北辰一刀流開祖 剣豪 千葉周作総師範の言葉です。
“理より入るものは上達早く、業より入るものは上達遅し”
詳しく言われたのが、
「理より入るものは、相手の行動を考え想像しながら、それに対応する技を工夫しながら
稽古をするものだ。だから臨機応変に処理できるようになる。
しかし、業から入るものは、打たれながら技を覚えるので考えることが少ない。
当然上達までには時間がかかる。
ただ、理と業は車の両輪だから一方だけ学べば良いという物でもない」
と、あります。
截拳道を創始した あのブルース リーが、映画のワンシーンで
“考えるな 感じろ”と言ったのは 余りにも有名ですが、
考えると理は 全く違うものであって
いちいち、相手の攻撃に対して、相手がこう来たら こう返そうとか、
今、自分のこの蹴りは、身体のこの部分を使ってこう とか いちいち考えながら戦うものでは無くて という意味合いであると思います。
理とは、道理であり条理であるように、理に適った動き、または身体機能の動かし方 に通じると思われます。
例えば、廻し蹴りは 身体機能でいえば、斜め45度が1番足が高く上がるので、斜め45度に膝を抱えこんで軸足を返して腰を入れて膝先のスナップで蹴る など 身体機能を理解していれば、廻し蹴りの上達が早いと思われます。
勿論、その廻し蹴りを考えず、気の遠くなる反復の繰り返しで自分のものに
していきますが、
そういう意味での 理 であると思います。
またこの稽古は ここを強くする為、またこの場面ではこう対処したほうが効率がいいので その為にやっているというのが 解って 稽古するのと、しないのでは差が出ると思います。
でも業も必要で
とにかく走れ と 5km走れ では
5kmは5kmのペース配分を考えて調整します。
とにかく走れは ゴールが見えないので、更にペースが遅れます。
しかし、業とは、見えないゴールにむかってガムシャラに走るような物で、
脳がリミッターを外す行為です。
どうしても、脳が危険と察知してリミットをかけてきますが、そこを精神力で、それには付き合わない!というものです。
これが出来る人は また強い!
なので、理と業は両輪であるが、
理から入るを良しとされるのだと思います。
空手の稽古でいうと スパーリングと組手のような物だと思います
自分はいつも、この技はこうした方がより強く相手に伝わるだとか、
こうよけるのはこの攻撃が出来る為とか、身体の構造はこうだから こうした方が効く とかよく説明します
その方がなんの為の稽古かよく解ると思うんで上達が早いと思っています。
かと思えば、ガンガンやって身体で覚える稽古もよくします。
簡単に言えば、
説明したあと、ガンガン!
です
今日も坂出道場 ガンガンいきましょう!