パールライスのつれずれなるままに

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日常のちょっと気になった事を気ままに書くブログ
最近は、美術鑑賞・ガジェット紹介が中心です。


「デザインが始まるのは、合理的なプロセスによる改良が終わり、魔法のプロセスによる改良が始まるときである。」

と言う事で、20世紀イタリアデザインを代表するソットサスのお言葉であります。

一方、20世紀前半を代表する建築家ル・コルビジュエ(フランス)は「形態は機能に従う」と言う有名な設計思想があります。

これは「無駄な装飾を排し、生活の機能を果たすための合理的な形」と言えます。

20世紀後半になると設計思想は「合理的な形」から「魔法」へと進化すると。

アーティゾン美術館で工業デザインの展示会?と思いましたが、なるほどこれはアートになってます。

貧民の私からすると、「この工業デザインは実生活に役立たない。ニトリの質実剛健しか買えん。なので自分はコルビジュエ派!」と堂々と胸を張れます(笑)

「こう言う物を買える意識高い系のお金持ちは、痩せ我慢せずに何気に日常使いしているな!」とこれまた胸を張って主張できます(笑)

 

 

パリ国立ピカソ美術館が所蔵するパブロ・ピカソの作品に対して内装デザインをポール・スミスが担当してコラボしたと言うもの。

 

以下は私見です。

ピカソの作品をアートして鑑賞できるか?

「コロンブスの卵」と同じ、先にやったモン勝ち(良く言えば、アートの最先端を先んじて開拓した)と言う行動力そのものをアートとして鑑賞するのでは?

岡本太郎の言う「芸術は爆発だ(既成概念を壊せ)」を実行すれば、それはピカソ流アートだと。

 

で、不思議に思ったのは、展示作品のほとんどが「1979年、パブロ・ピカソの相続人からの代物弁済」由来である事。

ピカソの遺産が莫大で、現金で相続税を支払うことが極めて困難だったため、相続人は現金の代わりに美術品・文化財を国家へ引き渡すことで相続税を支払った、と言う事です。

これがきっかけで国立ピカソ美術館が設立されたと。

 

 

メディアで話題のロン・ミュエク展、私も相乗りしてきました。

美男美女ではない市井の人々をモデルにして、リアルに彫像する。

その顔は喜怒哀楽を表しているよりもムスッとした表情。

どことなくユーモラスに見えてしまう。

 

誰かに似ているなぁ、野口哲哉の作品に似ている。

こちらは架空の武者、リアルな甲冑、仕草表情は現代人の様でユーモラス。

ロン・ミュエクの作品は生命感に溢れ、孤独、脆さや弱さ、不安、回復力といった人間の内面的な感情や体験を巧みに表現している、と言う事ですが、私にはそれが分からなかった。すみません、無神経で。

「デカく作って大衆を驚かす」ってとことが面白い、にしか感じないオッサンなのでした(笑)

しかし、作品に出てくるオッサン達は薄毛で真っ裸なのは何故なのか?