「名探偵。」

深夜の阿笠邸のリビングにオレの声が響く。

 

いつも通り連休中に少年探偵団の子ども達に誘われて泊っていく事になったオレと青子。

そしてやはりいつも通り青子は既にオレの膝で気持ちよさそうに寝息を立てて熟睡していて。

この家の主である博士と探偵団の子ども達は9時きっかりに寝室へと向かい、哀ちゃんは地下室で一人であの薬の研究を進めているらしい。

 

というわけで、いつも通り今ここで起きているのはオレと目の前にいる名探偵の二人きり。

「名探偵。」

もう一度呼びかけたオレに名探偵が微かに苦笑しながら首を傾げて問い返す。

「なんだよ、改まって。」

そう言って笑う名探偵の声を聞きながら、オレは微かに視線を落として青子の柔らかい髪を撫でる。

「別に・・・そういうわけじゃないけどさ。」

「じゃあなんなんだよ。」

そう言って促す名探偵にオレは視線を落としたまま言った。

「悔しい事って・・・あるよな。」

そう呟くように言ったオレに名探偵が一瞬黙り込んでオレをジッと見つめると、冷やかしも茶化しもせずに真顔のまま応えた。

「当然だろ?」

その答えにオレは無言で深く頷く。

 

いつだって必死に前に進もうと思って生きているけど。

トコトン自分なりに必死に考え抜いて出した答えも、それが認められるとは限らない。

得も言われぬ中傷を受ける事だってあるし批判される時だってある。

言い返したくたって言い返せなくて悔しい想いをする事だってあって。

 

キッドであるオレの場合は、その存在自体がもちろん犯罪者と罵られてもおかしくないし、もちろん反論なんて出来るはずもない。

名探偵だってきっと探偵を続けていく上で山ほど悔しい想いとかも重ねているはずで。

 

「それでも・・・。」

微かに目を伏せた名探偵が、オレの膝の上で眠る青子に視線を向ける。

「本当に・・・守るべきモノが何かってわかってるから、前に進めるんだろ?」

その言葉にオレはもう一度頷く。

 

どんなに悔しい想いをしたとしても。

何があっても守らなきゃいけないモノ。

 

それを守る為なら、何があったって前に進もうと思える。

絶対に・・・と強く心に誓える。

そういうモノがある。

 

それがオレにとっては青子であるし、名探偵にとっては蘭ちゃんであり、きっと元の姿に戻るっていう心の中に秘めた強い決意のはずで・・・。

「それがわかってんなら・・・大丈夫だよ。」

そう言って名探偵が、ただのライバルだった頃には見た事がなかった様な穏やかな顔でオレに笑いかける。

 

オレはその言葉に頷くと、もう一度青子の柔らかい髪に手を伸ばした。

そして、今は瞼の奥に隠されている大きくてキラキラした宝石みたいな瞳を思いながら、その寝顔に目を細めて笑みを浮かべる。

 

守りたいモノ。

守るべきモノ。

その為にオレが超えるべきモノ。

 

その為のオレの戦い。

 

そのすべてがきっと、今のオレを支えているのだと。

そう、心から強く感じて。