真っ暗な非常階段に規則正しい軽快な足音が響く。

その足音の主は自分の目の前をペンライトの灯りで照らしながら上へと走り続けた。

そして、最上階まで上がり後は目の前にある扉を開けば・・・。

 

そう思いながら一度立ち止まりそこでネクタイを締め直しポケットから取り出したコンパクトミラーで自分の顔を写し出し、自身の最終チェックを行う。

問題ない。

そう判断すると、重たい鉄の扉の取っ手に手を掛けて強く前へと押し込んだ。

「お疲れ様です。」

その掛け声と共に敬礼してきた警官に頷く。

「うむ。」

そうして目の前にある機体を見上げて言った。

「準備は出来ているか?」

「はい。警部の指示通りに。いつでも離陸出来る状態であります。」

「よし、操縦は?」

たずねると目の前の警官が敬礼をしながらきびきびした動作で言った。

「私がさせていただきます。」

「よかろう。それでは今すぐ奴を・・・キッドを追え。いいな。」

「はっ、了解しました!!」

警官は再び敬礼をして応えると、すぐ様その機体。

警視庁と記されたヘリコプターの操縦席へと乗り込んだ。

 

男はその後に続くと微かに口許に笑みを浮かべながら、左前にある座席へと腰を下ろす。

「それでは警部、発進します。」

「ああ、まだ風が強い。気をつけろよ。」

「了解しました。」

応えた警官が手際よくレバーを引き操縦桿を握ると、窓の外からけたたましいプロペラ音が響いた。

 

そして、ヘリコプターがヘリポートを離れ島の敷地外に出ようかという頃、操縦桿を握っていた警官がフッと笑みを浮かべて言った。

「それじゃ・・・いっちょ上がり、という事で♪」

楽し気に声を上げた警官が自分の顔に手を掛けてシリコン状のマスクを剥がし破り捨てる。

「まさか今更オッサンに変装してくるとはな。」

後部座席の足元から響いたその声と共にガチャリと男の手首に冷たい鉄の輪っかが嵌められた。

「図々しい事この上ない・・・ってか。良くやるぜ・・・ていうか。」

同じ様に後部座席の上に置かれていたそのリュックの中からよいしょと這い出したコナンが顔を上げる。

そして呆れたように溜息混じりに声を上げると手元の時計の先を男へと向けた。

 

それに気づいた男が息を吐くと、先ほどの警官と同じ様に自分の顔に手を掛けてシリコン状のマスクを上へと抜いた。

「なるほど、あそこで私を待ち伏せていた・・・というわけですか。」

素顔でそう言って笑う高遠に一が頷く。

「ああ。やたらお前に情報が洩れてるのが気になってな。で、調べてみたら、オッサンのジャケットに盗聴器が仕掛けられてるのをついさっき発見したんだ。」

「普通だったら数日前に盗聴器仕掛けても事件当日には着替えちゃうから使い物にならねぇんだろうけど。」

「オッサンホントその辺気にしねぇからさ。ひどいと一カ月以上おんなじジャケット着てたりもするし。それで・・・まんまとこいつにやられたよ。」

高遠に繋がる手錠の片側を自分の手首に掛けて一が大きく溜息を吐いた。

「まあ、どうせそのあたりの習性もわかってて仕掛けたんだろうけど。」

「仕掛けがわかればそれを利用させてもらわない手はないよな。」

そう言って操縦桿を握りながら笑う快斗に一が頷く。

「ああ。オッサンに現場から逃走したキッドを追いかけるから屋上に停めてあるヘリをいつでも離陸できる状態にしとくように・・・って警察無線で指示を出してもらってさ。それでまんまとそれにつられて上がって来た高遠をそのまま乗せて飛んじゃえば俺達の仕事は完了!ゴキブリホイホイよろしく・・・って感じだよな。」

「そうそう。」

頷いたコナンが麻酔銃を構えたまま口許を引き上げて笑う。

その視線を背後に感じながら少しだけ後ろを振り返り微笑した高遠が、運転席に座る快斗の方を向いて言った。

 

「良くあの場から脱出出来ましたね。」

「当然だろ?脱出マジックはマジシャンの基本。お前だってそうだろうが。」

横目でチラリと視線を向けて言った快斗に高遠が頷く。

「ええ、もちろん。ですが、君の大切な警部殿は・・・。」

「もちろん無事だよ。」

「決まってるじゃねぇか。」

背後で同時に声を上げたコナンと一に高遠が一瞬だけ目を見開いてから笑みを浮かべる。

「なるほど、君があの場に入ってくる時点で既に救助を終えていたと。」

「ああ。お前が最後にあのフロア全体を爆発させようとしている事はわかってたからな。だが、あの時点ではまだ警部の救助は完了してなくて。だからオレは金田一と連絡を取り合って様子を見ながらギリギリまであの場に踏み込むのを留まってたんだ。」

「それであの時・・・。」

呟いたコナンに快斗が頷く。

「ああ、言ったろ?遅くなって悪かった・・・って。」

「なるほどな。」

応えたコナンは再びその視線を高遠へと向ける。

「それで、警部もろとも爆破するつもりで爆弾を作動させて、こいつは事前に用意してあった脱出口を通って非常階段を上がり、剣持警部になりすましてヘリで逃走しようとした・・・というわけか。」

「ああ。もちろんこいつと違ってオレは抜け穴なんて用意してねぇから。だから、いっその事こいつのその計画そのものを利用させてもらおうと思った。爆発の爆風に合わせてグライダーを開いてそのまま屋上へ・・・って思って。まあ、かなりギリギリの作戦だけど。でもそうすれば確実にこいつより先に回り込んで待ち伏せが出来るから。」

快斗はそう言うと、チラリと斜め後ろにいるコナンを見て笑った。

「ちょうどいいところでお前の体がちっちゃくなったから、一気に屋上のヘリポートまで上がれて助かったぜ。」

「お前、それ・・・。俺にどんな反応をとれっていうんだよ?」

そう溜息混じりに唇を尖らせるコナンに快斗が苦笑をもらす。

それからもう一度、口許を引き上げて隣に座る高遠へと視線を向けて言った。

「油断大敵・・・だぜ?地獄の傀儡師さん。」

 

「なるほど。君がヘリの操縦まで習得していたとは予想外でした。私のデータでは、君はヘリの操縦に関してはすべてパートナーに委ねていたはず。違いますか?」

たずねた高遠に快斗が答える。

「ああ、確かに。知識はあったけど実際に飛ばした事はなかったんだ。数カ月前まではな。」

「ある事件で、無理矢理いきなり操縦しろ・・・って言われたんだよな。」

そう言って笑うコナンに快斗が溜息混じりに頷く。

「そう。おかげさまで、無事習得出来た・・・とそういうわけ。」

「まだ無免許だけどな。」

「それを言うなよ。」

快斗はそう言って笑うと再び横目で高遠へと視線を向ける。

「まあ、こいつを捕まえらえるんならその後逮捕されようと何しようと別に構わねぇけど。」

「あなたの場合、罪状はヘリの無免許運転くらいじゃ済まないでしょう。」

その言葉に快斗の視線が一気に鋭さを増す。

「それはお互い様だろ?」

操縦桿を強く握り締めて快斗は唇の奥を強く噛み締める。

「お前のせいで今回も青子はほんの一瞬だったけど心臓が止まって死に掛けてたんだ。警部だって蘭ちゃんだって博士だって下手すれば・・・。」

快斗はそう言い掛けて顔を上げると再び前を見据えて言った。

「だから、お前を絶対にここから逃がさない。必ずこのまま警察へと引き渡す。その為ならオレは別にキッドとして逮捕されたってそのまま塀の中で過ごす事になったって構わない。」

強い口調でそう語った快斗を嘲るように高遠が笑った。

「なるほど、覚悟だけはご立派なようですね。ですが・・・。」

「絶対にそんな事はさせねぇから、安心しな・・・黒羽。」

「後は俺達の仕事。」

そう言うと同時に今度こそコナンが手元の麻酔銃を高遠の首筋へと向けて撃ち出した。

すると、数秒も経たないうちに高遠はその場で目を閉じて寝息を立てて眠り始める。

 

「今・・・ぜってぇ何か仕掛けようとしてたよな。」

確実に眠らせたか・・・と。

顔を覗き込んだコナンが呟いて首を傾げた。

そんなコナンに横目を向けて快斗が言った。

「名探偵。奴の袖口・・・探ってみな。」

「袖口・・・って。」

言われて眠っている高遠の袖口に小さな手を滑り込ませたコナンが次の瞬間顔を上げた。

「これって・・・。」

「煙幕弾。その煙に乗じてガラス割って外に飛び出し逃走しようとしてたんだろうな。おそらく足元のパラシュート使って。」

「ホントだ。」

感心して声を上げた金田一に快斗が頷く。

「まあ、これで警察に引き渡したところで、すぐにマジック使って脱走してくるんだろうけど。でも・・・。」

真顔で呟いた快斗に金田一が頷く。

「構わないさ。何度だって追いかけて捕まえてやる。ぜってぇ逃がすもんか。」

強い決意を秘めた金田一の声に後ろを振り返った快斗とコナンが顔を見合わせて深く頷く。

 

「それじゃ、このまま沖縄県警に向かえばいいんだよな、金田一。」

「ああ。明智さんが救助した人たちもみんなそっちに向かってる。頼んだぜ、黒羽。」

「ああ、任せとけ。」

快斗は応えると、チラリとななめ後ろを向いて言った。

「名探偵、お前はしっかり休んどけよ?体戻すのにすっげぇ体力消耗してんだから。」

心配そうに目を細めた快斗にコナンは軽く息を吐いて頷く。

「わかったよ、お前こそ無理すんな。」

「大丈夫。それじゃ、行くぜ!!」

その声と共に急速に高度を上げた機体が海上でプロペラ音を高く響かせる。

 

東の水平線上に太陽が上がり始めて空が明るみ始める。

その淡い光が長い夜の終わりを告げていた。