紀元前七世紀から六世紀程に古代ペルシアのゾロアスターを祖として生まれたとされているゾロアスター教。


その基本思想は二分法(哲学用語でダイコトミーという)によってなされる。

つまり、万物を「善」と「悪」によって分類するというもの。

光と闇、天使と悪魔、天国と地獄。

よってソロアスターは様々な神話の神を「光」と「闇」によってわけ、それぞれを「光の一族」「闇の一族」としての系譜をつくり、人間の社会や世界を光と闇の関係で解こうとした。

もともとはインド・アーリア民族共通の自然崇拝だった「マズダ教」を元に創造したとされる。

イラン民族の国家であるアケメネス朝ペルシアや、パルティアでどのような位置を占めていたのかははっきりしないが、国家宗教に位置づけられるのはササン朝ペルシアの時代である。
ササン朝は、西はキリスト教国である東ローマ帝国と接し、東は仏教圏と接していた。
このような状況の中で、ゾロアスター教は国家統一の宗教としてササン朝で重要視されているのである。

この時代には教会組織も確立し、その首位聖職者はカスピ海南方のライに座を置き皇帝に次ぐ地位を与えられていた。

聖典「アヴェスター」の最後の編纂がなされたのもこの時代のことである。
しかし、やがてイスラム教徒のイラン侵入後、ゾロアスター教は急速に衰えていった。

なおゾロアスター教はイランが当時の東西交通路の中央部に位置していたことから、遠くの中国にも伝来している。中国では北魏の時代に伝えられ、隋・唐の時代に盛行を極めた。
中国では「祆教」と呼ばれ、各地に廟が建てられた。

ユダヤ教とキリスト教の関係には類似点が多く見られる。
天地創造を6期に分けるゾロアスター教と、6日にするユダヤ教との類似性、キリスト教のミサ曲に類似する曲があるのも特筆すべきところである。

宗教だけでなく、古代ギリシア数学者の「ピタゴラス」にも、彼の二分法の考え方が多く反映されていることから、ピタゴラスはゾロアスターに会ったのかもしれないといわれている。

ゾロアスターは一見、二神教のようだが、ある面では崇拝する神は「アフラ・マズダ」の一神だけであるから一神教であるとみなす考え方もあるし、アフラマズダ以下の善神と、アーリマン以下の悪神という見方もあり、その点では多神教といえるかもしれない。

また、経典「アヴェスター」はゾロアスター自身のものであるかどうかは疑わしいが、そこには最後の審判が描かれている。最後の審判はアフラマズダとアーリマンの最終決戦で、人々はアフラマズダにたいしてささやかな協力ができるというものである。

ゾロアスター教は、ペルシアが、東西交通路の要所であるため、他の宗教にあたえた影響は大きく、また、一神教、二神教、多神教の性格を有しているため、他宗教に寛容な性格をもっていた。

この独自の宗教的性格を持っていたイランの人々が、その後イスラーム教が入ってきても、他国と異なるシーア派を信仰した原因なのかもしれない。

また、ゾロアスターでは日本人にはなじみのない「鳥葬」を行う。死者は、沈黙の塔といわれる建物に安置され、その身体がハゲタカやカラスについばまれて空に舞い上がることで、天に帰るというものである。

かつて、日本の推理小説家の松本清朝が、「火の路」で、古代日本の斉明天皇が中国から伝わった祆教を信仰していたのではないかという大胆な推論を発表している。