青森県の記事のつづき。
まさかの1年以上ぶりに更新となります。
え〜と前回は弘前公園内にある
門やら櫓やらお堀やらを紹介いたしました。
(自分のブログを確かめ中)
前回の二の丸の大枝垂れ桜の木をみたあと
ちかくに建物があったので中へ入ってみました。
【資料館】
館内にはパネルやスクリーンが多数ありました。
アニメーションでスクリーンに馬が走ったり町民?が生活をしている様子が映し出されていました✨

↓タッチすると弘前城のこれまでの歴史が映像で流れます。時間の都合上じっくりはみれませんでした😅

↓お土産コーナーには津軽氏の家系図がうられていました。

歴史好きなら欲しい一品ですね😀(買わなかったけど🤫)
さて資料館から移動していよいよ天守へ。

ニュースでもやっていましたが、弘前城本丸石垣が外側に膨らんでいて修繕が必要とのことで、
一旦天守を移動させるという珍しい方法で修復工事をおこなっています。

天守が石垣なしで地面に接しているさまは滅多に見られない光景ではあるものの、
まぁ正直な感想としては「石垣がないとなんだかなぁ…」って感じでした🤔
ちなみに本来は本丸と二の丸を結ぶ下乗橋から…

↓こういう感じで天守がありました。

↓ちなみに下乗橋と天守の説明板です。

↓弘前城天守についての説明

へえ〜、最初は5層あったんだ(゜o゜;
んで焼失したのち再建して江戸時代から今に至るまで残っているのはすごいです(・o・)
家に帰ってからさらに詳しく調べてみると、
大浦為信は小田原攻めに豊臣方に参陣して秀吉から所領を安堵されたのちに姓を津軽に改めて築城を開始。
津軽藩主2代・信枚のときにより本格的な工事を行い完成させたそうです。
↓斜めからみた天守。やっぱりどこか石垣がないと違和感があるなあ😟
でも完成したらもう見られない光景にもなるわけだもんなぁ🤔

それではいよいよ内部に突入しましょう😀

すると内部には当時使用されていたと思われる駕篭が❗

駕篭には杏葉牡丹紋という紋章があしらわれていました。

↓紋章の説明

このほかにもどのようにして天守を移動させたのかなど
その工程にまつわる説明書きが展示されていました。


他のお城でもこういった敵の侵攻を妨害仕掛けがみられました。
そうそう。実はまだ記事にはしていませんが、
青森県以外にもいろいろとお城を巡っています。
石落しなどどの城にも同じような仕掛けもあれば
なかなか考えつかないような計算された仕掛けをしているものまであって
特徴やほかの城との違いを探してみるのも城巡りの楽しいところですね〜(☆▽☆)b


ちなみに壁の厚さは約30センチほどあり
内壁と外壁のあいだには直径約6センチの石がぎっしりと詰められていて
敵の鉄砲玉が貫通するのを防ぐ役割があるらしいです

三階部分には城全体の模型や、全国津々浦々の城郭パネルなるものが展示されてありました。



じっくり堪能したので外へと戻ります。

このあとの記事も弘前城のことが続きます。
2019年8月の内容なので記憶があやふやなところがありますね(;´∀`)
やっぱり体験したことはブログでもなんでもよいから
すぐに書き留めるのがいいんだなぁ(*´ω`*)
ブログ始めてから(ブランク込みで)15年経つけど、
ようやく気づいたわぁ(≧▽≦)
遅すぎだワン…