ALS,kawatetsuのブログ -43ページ目

友に

自分にとって関さんは頼りになる目上の先輩でした。

はじめ会ったら何言ってるのかわかんなくてどうしよう…。でした。

僕がjumpに行くたびに関さんがいたら必ず先に話かけてきてくれて、
いつが休みだとが「最近jumpきてないな~笑」とか

何気ない一言でもお互い思いを(気持ちを)
つたえようとしてあたふたして紙に書いたり、

最近では関さんと同じで関さんの口を見て読心術?
してたらあ~ちょっとわかる(^^)って嬉しくなりました。

関さん、
僕はさみしいです。

関さんやからきっと天国に行ってるんやけど、
関さんがおらんくなるんはさみしい。

平間新也



関さんへ

関さんとの最初の出会いは自分がスクール生だった頃ですね。

こう見えて人見知りの僕にすごい気さくに話しかけてくれて、
色々教えてくれましたね。

彼女にふられたって伝えた時のあの表情、
今でもすごい覚えてます。

甲斐さんの家で飲んだこと、
大雪の中ノーマルタイヤで颯爽と帰って行ったことなど
色々思い出をありがとうございました。

結局一回も一緒にjumpしたことはないので、
すごい心残りですが。

天国ではゆっくり休んでください。

杉原幹大



関さんへ

強くて優しくてめんどうくさい男、関さん。

ホントに今この世にいないのかなぁ不思議です。

おくることばなんて見つからないよ

空でまた語ろう

ジャンプ続けてればまた

会えるでしょ

じゃ、また来世!!!

可児将彦




関さんへ

突然の事でビックリしました。

まだまだ聞きたいこと、
教えて欲しいことがあったのに残念です。

大好きな空の上でゆっくり休んでください。

永末誠




このたびは突然のことで、本当に驚いています。

いつも明るく元気で、
話しかけてくれた関さん、

いつも大好きな登山の話、
ジャンプの話をしてくれる関さん、

本当に楽しかったです。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

篠原義紀

友へ

関さんへ

ハンデをもろともせず、
がははと笑い飛ばしながら乗り越えるお姿は、
とても逞しかったです。

あちらでもたらふく日本酒飲んで楽しく過ごして下さいね。

故人のご冥福を心よりお祈りしております。

根本大司



関さんへ

何に対しても前向きな姿勢は、素晴らしかったですよ!

そしていつも楽しんでたね、誰よりも。

パラシュートを忘れちゃうなんて、関さんらしくないょ…

今度逢うときは、一緒にジャンプしてくらさい♪

ありがとぅ

西村 桂



関さん

まだまだ経験もなく、
一回り以上も歳の離れた俺なんかの言うことを聞いてくれて、
ありがとうございました。

あの時、関さんの懐の大きさを感じ「渋いな」と思いました。

ありがとう、さようなら

前原 大介



関さん

突然の事でショックを受けています。

笑顔でユーモアタップリの関さん、
いつも場を和ましてくれてましたね。

関さんの笑顔忘れません。

奥村太一



関さんへ

びっくりしたよ‼︎

耳の聞こえない人がスクール生にいるんだ~
って聞いた時もびっくりさせられたけど、
人驚かせすぎ~(笑)

ハンデがあっても好きな事を続けてる姿に
ちょっと距離が遠くなったからーでは辞めれんな、
がんばろって励みになってたのに....

あっ、でも関さんのことやから、
風に乗ってあっちこっち行くんやろ?

続けられるかな~ってよく悩んでるからさ、
枕元に立って励ましてよ。

またびっくりさせてな(*^^*)

依田育子



関さんへ

安らかに眠って下さい、
というような言葉は君には似つかわしくないよね。

バイクや車が好きという共通点も多く、
山登りも機会があれば行こうという話もしてたので本当に残念です。

生まれ変わって耳の聞こえるようになった関さんと、
飲みながらじっくり話をしてみたいです。

猪上 達也

友よ

耳が聞こえないスカイダイバー関さん。

もう8年も前のこと、
私より少し早くスクールに入っていた。

だが、
スクールオフは私よりはるかに遅かった。

難聴がゆえに空中無線が使えず、
地上へのアプローチを何度もタンデムで練習していた。

お金も時間も皆の倍はかかっていたと思う。
誰よりも努力してハンデを乗り越えようとしていた。

そんな関さんのスクールオフの時、
偶然にも私は地上にいた。

地上に降り立った
インストラクターの甲斐さんと関さん。

甲斐さんは言った。
「合格!スクールオフおめでとうー(^^)」

最高のランディングだった。

ハンデを乗り越えた瞬間だった。
日本初のサイレントジャンパーの誕生だった。

関さんの気持ちに応えた甲斐さん、
ハンデを克服した関さん。

私は感動して、
心の底から甲斐さんと関さんを尊敬した。


関さんは、
私がALSと知った時ひどく落込んでいた。

車椅子に移乗する時など肩をかしてくれた。

坂道が危ないからとおんぶをしてくれた。

なぜかいつも傍にいてくれて、
真っ先に手を差し伸べてくれた。

そんな優しい人だった。


私は言った。
「結婚式に来て欲しい」

関さんは言った。
『やめとくよ』

「手話通訳をつけるからどうしても来て欲しい」

『わかったよ(^^)』


私はどうしても関さんに来て欲しかった。

あの時のジャンプみたく、
感動したかったし感動して欲しかった。



そして式の最後に握手をした。

後日、関さんは言った。
『大工のあんちゃん、ありがとよ』

そして約束を交わした。

iPS細胞で、
私は神経と筋肉の再生を!

関さんは聴力と毛根の再生を!

『「もう一度、
一緒にジャンプしよう!」』


2015年5月23日
山が大好きな関さんは入山した。

少しでも高く、

少しでも空に近く、

はるか大空へ、

天国へと
スカイダイブした。

パラシュートを忘れた関さん、
もう二度と地上には降り立たない。

永遠に。


でも、
きっと、
天国のどこかに、
あの時のスクールオフのように、
最高のランディングをしてるはずだ。


最高で、
最強の、
スカイダイバーだ。



このブログ、
きっと見るきっと届く。

関さん、
ありがとう。

そして、
さようなら。

あの時の約束は来世で果たそう。




スカイビング関西
    河田哲郎