つかっても
つかっても
けずられるえんぴつ
がんばれ
有名な詩人の詩なのですが。
これを30歳の時に書いたというから驚きな訳です。
『こどものこころ』という本に載っていますが、僕は立ち読みしかしたこと無いので、他の作品については覚えていません。でも、何となくこの作品にだけは目がいったというか。
何でこんな詩が、あの有名な詩人の詩なのかと。
こどものこころを表現しているから?僕には難しすぎて分かりません。
嘘です。
これは、僕が小3くらいのときに書いた詩です。
まだ覚えてます。
このときちょうど父親がリストラされて、結構家庭的に厳しかった。
何か、社会の歯車みたいな、社会の仕組みみたいなものに嫌気が差していたのかも。
その時にこういう詩を書いた自分がいたんだなぁ、みたいな。
嘘です。
僕が書いた詩には変わりありませんが、詩を書くのが面倒だったので、簡単に済ませようと思って書きました。
昔、一流のものと全くの安物とを比べてみて、実際にどちらが本物(一流)かを当てる、みたいな番組があったじゃないですか?
なんか、あの番組を思い出した今日この頃。
一流って、なんだろう?
その背景に何を持っているのか、その人の履歴であるとか、そういった経歴だけで決められたものは一流では無い気がする。
企業とかも同じ考えですよね?
とりあえず、証券一部上場で認めてもらうような社会通念があるけど、成長力のある会社、将来性のある会社なんかは、一流なんじゃないか、って思う。
SONYやHONDAは、確かに一流だけど、
それだけじゃない何かがあるはず。
何が言いたいかって?
感性は自分のもの。
考えは自分のもの。
なら、自分の基準を決めるのも自分だって事。
そこにいる必要が無いと感じたとき、人はそこから脱出しようとする。
そこには消極的脱出と、積極的脱出がある。
消極的脱出は、他に何も目的が無いのに、そこからただ逃げようとすること。
積極的脱出は、他に目的を見つけたときに、それが決定的な足かせになると思うから、脱出するということ。
僕は積極的脱出のほうが、よっぽど利口だと思う。
積極的脱出をするときでも、出来るだけ考えて欲しい。
そこを本当に出て行かないと何も出来なくなるのか。
そこは本当に、全く価値の無いものなのか。
少し期待できるものがあったら、少し無理してでも続けると良い。
継続は力である。