やがて、口を開いたのは廉麟だった。それは私が判断することじゃないからな」「では、説明申し上げます」 浩瀚はさらりと言って、書面を|書卓《つくえ》に放り出す。俺は王師を貸したにすぎん」「……それは|詭弁《きべん》に聞こえます」「詭弁でも何でもいい。少なくとも李斎は黄海より南に行ったことはないが、黄海でさえその陽脚は鮮やかで、空は力強いほど近く濃かった。陽子は延王、延麒の|後《うし》ろ|盾《だて》を得て登極し、そこまでの波乱の中、ずっと二人の世話になっていたが、そのときに同じ夢の中から現れたのだ、というこの奇妙な感覚を感じたことは一度もなかった。土匪を討伐し押さえることより、民に国の|庇護《ひご》あることを得心させるほうが断じて先だ」 アグブーツ李斎は、はっとしたし、他の者も同様に息を呑んだのが分かった。しかも──驍宗が旅立った直後から、宮中には良くない噂が広がっている。珍しいことを訊いたので驚いただけだ。冬には全てが凍りつく極寒の地。四月の鮮やかな陽光が降り注いで、アスファルトの表面に小さく|陽炎《かげろう》を生じていた。そこで|轍囲《てつい》を使ったとは考えられないか、と」「轍囲に危難があれば主上がお出ましになっても不自然ではない──それは分かるが、なぜ主上は花影も言うようにこの時期、あえて宮城を開ける必要があるんだ?」「|冬狩《とうしゅ》の……続きではないかと」 花影は低く言った。「|済《す》まない、浩瀚。「六太、変なの!」「変?」 問い返した六太が、大儀そうに|背凭《せもた》れから身を起こすと、氾麟が頷く。濁れば濁るほど、注ぎ込んでくる気脈が|痩《や》せる。「主上のものです。
「御酒ではないようですが、有り難く」 ひとしきり笑って、陽子は桓たいに問いかけた。 ──泰麒。饕餮です、違いますか」 什鈷は耳を立て、毛並みを逆立てた。主上が王宮を空けられれば、台輔だけが残されることになりますが、その台輔の間近に控えたのは州|令尹《れいいん》の|正頼《せいらい》殿、そして天官、天官長|太宰《たいさい》の|皆白《かいはく》殿も、やはり主上の麾下です。 ──どうぞ、御無事で。彼の周りで不審な事故が多いことに。なぜ祖母の写真が、あんなところに飾られているのだろう。李斎はそう思い、不安そうな花影の顔を見返した。今でも阿選を倒す機会を|窺《うかが》っている者は多いでしょう。 汕子はようやくそれを考え、そして初めて恐怖を感じた。──|戴《たい》を救うも何も、むしろ慶のほうが救われたいところだ。「……読もうか?」「いい……頑張ってみる」 陽子は四苦八苦して、親書に取り組む。守りおおせる自信はない。……ねえ?」 少女は言って、傍らに|佇《たたず》んだ人物を見上げる。単純に対応に困って保護を求めてきたのを、俺たちが取り込み、景麒だけでも偽王の手から取り戻す必要がある、と言って説得した。
もはや聞こえるのは、鋭利な耳鳴りだけだった。 花影はもともと、|藍《らん》州の|州宰《しゅうさい》で、情理に篤い名宰相だと言われていた、と聞いている。私や泰麒が戴のために何ができるのか」「そして玄君が何を施してくれるのか、訊いてみますか?」 李斎は言葉を失った。「宰輔が官を不安にさせるような振る舞いをなさるものじゃありませんよ。王の|郊祀《まつり》がなければ、国が傾くのですか? それとも王の存在が国を保つのですか?」 李斎は首を振った。初雪が降るまでに、もう何ヶ月もありません」「思うてみれば、戴は辛い国じゃな。かくも|容易《たやす》く民を見捨て、仁道を踏みにじる方々が、これまで道を失った王を裁いてきたのか!!」 玉葉は深く重い溜息を|零《こぼ》した。大僕が来なかったら、あんた──」 分かっている、と李斎は言って杜真を見た。努めとあれば、果たすだけ──けれども、私は秋官には|凡《およ》そ向かない人間だからこそ、これまで私に秋官になれと命ずる方がいなかったのではないかと思うのです」 なのに、と|呟《つぶや》いて、|花影《かえい》は視線を落とした。 なぜ思い出すことができないのだろう。 もしもそうだとしたら。 湯呑を離して、男は笑う。いわゆる、|飄風《ひょうふう》の王ですね。だから北部の民は、綿の衣服をあるだけ着込み、家族で抱き合って冬をやり過ごす……」「そう……ですか」「もちろん、炭のあるなしが生命に|係《かか》わるほどのことはない。
