怪盗キッドからの予告状が途絶えて約半年。
最初のうちこそ連日の様に、テレビやラジオ、新聞等あらゆるメディアで騒がれていたか、さすがに半年も音沙汰が無い状態が続くと、死亡説なども流れ始めて、次第に人々の記憶から怪盗キッドの存在が薄れつつあった。

だが、それでも納得出来ない人物がここにはいた。

「何故じゃ!何故奴は現れないのじゃ!もう半年じゃぞ!」
目の前のテーブルを強く叩きつける恰幅の良い老人の名は、鈴木次郎吉。
蘭の親友である鈴木園子の叔父で、鈴木財閥相談役。
自称怪盗キッドの宿敵である・・・あくまでも自称であるが。

「ヤツを釣るエサはまだ用意出来ぬのか?」
何度も、高価なビッグジュエルを購入しては、怪盗キッドに挑戦状を叩きつけてきた。
その度に小さな名探偵である江戸川コナンが宝石を守りきり、次郎吉よりも、コナンのキッドキラーという異名の方が有名になりつつある。

「怪盗キッド!!ワシの前から勝ち逃げして消えるなど許さんからな!!!」
次郎吉は消息の途絶えたキッドに闘志を燃やし続けるのであった。

ブルッ・・・。
江古田高校2年、黒羽快斗は突然身震いを感じて顔をしかめる。
それを見ていた幼馴染みの中森青子が心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの?快斗・・・大丈夫?」
聞かれた快斗は、席の目の前に立つ青子を見上げる。
「いや・・・何だか突然悪寒を感じて・・・。」
その言葉に青子は顔を近づけると、快斗の額と自分の額を触れ合わせる。
しばらくして青子が顔を上げて言った。
「良かった。熱は無いみたいね。」
そう言って笑顔で快斗に笑いかける。

先日の誘拐事件で、全治二ヶ月の大怪我をした快斗は、一ヶ月以上入院して、その後二週間の自宅療養を経て、一週間前にやっと学校に通える様になったばかりだった。

青子は快斗を心配して、休み時間のたびに席まで様子を見に来ては言葉を掛けていく。
「心配し過ぎだよ。」
快斗はそんな青子を見つめて苦笑する。
「だって、快斗に聞いたって『大丈夫』っていうに決まってるんだから・・・。あてにならないでしょ。」

そうして笑顔で会話をする二人の様子をまわりのクラスメイト達が遠巻きに見ては顔を見合わせていた。
以前は子どもっぽい幼馴染みの関係だった二人が、快斗の退院後、まわりが見ていて恥ずかしくなるくらいの良い雰囲気になっていた。
自覚が無いのは本人達ばかりで・・・。

冷やかす隙も無いので、あたたかく見守ろうと暗黙の了解になったのだ。

「あっ。そういえば・・・。」
青子がポケットからスマホを取り出すと、メールを開いた。
「園子ちゃんからメールを貰ったの。鈴木財閥のシーベルツリーのクルーズ一緒にお泊りしませんか?って。」
入院中快斗を見舞いに来てくれた蘭と園子はあの後も何度か来てくれて、青子は彼女達とすっかり意気投合していた。
「蘭ちゃんとコナン君と探偵団の子達も来るんだって。快斗も行くでしょ?」
その話は快斗にもコナンから連絡が来ていた。
「あぁ。今週末だったよな。」
快斗が笑顔で答えると青子が頷く。
「あの鈴木財閥がオークションで落札したゴッホの芦屋のひまわりも展示されるらしいぜ。」
あのレイクロック美術館で快斗がコナンと共に守った世界の宝だ。
その話を聞くと、青子の瞳がますますキラキラと輝く。
「ホント??青子も見たかったんだ!!」
レイクロック美術館のひまわり展は結局初日に美術館が崩壊して打ち切りとなってしまった。
もっとも、プラチナチケットだった為、一ヶ月間開催されていても、青子が見られるチャンスは無かっただろうから。
快斗も青子にあのひまわりを見せたいと思っていたので、そんな嬉しそうな青子の笑顔を見て快斗も嬉しそうに笑みを浮かべた。

その時だった。
教室の後ろにいたクラスメイトがスマホを覗き込んで大きな声をあげた。
「キッドから予告状!キターっ!!」
その声に快斗が険しい表情で振り向く。
「おぃ!マジかよ?それってどこの情報?」
快斗がポーカーフェイスでクラスメイトに尋ねると、クラスメイトが歩いてきてスマホを快斗に差し出す。
快斗は素早く自分のタブレットで同じサイトを開いて「サンキュー。」といって笑顔で友人にスマホを返した。
快斗がタブレットを青子とふたりで覗き込むと、その情報は有名なニュースサイトで、快斗と青子が今話をしていた鈴木財閥所有のシーベルツリー号で展示される芦屋のひまわりを奪いに来ると、キッドから予告状が届いたという速報だった。
青子が不安そうな顔で快斗を見つめると快斗は首を横に振って青子を見つめ返した。
もちろんその予告状は快斗が出したものでは無い。

だとすると、これは明らかに怪盗キッドを呼び出す為の罠である可能性が高い。
そう思った快斗はふと窓の外の景色に視線を向ける。

平穏な時は終わりを告げようとしていた。
いつまでも穏やかな時間に甘えてはいられない。


今という時は確実に変化し続けているのだから。
[newpage]
あの後、快斗はコナンに携帯で連絡を取ると、放課後、青子とふたりで米花町の阿笠博士の家へ向かった。
博士の家には探偵団の子ども達も来ていた。
快斗は青子に子ども達を預けて、コナンと二人で地下室への階段を下りていく。

「はじめに言っとくが、オレじゃねぇぞ。」
快斗は真剣な顔でコナンに訴えた。
「わぁーってるよ!んな事・・・。オメーは命懸けでひまわりを守ったんだ。」
わざわざいつも以上に派手にダークヒーローを演じて、業火に焼かれそうになりながらひまわりを守った怪盗キッド。
その事をコナンは誰よりもわかっている。

「園子の話では、乗客リストは既に出来上がっているらしいから、オメーが乗るのをあらかじめ確認した上で偽の予告状を出してきた可能性が高い。」
快斗は上にいる青子と子ども達の事を思いながらポケットの中で探偵バッジを握りしめる。
「必ず守り切るぞ。」
あんなやりきれない悔しい想いは二度と繰り返すわけにはいかない。
前に進む為にも負けられない戦いが今始まろうとしている。
快斗とコナンは顔を見合わせて頷くと、地下室を後にした。

「快斗お兄ちゃん、青子お姉ちゃん!またねー!!」
博士の家の玄関で子ども達が快斗と青子に手を振って見送っていた。
「じゃあな。」
「またねー!!」
快斗と青子も何度も振り向いては子ども達に手を振り返した。

「悪かったな、つきあわせて。」
快斗の言葉に青子は首を横に振った。
「あの子達に元気を分けてもらっちゃったから。」
青子はそういうと笑みを浮かべる。
先ほど予告状のニュースを見てから少し塞ぎ込んでいたけど、子ども達の明るさに救われたのだろう。
「あいつら強いからな。」
快斗は苦笑して子ども達の顔を思い浮かべる。
なぜか行く先々で事件に遭遇する子ども達。
警察にも捕まらない怪盗キッドが、あの子ども達の策にハマり一晩をともに過ごした事もあった。

「快斗、寄りたいところがあるんだけどいい?」
青子は快斗の顔を見上げてたずねる。
「あぁ。どこに行くんだ?」
「それはね・・・。」

青子が向かった先は、先日青子のブレスレットを作ったパワーストーンのお店だった。
そのブレスレットは今も青子の腕で輝いている。
学校ではつけられないので、青子は放課後になると嬉しそうに取り出しては細い手首に巻いていた。
店内に入ると、青子がお目当ての品を探していく。
しばらくすると「あった!」といって、嬉しそうに店員に話しかける。
それから会計を終えると、お礼をいいながら品物を受け取り大事そうに胸に抱いた。
「何を買ったんだ?」
快斗の問いに青子はニコニコしながら「内緒!家に帰ってからね!」と答えて微笑む。
快斗はその笑顔を穏やかに笑いながら見つめていた。

家に到着すると、青子はすぐに夕食を作り始める。
家が隣同士で母が海外に滞在中の快斗は、朝晩の食事を中森家で一緒に食べるのが習慣になっていた。
快斗は一度自宅に戻り着替えてから中森家の扉を開く。

玄関の扉を開けて入って来た快斗に、青子は先ほどの包みを差し出す。
「快斗。少し早いけど、誕生日おめでとう。」
青子が差し出した包みを、快斗は笑顔で受け取る。
「サンキュー、青子。開けてもいいか?」
「うん!」

包みを開くと中に入っていたのは緑色のクローバーの形をした革紐ペンダントだった。
「マラカイトだな。」
快斗は蓋を開くと、そのペンダントトップを見つめた。
快斗の名前が入った石と、願いが叶うといわれる四つ葉のクローバー。
そこに青子の想いを強く感じた。
「うん!」

青子が笑顔で頷くと「つけてみて。」と促した。
快斗が大事そうにペンダントを取り出してつけるのを、青子は嬉しそうに見ていた。
「どうだ?」
快斗が尋ねると、青子は微笑んで快斗に笑い掛ける。
「似合うよ、快斗。」
青子の笑顔に快斗も笑みを返して言った。
「守りの石・・・だな。」
「・・・うん。」
快斗の言葉に青子が頷く。
「マラカイトは持ち主に危機が迫ると二つに割れて持ち主を守ってくれるんだよ。」
青子の言葉に快斗が頷く。
だからいつもは誕生日当日にプレゼントを用意してくれる青子が、今回は早めに渡してくれたのだ。
快斗の誕生日当日は怪盗キッドの予告日。
あの誘拐事件で重傷を負ってやっと回復したばかりの快斗を心配しているから。

青子の中で、あの病室で包帯を巻かれた快斗の姿はいつまでも色あせる事は無かった。
それでも、快斗は前に進む為に戦おうとしている。
今、青子が快斗の為に出来る事は、快斗が無事に戻って来てくれる事を祈るだけ。
せめて快斗を守ってくれる様にマラカイトの石に願いを込めて・・・。

快斗は青子に手を伸ばして抱き寄せる。
「ありがとう、青子。」
マラカイトの石から青子の想いが直接伝わってくる様で、快斗は胸に熱いものが込み上げるのを感じた。
「大丈夫だから。」
「うん。」
快斗が青子を見つめると青子も笑みを返した。
「ひとりじゃねぇしな。」
快斗は小さな名探偵の顔を思い浮かべる。
蘭に園子に少年探偵団の子ども達。
ここ数ヶ月で、快斗の周りは急に騒がしくなってきた。
でもそれをとても心地良く感じている自分がいる。
そして青子との関係の変化も・・・。

その時、玄関の鍵を回す音と同時に、家主である中森警部が扉を開く。
「ただいま。快斗君、具合はどうだい?」
「おかえりなさい、警部。この通り、元気ですよ。」
快斗が答えると警部も笑みを浮かべた。
ふと、中森警部が真顔で快斗に視線を向ける。
「そういえば、快斗君・・・。」
「出していない。」
警部の言葉を遮って快斗がキッパリと答える。
「・・・と思いますよ。キッドはね・・・。」
青子の誘拐事件の時に、警部は怪盗キッドの正体が快斗だと確信した。
それでも現行犯での逮捕にこだわり、快斗に対しては幼馴染の父親として接してくれている。
その警部が快斗に予告状を出したかどうか探りを入れてきたのだから、余程思いつめていたのだろう。

「そう・・・だな。」
警部はホッとして息を吐くと、着替えるために寝室に入って行く。
快斗はその背中を笑顔で見送った。

二人の会話を心配そうに見ていた青子に、快斗は頷きながら笑みを浮かべる。
青子もホッとした様に息をついて頷くと再び夕食を作り始めた。
[newpage]
怪盗キッド予告日当日の朝。

朝食後、快斗は一度自宅に戻ると父のパネルの前に立つ。
先日の事件の時にさらわれて、廃工場で暴行を受けていた快斗を救ったのは怪盗キッドだったとコナンが話していた。
組織の工作員に囲まれた中で『黒羽快斗は普通の高校生であり、私が本物の怪盗キッドだ!ボスに伝えておけ!』と宣戦布告した後、中森警部に快斗を託して消えてしまったという。
「親父・・・。」
快斗はパネルに向かって呟く。
父が生きているかもしれないという希望とそんなはずは無いと否定する気持ち。
迷い込んだら抜け出せない迷路にはまる。
『一緒に答えを探そう・・・快斗。』
その迷路に迷い込むたびに、青子の言葉を思い出して前を向くことが出来る。

「親父、行ってくるぜ。」
快斗はパネルの父に向かって告げると、荷物を肩に掛けて玄関へ向かって歩き出す。

扉を開くと、初夏の日差しを見上げる青子の姿があった。
青子がいつも通り快斗を笑顔で迎える。
「行こう!快斗!」
快斗の胸に、数日前にプレゼントしたばかりのペンダントを見つけると、青子は嬉しそうに笑った。
青子の腕にもあのブレスレットが輝いている。
何があっても守れる様に。
心と心が繋がっている様に。
お互いにたくさんの想いを込めて贈り合った大切な宝物。
快斗も笑みを浮かべると、青子の荷物を持ち上げて歩き出した。
「行こうぜ!」
先に歩き始めた快斗を青子が小走りで追いかけてくる。

青子は快斗に追いつくと、快斗の掌を掴んで握り締めた。
「一緒に行くんだから!おいていかないでよね!」
握る手に力を込めて快斗を見つめる。
「急がないと船が出ちまうぞ。」
快斗が青子の手を引いて苦笑した。

今日何が起きるかわからない。
だけど、たとえ何が起きたとしても、
ずっと一緒にいられるように。
いつも願っているから。

今日一日の終わりもこうしてふたりで笑顔でいられるように願いを込めて。
[newpage]
港に到着すると、鈴木財閥所有の豪華客船にぞくぞくと乗客が集まって来ていた。
さすがに財界人、著名人なども多く、青子は最初その顔ぶれに気後れしていたが、蘭と園子、コナンの姿を見つけて安心した様子だった。

「園子ちゃん。今日はありがとう。」
青子が園子に頭を下げると、園子は豪快に笑って見せた。
「良いの良いの。そんな改まらなくたって。このガキンチョなんか当たり前に慣れすぎてて感謝もしないんだから。」
と言いながら園子がコナンを見下ろす。
(感謝する暇もねぇくらい頻繁にありすぎだろ!?)
コナンは園子を見上げると、心の中で抗議の声を上げる。

「でも大体園子の家のイベントって、キッドの予告状が届くから、あまりゆっくり出来た事はないのよね。」
蘭の言葉に青子と快斗、コナンは苦笑いを浮かべる。
「今回も予告状届いてるんでしょ?しかもあの芦屋のひまわり。キッドはレイクロックで守ったって話だったのにまた狙うなんて・・・。」

蘭の言葉で重くなりかけた空気を改める様に、快斗は青子に笑い掛けて言った。
「その芦屋のひまわり早く見たいな、青子?」
快斗の言葉に青子も笑顔で頷く。
事件が起きたらまたあの防火防水ケースに入れられてしまう。
快斗はその前にどうしてもあのひまわりを青子に見せたかった。
「芦屋のひまわりはすぐに見られるの?園子姉ちゃん。」
快斗の気持ちを察したコナンが園子を見上げてたずねる。
「ええ。次郎吉おじさんと中森警部や警視庁の刑事さん達が警備してくれてるから。」
「お父さんが??」
青子の言葉に蘭と園子がキョトンとした顔で首を傾げた。
「青子ちゃんのお父さんて、もしかして・・・中森警部!?」
「あれっ?言ってなかったっけ?」
(その幼馴染は怪盗キッドだぜ・・・。)
苦笑しながらコナンは心の中でつけ加える。
「でも蘭もそういえば話してないわよ。お父さんが眠りの小五郎で旦那が高校生探偵の工藤新一だって・・・。」
「旦那じゃないわよー!」
蘭が真っ赤になって否定する。
「でもロンドンで告白されたんでしょ!?」
園子の言葉に、蘭は湯気が出そうなくらいに赤くなって俯いた。
「へぇ・・・。ロンドンで告白・・・。」
快斗は園子の言葉にチラリとコナンの横顔を盗み見て呟く。

「とにかく・・・荷物置いて、芦屋のひまわり見にいこうよー!」
コナンは子どもらしい声で蘭と園子に訴える。
「じゃあ、行きましょ。今日は阿笠博士と探偵団の子ども達は来られないみたいだから。」
園子は蘭と並んで船の中へと進んでいく。
コナンと、快斗、青子も彼女達の後ろに続いた。

探偵団の子ども達は今回の旅をとても楽しみにしていたのだが、前回の快斗の事もあり何が起きるかわからない状況なので、何とか説得して我慢してもらった。
その代わりに博士がトロピカルランドに子ども達を連れて行くと約束していた。

中に入ると、さすがに財閥の威信をかけた豪華なつくりで、部屋も高級ホテルさながら・・・といった感じだ。
「すっげーなー。さすが鈴木財閥!」
快斗はコナンと二人部屋だった。
青子は蘭と園子と同室。
「一応あれでも財閥令嬢だからな。全然見えねぇけど。」
コナンは園子の顔を思い浮かべて苦笑する。
全く気取るところが無くて、それが園子の良いところなのだろう・・・と思いながら。
「それじゃ、芦屋のひまわりを早いとこ見にいこうぜ!」
快斗はコナンを促すと、二人で青子達の部屋に向かう。

「凄いお部屋だねー、園子ちゃん。」
青子が部屋に入るなり感動して声を上げると、園子は胸を張って答えた。
「我が鈴木財閥の威信を掛けた船だからねー!」
園子は「ところで・・・」と言いながら青子の前にニヤニヤしながら歩み寄る。
「青子ちゃんと黒羽君てつき合ってるの?」
その言葉に、青子の顔が真っ赤になる。
「黒羽君、おしゃれなペンダントしてたよね。緑色のクローバーの天然石。」
蘭の言葉にますます赤くなる青子に、園子がさらに詰め寄った。
「わかったわ!あのペンダントは青子ちゃんのプレゼントしたものね!」
園子は推理ショーでもするかの様な口調でニヤリと笑う。

その時タイミング悪く、快斗がノックして入って来た。
青子は湯気が出そうな位に真っ赤な顔で、扉を開いた快斗の顔を見つめる。
「王子様の登場かぁ〜♪」
園子の言葉に快斗が不思議そうな顔をすると、蘭がその光景を見ながら苦笑をもらす。
「今夜は女子会よ!!」
園子が叫ぶと、青子の真っ赤な顔が次の瞬間一気に青ざめて・・・。
常にポーカーフェイスの快斗とは対照的に、表情がクルクル変わる。
だからこそ快斗も彼女に惹かれるのかもしれない。
そう思いながら、その光景を見ていたコナンは青子に視線を向けて苦笑した。
「これは逃げられねぇな・・・。」
そう呟いて、心の中で青子に声援を送っていた。
[newpage]
それからすぐにひまわりの展示室へ向かうと、そこにはひまわりの警備を指揮する中森警部がいた。
あらかじめ、この船に乗ることは伝えてあったので、青子は快斗とふたりで中森警部に駆け寄る。
「お父さん!」
「警部、お疲れ様です。」
中森警部はふたりに笑みを向けると、後ろから歩いてきた園子に歩み寄る。
「今日は娘達がお世話になります。」
「警部こそ、鈴木財閥の大切なひまわりを守っていただきありがとうございます。」
園子も稀に見るお嬢様らしい毅然とした態度で中森警部に頭を下げた。
「警部の娘さんだってさっきまで知らなかったんですよ。」
「中森警部の娘さんだって??」
そう言って顔を出したのは、蘭の父親の毛利小五郎だった。
「いやーっ、警部に似ずに可愛いお嬢さんですなぁ。」
小五郎の言葉に中森警部は顔をしかめると「オメーに言われたかねぇよ・・・。」とボソリと呟いた。

「警部の娘さん。実に可愛い娘さんじゃな。ひまわりはこっちじゃよ。」
鈴木財閥相談役鈴木次郎吉が顔を出すと、孫を見るように目を細めて青子をひまわりの元へと案内した。

「これじゃよ。芦屋のひまわりじゃ。」
青子はひまわりの前に立つと、キラキラと目を輝かせて言った。
「快斗、凄いね。」
快斗はその横顔を見ながら頷いて笑みを浮かべる。
レイクロックで業火に焼かれそうになっていたひまわりを、コナンと蘭の助けを借りて、やっとの事で防火防水ケースに入れる事が出来た。
その時の苦労が数ヶ月の時間を経てやっと報われた気がする。
青子にこの絵を見せることが出来て本当に良かったと快斗は思った。

「青子は絵の事はよく分からないけど、きっとこの絵にゴッホや沢山の人達の想いが込められてるんだね。」
「そうだよな。」 

青子の飾らない素直な言葉に快斗は頷く。

そうして芸術はやはり心で感じる為にあるのだと改めて思う。
色々理屈を並べてみても、楽しめなければそれはただの批評家だ。
快斗はそこまで思考を巡らせたところで、コナンに視線を向けた。
『よぉボウズ...知ってるか?怪盗は鮮やかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが...探偵はその跡をみて難癖をつける...ただの批評家に過ぎねーんだぜ?』
(そういえばそんなことをいったよな・・・江戸川コナンとの初対決・・・。)
まさかその時は、こういう未来が待ち受けてるとは思いもしなかったけど。


しばらくふたりでひまわりを眺めてから快斗は青子の耳元で囁いた。
「この絵は寺井ちゃんが戦火に燃える屋敷から運び出したんだぜ。」
快斗の言葉に青子は目を見開くと、その直後瞳を潤ませて頷いた。
この絵を初恋の人とともに運び出した寺井の想い。
戦火に燃える屋敷に飛び込んでこの絵を寺井に託した大工の想い。
その大工に想いを寄せていたウメノの想い。
きっと、ゴッホの時代から沢山の想いが積み重なって、今・・・この絵がここにある。

「本当に・・・凄いね、快斗。」
「あぁ。」
本当に凄いのは青子だ。
理屈では無く、この絵を守ってきた全ての人達の想いを汲み上げて感じる事が出来るのだから。

「快斗、ありがとう。」
青子が快斗にそう言って笑いかける。
『絵を守ってくれて・・・。』
その後に続く言葉が確かに快斗に伝わってきた気がした。
怪盗キッドが実は絵を守る為に予告状を出していた事は、事件の後何度もテレビの報道番組などでも放送されていたから青子ももちろん知っていたはずだけど。

それでも・・・。
「やっぱりスゲーな・・・。」
快斗はそう呟いて微笑を浮かべる。
こうして何気ない言葉で全部汲み上げて、包み込んでしまう青子。

それはまるで果てのない暗闇さえ眩しいくらいの光で照らしてしまう様な青子の力。
「どういたしまして。」
快斗は青子の耳元で、青子にだけわかる小さな声で囁く。

そして、心の中で青子に「ありがとう」と伝える。
怪盗キッドである自分の想いを汲み上げて。

包み込み癒してくれて・・・ありがとう、と。
その胸の内の言葉さえも見透かしているかの様に、青子が快斗を見上げてもう一度微笑む。
「敵わねぇな、ホント・・・。」
そう思いながら快斗も青子に笑みを返した。
[newpage]
「青子、上の展望デッキに行かねぇか?」
ひまわりの展示室を出ると、快斗が青子に声を掛ける。
青子は快斗の言葉に笑顔で頷いた。
「それじゃ、先に部屋に戻ってるね。」
その様子を見ていた蘭は青子に声を掛けると、園子と2人で歩き始める。
快斗と青子もふたりで展望デッキへ向かって歩いていった。

一人その場に残されたコナンは視線を感じて後ろを振り返る。

すると、そこにいたのは警視総監の息子で高校生探偵の白馬探だった。
「やぁ。君も来てたのかい?」
白馬はいつも通り癖のある話し方でコナンに話しかけてきた。
「白馬のお兄ちゃんも来てたの?」
コナンが上目遣いで子どもらしくたずねると白馬が頷いて応えた。
「そうだよ。怪盗キッドが半年ぶりに予告状を出したというので、父から警部に頼み込んで現場に入れてもらったんだ。まさか黒羽君と中森さんまで来てるとは思いもしなかったけどね。」
「ふーん・・・。」
コナンは白馬を見上げると、そのまま通り過ぎて自分の部屋へ向かい歩き出した。
背後から視線を感じて一旦立ち止まると、後ろを振り向いて真顔で白馬の顔を見つめて言った。
「白馬のお兄ちゃん。邪魔は・・・しないでね。」
コナンの言葉に、白馬は口角を上げて楽しそうに微笑み答える。
「もちろんさ。存分に見学させてもらうよ。」
そうコナンに告げると、満足した様に白馬はコナンとは反対方向へと歩いていった。

その後ろ姿をコナンは刺す様な鋭い視線でいつまでも見つめていた。
[newpage]
快斗と青子は、コナン達と別れると、展望デッキに上がりふたりで歩いた。
あの映画タイタニックで画家の青年ジャックとヒロインのローズが歩いていたプロムナードデッキを彷彿とさせる様な光景に青子は目を輝かせる。
「快斗!!凄いよー!」
どこまでも広がる海。
抜ける様な青空。
展望デッキの美しさ。
何を見ても嬉しそうに笑う青子に、快斗は目を細める。

しばらくすると、デッキの端に寄りかかり、ふたりは並んで海を見ていた。
青子は何も言わずに快斗の顔を覗き込む。
「快斗・・・。」
快斗はきっともうすぐ青子の前からいなくなる。

その事を強く感じていた。
怪盗キッドとしていろんなものを背負って戦いに行く快斗。
青子は快斗の掌を握り締める。
快斗も黙ってその手を握り返して青子を見つめた。

青子に怪盗キッドの正体を打ち明けてから、実際に怪盗キッドになるのは今日が始めてだった。
ポーカーフェイスの裏側で様々な葛藤が快斗の胸の内を駆け巡っていた。
拭いきれていない恐怖も。
あの怪盗キッドの事も。
『大事なことはちゃんと伝えなきゃいけねーだろ!』
ふと病院でのコナンの言葉が頭に浮かぶ。

快斗は小さく息を吐いて・・・そして言った。


「あぁ~緊張する。」
わざと少しだけおどけた口調でそう言いながら、青子を見つめる。
「青子の前でキッドになるの・・・。」
あの時、青子はキッドも全部受け入れてくれたのに。
それでもまだ青子の前でキッドになる事への恐怖を拭いきれていない。

青子に拒絶されるかもしれないという漠然とした不安が胸の奥底に残されたままになっている事に改めて気づかされる。

「快斗は・・・快斗だよ。」

青子はハッキリと快斗の目を見つめてそう告げる。
「どこにいても、何をしていても、どんな姿でも。」

言葉のひとつひとつにありったけの想いをこめて。
「青子が大好きな快斗だよ。」
 

快斗にも。

快斗の中にいる怪盗キッドにも。

その想いが伝わる様に願いを込めて。
青子は心からの想いを伝える。

快斗は繋いでいる手を強く引くと、青子を腕の中に引き寄せて包み込んだ。
腕の中に青子のぬくもりを感じながら、その青子の想いを全身で受け止める。
「ありがとう、青子・・・。」

そう伝えた快斗に青子も快斗の背中に腕を回して快斗を抱き締め返した。
快斗の気持ちまでもを全部包み込む様に。

「今日・・・、もし、何が起きても・・・。」
快斗は、青子の肩に顔を埋めるようにして青子にだけ聞こえる様に囁いた。
「何があっても、青子には信じていて欲しい。」
快斗はこれから自分がしようとしている事を、頭の中に思い浮かべる。
計画は出来ている。
あとは実行に移すだけだ。
「何があっても・・・。」
それを実行に移した時の人々の動揺も既にみえている。
それでも・・・。

青子が快斗の腕の中で深く頷いた。
「信じてるよ、快斗。」
青子は目を閉じて、快斗を抱きしめる腕に精一杯の力を込める。

想いが全部快斗に届く様に。
想いで快斗を守れる様に。
信じているから。

「大丈夫!!」
迷いの無い青子の笑顔に、快斗はゆっくり顔を上げる。

世界中の人達を敵に回したとしても構わない。

いつだってそう思っている。

怪盗キッドである事を決意したあの日から、それくらいの覚悟はとうに出来ている。
 

それでも、青子にだけは信じていて欲しい。

それはただの自分の我儘だけど。

それでも、青子が自分を信じて待っていてくれる。

そう思うだけで、自分はあの舞台に立つ事が出来るから。

怪盗キッドという舞台に・・・。

「サンキュー、青子。」
快斗は青子を見つめて微笑みながら言った。
「青子・・・強くなったよな。」
快斗の言葉に青子は首を横に振って応える。
「そんなことない。強くないよ・・・。だけど・・・。」
青子が快斗を見上げて笑みを返して言った。
「快斗といたいから。青子は強くなるよ。」
快斗はその言葉に目を見開くと頷いて。

そしてもう一度腕に力を込めて、青子を抱き締めて言った。
「オレも・・・強くなるよ。」
青子を守れる自分に。
青子の笑顔を守れる自分になる為に。

越えなければいけないモノがたくさんあるから。

 

そう思いながら、快斗は青子を腕に抱いたまま、まっすぐ青子の瞳を見つめて告げた。
「青子が好きだ。」
そう言って目を細めて微笑する。
「いつも青子にそばにいて欲しい。」
穏やかに告げる快斗の言葉に青子の瞳から涙が溢れて零れ出した。
「青子はいるよ・・・いつも。快斗と一緒に・・・。」
そう言って青子は快斗に微笑み掛けた。
そうして二人で頷き合って笑みを交わす。

そんな時間が、とても幸せだと青子は心から思った。

 

だから、これからも。
いつもふたりで一緒にいよう。
泣く時も笑う時も。
何があっても。

必ず青子が隣にいるから。

青子は快斗の横顔を見ながらそう心の中で誓いを立てる。

 

それからしばらくして、快斗は時間を確認すると青子に告げた。
「そろそろ行かねぇと。」
その言葉に青子が頷く。
「部屋まで送るよ。」
快斗は青子の手をとると強く握り締めたまま歩き出した。
青子は快斗の横顔を見つめて強く思う。

快斗が無事に戻ってきてくれる様にと。
それだけを心から祈っているから。