いくらコミュニケーションは
非言語的な情報
(声のトーン、雰囲気とか言葉以外から
得られる情報)が多いとはいえ


言葉遣いはやはり関係性を築くには
大切で
それはあまりよく知らない同士なら
なおさら





担当を変わった例の人が
今日その打ち合わせがあるらしく


一緒に入りますか?、
と聞いてきた


なぜに?
担当じゃないのに?
と思わずキョトンとなる


いや、いいです
と思わず言っちゃったけど


もしそれを言うなら
一緒に入ってもらえますか?
じゃない?








そしてあちこちで
すでにトラブってるらしいけど
もう知らんがな


大人げないかなとも
思うし
相手があることなので
手を出したくなるけど


ここは耐える











今年の下期の案件で
新しいやり方をすることもあり
ある程度お膳立てしてから
引き継ぎをしたのだけど


いつもメールにccつけてくるし
ちゃんとやってないから
私に問い合わせと苦情くるしと
なんだかなと思ってたら


作成した資料に勝手に最終責任者の欄
私の名前を発見!
おーい!


実務の責任はあなたで
最終責任者は部長だから
思わず二度見





あまりにあんまりなので
上司に担当をも一度確認して


私は担当を外れているので
あなたの方で責任もってやってくれと
オブラートに包んでメールしてみた


なんだかなぁ







嫌われてもいいとある程度
線引きをして振舞うこと
得手勝手に振る舞うこと


受け手にもよるかもだけど
このさじ加減
つたえかた


難しい



そろそろ年末年始の話も
ちらほら


年賀状断捨離しました!て
話題もちらほら





かたちだけの挨拶に
意味はない
そう思ってやめるのも
断捨離ていうのもありだけど





年に1回だからこそ
無事の便り
相手の健康と幸せを祈るきっかけに

お便りくることが嬉しいこともあり


義理だけで出すのと
また違う年賀状の形もある


古来の良き風習を
捨てず
大事にするのもあり





確かに現状に満足してる
わけじゃないけど


あの時ああすれば
ああしなけばと
選択を誤ったというのではなく


結果こうだったってことで
さてどうする、と


そんな単純なこと
きっとね






余計なことにエネルギー取られてて
確かに年齢制限あったりすると
あぁぁーてなるけど


しょうがないこともあるし
制限内でもその時の自分は
無理だったかもしれないし
興味すらなかったかもしれない


人生やキャリアの中で
不満だらけで
しんどくても


意外と後から繋がってて
経験になってるんだなぁと
思えることも多い


そう思って
新しい年に向けて
いかねば