うつ病で会社から退職勧告を受けて

すぐに年末年始の休みに入った。

で、休みが明けてから後任者のための

引き継ぎのマニュアルを一気に作り始めた。


私が入社した時マニュアルは存在しなかった。

入社して前任者から教えてもらいながら

ノートに走り書きしていた。

引き継ぎ期間の1ヶ月ちょっとなんて

すぐに終わってしまう。

説明オンリーで1ヶ月なんて

大したことを伝えられない。

事務処理の経験者でも会社によって

勘定科目ひとつ取ってもルールが違う。

些細なことで処理に迷うこともある。

私がそばにいなくても

ひと目で見て確認できるようなモノを用意したかった。

小さなことで右往左往することがないように。


現場には細かいルールを知っている人はいない。

にも関わらず、上司は俺に聞けという。

全部が全部ではないが、

明確かつ正確な答えは返ってこないばかりか

時間ばかりかかって、結局間違っていたりして

かなり振り回された。

直接本社の人に質問の電話をすると

上司は「そこの支店の指導は大丈夫なのか?」

と思われると言っていた。

簡単に言ってしまえば、自分のメンツがどうの・・・

と思ったらしい。

感情的に叱責されたこともある。

そんな上司に「能力がない」と言われたこともある。

時間が無限にあれば、私も鷹揚と構えていられたが、

あいにく事務処理には、締切もあり相手もある。


そんな「どーでもいい」ことに、

次の人が振り回されることのないように。

そして、「能ナシ」呼ばわりに対する復讐心もあった。


「最高のマニュアルを作って辞める」


何の得にもならない、その目標が私を支えていた。

2月はじめに一度後任者が入社したが

すぐに辞めてしまった。

結局私から誰かに直接引き継ぐことはなかった。

2月末付けで退職することが決まり、

退社日の4~5日前に上司から

簡単なマニュアルを作っておいて欲しい。

と言われた時はもうマニュアルは、ほぼ完成していた。

上司は、そのマニュアルを全部コピーして本社に送っていた。


私が退職する日、

電話で声しか聞いたことのなかった

本社の人が職場に来た。


私が作ったマニュアルをめくりながら

「よく出来ている。

全社どこを探しても、こんなマニュアルはないと思う。」

とほめて下さった。

「今までよく頑張ったね。」


その褒め言葉は会社に対する遺恨を残さないための

方便だったのかも知れない。

それはどちらでもいい。

その時は素直に嬉しかったし、報われた気持ちになったから。


うつ病を患いながら仕事を続けている人は

何か自分を支えるものがひとつあると良いだろうな、と思う。

小さな自分の中での目標で良い。

自己満足な目標で良いと思う。

私のマニュアル作りも最初は「自己満足のため」だったので。

でも、本当にダメな時は休んだ方が良いのは言うまでもない。