仙台 | ALS,kawatetsuのブログ

仙台

13日に仙台の東北大学病院にセカンドオピニオンの診察に向かいました。

この病院はals の専門外来があり、治験も行っているので私の知る限り最高峰の病院です。

東京への病院へいく予定でしたが変更しました。

藁をもすがるという気持ちが凄くよく分かります。

本当に頑張っていろいろ行動している自分が好きになります。

それとは反対に病気な自分が嫌いでもありますが…

私を診察してくれる教授はネットでもでていた有名な専門医でした。

大阪から持ち込んだ画像や検査データ、体の病的反射を診て全身に拡がる首から上の病気。

つまり脳か脳から脊髄の間だと言われました。

どういう事かというと、alsと矛盾する 点はないという。

つまりすべての所見でals と合致しているというこを告げられました。

沈黙の後、
なぜ聞かれたのか分からないが…

「一緒にこられたのは奧さんですか?」
と教授が言いました。

なぜか涙が流れ出した。
これからしたいこと、つくること、挑戦すること、すべてを失う感じがしました。

教授の慰めではないと思うが、

「als でも20年生きてる人もいる 、
進行が止まる人もいる、
それは神様だけが知ることなんです」
と教授は真剣にいいました。

それと脳のMRI をもう一度、再検した方がいいということ。

ペット検査をしなければいけないこと。

脳に隠れた異常はないか、腫瘍はないか、最終なにも見つからなければals の診断がくだされるだろう。


最後の質問を聞かれ、
私は「alsは完治しますか?」と…


教授は「難しいですが頑張ってます」と…


なかなかない会話のやりとりでした。


診察が終わり病室をでて恋人の隣に座り少しの沈黙の後、経過を話しました。

涙はあくびでごまかしたが、病室での涙の後の目の腫れはごまかしきれなかったのでちょっと恥ずかしかったですね。

せっかく仙台まで来たのだから、牛タンを食べる楽しみがあり、仙台駅の牛タン通りで食事をしました。

が…口にあわなくもう一軒、はしごしました。 こういうはしごも初めてなので良い経験?しました。

ほんとは教授に美味しい牛タン屋を教えてもらうつもりだったが、さすがにその余裕はでてきませんでした。

またそれました、話を戻します。

後2つの検査を残すだけです。

脳に腫瘍がみつかれば喜ぶでしょう。

普通は哀しみますけど…

私はなぜか仙台にひきつけられました。

仙台空港からの電車で津波の痕跡、復興の流れをこの目で見て、深く心から感じました。

諦めない心をまた強くつくりました。

11月から大阪でals の治験が始まることを教授に教えられました。

今日、父親と母親と病気の話しをしました。

私からは覚悟を決めてもらうこと、今まで迷惑かけ続けたこと。

こらからも迷惑かけ続けること。

両親からは、私は1人じゃないこと、家族がついてること、みな助けになること。この一年間のツライ出来事、よく頑張った、病気に絶対負けないこと。

三人で泣いた何分間、凄く楽になりました。

病気と向き合う、そして付き合う人生になるかも知れません。

私の世代でこの病気が治ることを信じます。

そして、みなさん完全復活を期待して下さい。

私は奇跡が起きる人なんです、いろいろありがとうございます。

次の更新は何かしら新薬、回復の兆しが出たときにします。

何年後かは分かりませんが…


神様だけが知ることなんです!