こんにちは、こんばんは。
あれから、インドのチョーラ朝について、手持ちの「山川 世界史総合図録」で調でたのですが、殆ど
記述無し!略式年表に王朝名がかろうじて書いてある程度で、あとは全くの無し。
で今度は、ネットで王朝名で検索したところ、英語版サイトでやっと発見。
(以下、ネタバレになります!)
『PS1(Ponniyin Selvan=ポンニ河の息子)』の続編が、『PS2』として、6月17日に公開されますが、小説の日本語版が無いので(70年前の原作だからね!)、歴史を知りたくて色々調べてました。
当然のことながら、チョーラ朝なんて、名前しか知るわけないじゃん?知ってるだけマシか?
でも続編になってるから、予習がしたくて調べたら、弟王子の名前が、“ポンニイン・セルヴァン””
つまり、“ポンニ河の息子”って意味になってるから、これ原作は弟王子が主役なんじゃないの?
って思いました。映画では、従者が主役らしいけど。
下は、寺院に残る弟王子の壁画だそうです。
でもって、映画では兄王子が戦争にめちゃ強いんですが、後に王の中の王、を意味する名前、
“ラージャラージャ”1世、となるのは、どうやら、弟王子の方らしいです。
兄王子は、碑文によると、暗殺されるらしいですね。-おおっと!誰に???
これも調べたら、バラモンの殺害者が、弟王子の治世二年目に処罰されていました。
ほんまかいな?
このチョーラ朝は、南インド+スリランカ北部を支配したタミル人の王国で、宗教はヒンドゥー。
チョーラ朝の支配したスリランカ北部には、現在に至るまでその歴史的な経緯で、タミル人が残るわけですが、人口比率でいうと、現在は2割位だそうです。
植民地時代に、英国統治下のスリランカでは、この2割のタミル人が優遇されていたそうですが、
独立以降、当然ながら、人口の8割を占めるシンハラ人(仏教)が強くなっていきます。
で、現在に至る民族対立の遠因ができちゃったらしいですね。
(どっかのツチ族とフツ族の紛争を思い出しますが、あれはルワンダでしたっけ?)
20年前、2004年に私がスリランカ行ったとき、ガイドがシンハラ人の中年男性だったんですが、
「娘の結婚相手に、日本人ならOKだが、タミル人は絶対に駄目」と言ってたのを思い出します。
タミル人とシンハラ人、見た目の区別、全然つきませんけどね。
もっというと、インド人とスリランカ人も全く区別つきません。
サリー着てカレー食べてると、全部インド人に見えます。^^;
でもわかりやすい違いとしては、建築物が違うんですよね。
やはり仏教寺院とヒンドゥー寺院の違いがあって、どっちも素敵ですが、違う国だなって。
まあ、インドにしろ、スリランカにしろ、古くから親日国なんですけどね。
どっちも、歴史映画とか、ドラマとか、漫画とか、沢山出して欲しいなあ。
そしたら、面白く学べるのに。