『人の目を見るのが苦手』
『相手の目を見る』‥
『目を見て話しなさい』
とか、言われますよね。
けど、私の認識画面では、
『相手の目を見る』=失礼にあたる
と、感じてしまうのです。
なぜでしょう?
人は、そういう風に、
自分オリジナルの、『観点』という視点を持っています。
自分だけが、持つ、心のモノサシ、といいましょうか。
自分だけが、持つ、オリジナルの、判断の基準。
価値観だったり、感じ方だったり、思い方だったり、思い込み、だったり。
その、『自分が、どんな心のモノサシを持っているか、どんなふうに使っているか』を、
日頃のささいな出来事や感じた事を観察して行こう🌈
という、【観点観察】を、
してみたいと思います😄✍️📖
コレ、結構、やると面白いの🤣
🔶【観点観察】↓↓
【どんな部分を取って(事実)】
→相手の目を見れない
《■どんな感情が生まれて》
→こわい、いやだ、キツイ、目が痛い、
《■どんな考えが生まれたのか》
→相手に失礼ではないか、逃げたい
《■その裏には、どんな判断基準・思いの傾向があると思いますか?》
→相手の目(心の窓)を覗くことが、相手に悪い、と思ってしまう。心の中はプライベート空間なので、覗いてはいけない、と思ってしまう。
《書いてみてからの感想・気付き》
→そうかぁ、そうだったんだぁ、だから、人の目を見るのがイヤだったんだな、
裏を返せば、きっと、自分も、『見られたくない』が、あるんだな。
自分の心の中を。しっかりと、鍵をかけて、大事に、保管してある。私の心。
誰にも侵されたくない、領域、がある。
外部から、どんな攻撃を受けても、どんな波風が立っても、
まもりたい、領域。 がある。
『心の中だけは、相手の奴隷にならないゾ!』という、強い意思がある。
《■幼少期の経験や環境》
→親がものすごく口うるさく。
いつも、命令や、否定を受けていた。
そんな時、幼少期の私は、常に、心に鍵をかけ、シャッターをしっかりと下ろし、その台風、嵐から、身を守った。
〈絶対に、屈するもんか!〉
〈私の心は誰にも邪魔されないゾ!〉
親でも、他人でも、「人と分かり合う」とは、とても、難関だ。
かなり、高度な技術を要する。
思い込み、でなく、それをするには。
外から飛んでくる 沢山の矢から、常に身を守らなければ、ならない。
常に戦闘状態の我々は、
ほんとに、疲れる。
そして、身を守るために、
決断する。
で、出来たものが、
判断基準。心のモノサシ。
その人だけが持つ、観点。
主に、幼少期の経験によって、
自分で決断し、作られる。
無意識に、と思っているけど、
かならず、その原因になる経験・出来事がある。
あなたの、環境が、あなたを作っていくのだ。
🔶🔶『観点観察』をすると、
自分の幼少期と、向き合う。
ささいなことにも、必ず原因がある。
それを、知っていくことが、
自分を理解していくことに、繋がる。
自分を、理解すればするほど、
自分をコントロールしやすくなる。
自分という乗り物を、操縦しやすくなる。
そして、客観的な視点を持てる。
そうなると、
自分を責めたり❌したり、
しなくて済むようになる。
ただ、『そうなんだ!』と自分を受け入れるようになる。
わたしは、そうやって、
【日常のささいな観点観察】
を毎日やってみたことにより、
かな〜り、心が、楽になった。