またまたガンダム00と前後しますが、遅れてキャシャーンsinsの感想を。
今回の物語は自己表現や創作の暗喩だったように思います。
・ポーカーに逃げるロボット達
キャシャーンの訪れた廃工場には、ポーカーをするロボット達がいました。
イカサマでロイヤルストレートフラッシュを出したり、他のメンバーがそのロボットをリンチして殺したり。
ロボット達の死は目前に迫っているのでギャンブルに逃避してしまい、他の生きがいはなくなってしまっているようです。
脅されながらポーカー勝負をふっかけられるキャシャーンですが、戦闘力が違いすぎます。
ロボット達の攻撃をかわすだけ。暴走にすら至りません。
ここで暴走して、今度は圧倒的なギャンブル力を見せ付けて勝つ!ギャンブルでも最強の男、キャシャーン!
…………なんて展開はありませんよね、はい。
・リズベル
そんな廃工場で、ギャンブルに逃げていない女がひとり。その名はリズベル。
またしても人間型の女ロボットです。このアニメの重要キャラはたいていこれ。
実はハーレムアニメなのか……!?
彼女は、この滅び行く世界を美しいと思い、それをみんなに伝えるために美しい音色の鐘を造っているそうです。
しかし材料不足で、ろくなものが作れない状況。
そんな彼女はキャシャーンの体に興味を持ちます。
やけにエロい手つきでキャシャーンにボディタッチするリズベル。
いろんな下心があるのが丸わかりですが、案の定彼女はキャシャーンを眠らせ、潰して鐘の一部に組み込もうとします。
・キャシャーンの変化
はじめはおとなしく眠ったふりをしていたキャシャーンですが、潰される直前に機械を破壊して抜け出します。
もしかしたら、キャシャーンなら潰されても再生したかもしれませんがね。
生きることが辛いなら、美しい鐘の一部になればいいのにと言うリズベルに、キャシャーンは答えます。
「僕もそう思った。鐘の一部になって、高らかに鳴り響く。でも、まだなれない。君が鐘を作るように、僕にもまだ何かするべきことが……」
これまで、何度も死ぬしかないと思ってきたキャシャーンですが、滅びの中で必死に生きる人々と出会って少し成長したようです。
前回はモロ死にたがってましたからちょっと違和感がありますが。
キャシャーンの心境の変化の最後の一押しになったのは、皮肉にもリズベルの生き方だったのかもしれませんね。
鐘を造って世界の美しさを伝えるということは、創作するということなのでしょうね。
辛いからといってただ死ぬだけだったり、ギャンブルに逃げて目先の快楽しか得ずに何も生み出さないのでは何のために生きてきたのかわからない。
このアニメのスタッフも、この作品を創ることで何らかのメッセージを人々に伝えたいと思っている筈です。
その暗喩のように感じました。
・鐘は失われた
キャシャーンが去った後、リズベルは出来損ないの鐘を鳴らします。
しかし満足な音は出ない。
工場のロボット達は鐘の音がうるさいと怒り、塔からリズベルを突き落として鐘も壊してしまいます。
戻ってくるキャシャーン。
「君の作った鐘の音は、僕の心に響いた」
「嘘よ。ひどい音だったでしょ」
「響いたのは、この世界で何かを作ろうとする君の心なのかもしれない」
・もう鐘はいらない
その後、リンゴとオージが鐘の塔を訪ねます。
迎えるリズベル。
「ここには鐘があるんです。鳴らしてみてください」
しかし、そこには何もない。
「もう鐘はいらない。心の中で鳴らせるから」
…………ううむ。
さすがに心の中で鐘を鳴らしても、その美しさはリンゴ達には伝わらない。
厳しく言えば自己完結です。
口で鐘の音を唱えるリズベルは少し不気味で、薄ら寒いものがあります。
やはり心だけでは他者に何かを伝えるのは難しいのかもしれません。
(ついでに言うと、リンゴの前で「リンゴ~ン♪」とか言ってるのはなんかシャレみたいです)
しかし、必死に鐘を作ろうとしていたリズベルの生き方は、少なくとも1人、キャシャーンには伝わった。
キャシャーンがいずれそれを形にして何かを成し遂げれば、そのときがリズベルの鐘が完成したときと言えるのかもしれません。
何かを伝える尊さというのは、伝えた人数に比例するものではないのかもしれませんね。
マイナーな作品でも、それが観た人の心に響けばそれはいい作品であり、尊い作品である筈です。
いろいろと、創作とか生きがいについて考えさせられますね。
- オトナアニメ Vol.10(洋泉社MOOK) (洋泉社MOOK)
- ¥1,000
- Amazon.co.jp