかまで確定されちゃうよね。」

「そうだな。宿泊名簿にはないその女の姿が確認されれば確実に捜査の対象になるだろうしな。」

「だよね。」

呟くと快斗はコナンの隣に腰かけて、目の前の端末を操作し始める。

 

「だとしたら・・・こういうのはどうかな?」

快斗はそう言うとボタンを操作しながら超高速で映像を早送りし始めた。

「お前何してんだ?」

「まあ見てて。」

訝し気にたずねた伊丹に快斗がモニターに視線を向けたまま応えた。

そんな快斗を見て緩やかに口許を引き上げたコナンは伊丹の顔を見上げて頷く。

 

それからしばらくすると快斗は再び速度を落として再生を始める。

「たぶんこのあたり。刑事さん達が全部引き上げた後。普通犯人がこんな時間までそのまま留まってると思わないから、防犯カメラの確認なんてしないでしょ?だから・・・。」

快斗がそう言った直後、体型を隠すような厚手のコートに帽子を深く被りサングラスを掛けた女性がエレベーターに乗り込んでくる姿がモニターに映し出される。

「この女・・・!!」

呟いた伊丹にコナンと快斗が顔を見合わせて頷く。

「帽子とサングラスで顔を隠してるけど、間違いないよ。この女性(ひと)の襟足、この髪型・・・叶つぐみさんだ。」

「くっそ・・・。俺達が被害者の部屋を現場検証してる間ずっといたのか、この女。どれだけ図太い神経してるんだよ。」

忌々し気に唇を噛んでそう口にした伊丹にコナンは首を横に振る。

「たぶん・・・そうでもないと思うよ。見て。」

コナンがそう言って指差した先を快斗は覗き込む様に見つめて「あっ・・・。」と声を上げる。

「泣いてるよ、この人。肩震わせて泣いてる。」

「本当か!?」

そうモニターに顔を近づける伊丹に快斗が頷く。

 

「末摘花・・・か。」

目を細めてそう呟いた快斗の横顔をコナンは何も言わずにじっと見つめていた。