彼に心を告げた夜
  わたしの頬にそえられた彼の手
  あたたかく 厚みがあり 関節の太さを感じる 
  右の手のひら 中指のつけ根に ちいさなまめがある
  男らしい 働くものの手
  わたしは彼の手をとり すべらせ 
  そのちいさなまめに そっとくちづける
  ああ この手のひらがどれほど優しく触れてくれるか
  知っているのは わたしだけであるように


  ただ一度の夜
  いつも優しい彼の手が 
  いままで知らなかった激しさで 熱さで
  わたしの肌をすべる わたしの内奥を翻弄する
  つねにわたしを癒し 包んでくれてきた彼の手が
  いままで知らなかったわたしを目覚めさせる
  かすかな怯えはとうに消え失せ 
  わたしは彼の手を渇望し むさぼる 
  右の手のひら 中指のつけ根
  ちいさなまめの かたい皮膚がわたしの肌をすれるたび
  ああ 痛いくらいに刻みつけて 
  あなたをわたしに わたしをあなたに


  銃声が響き 
  肩から 背中から 腹から 
  血が どくどくと 溢れでる
  思わず手でおさえるが 瞬く間に あたりは深紅に染まる
  からだじゅうが灼けつくようだ
  もう 目の前も真っ赤に塗りつぶされ なにも見えない
  だれかに抱きかかえられる
  これは 彼ではない 彼の手ではない
  わたしをどこへ連れていこうというのか
  どうか わたしをそっとしておいてくれないか
  もうすぐ 彼のもとへいけるのだから
  この灼熱の苦しみに耐えさえすれば
  そのとき
  わたしの傷に触れる手を感じた
  肩 背中 腹 
  優しく 撫でるように 血を噴くすべての傷に触れ
  わたしは 灼けつく痛みから解放される
  かつてないほどやすらかな心地に 安堵のため息がもれる
  その手が わたしの頬を包みこむ
  右の手のひら 中指のつけ根 ちいさなまめ 
  ああ やはりおまえだった
  わかっていたはずなのに 
  おまえはずっといっしょにいてくれると
  もう けして見失うことはない
  彼の手に わたしの手を重ね そっとくちづける
  肉体のくびきを解かれ 
  未来永劫 わたしたちは ひとつになる



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ベルサイユのばら二次創作小説第12作め。2021年5月11日UP。


手にはそのひとの生きざまが現れる、といいます。

オスカルさまはきっと細く長くしなやかで繊細な指、日常的に剣や手綱を握るひとらしいしっかりとした皮膚の持ち主だったのでは。

そしてアンドレは少し陽に焼けて関節の目立つ大きながっしりとした、でもどこか優しい印象の手だったことでしょうね。手を使って働くひとの常として、手のひらは厚みがあってあたたかくて。

オスカルさまの心とからだ、両方に触れることをゆるされたこの世にただひとつの手。

その包容力のある手で、たとえ見えざる手となっても最期までオスカルさまを守り、癒し、導いてくれたのだろうと思います。