Q&Aサイトで生活保護について質問したらある人に偏見交じりにに差別をうけました。
ベストアンサーに選んでも200文字しかコメントできないのでここに書いておきます。


まず、私の質問から。

月6万で生活している躁鬱病者です。生活保護を受けたら私を社会的差別しますか?

10年前から躁鬱病で通院しています。
働くことが出来ず、毎月仕送りを約6万ほどもらっています。

約6万のうちわけは、
・家賃3万9千円
・水道光熱費・電話代6千円ほど
・プロバイダ料3千5百円
・医療費2千5百円
・食費5千円
・残り、雑貨・服飾など

弟と2人暮らしで弟も無職です。

食事は弟は実家に帰って摂っています。
私は実家の父親に病気であることを宗教的理由で怒られているので、実家で食事は出来ません。
主治医には実家には行かないように言われています。
なので食費は私がすべて使っています。1日2食お茶漬けのみです。

借金は私はありません。
弟は2箇所の消費者金融から借りていて、現在返済の督促が来ています。
いくら借金があるのか教えてはくれません。

借金があると自己破産しなければならないことは熟知しています。
それでも借金が低額で保護費を返済に使わなければ自己破産はしなくてもいいと確認しました。

私は病気になる前は会社員で税金などはきちんと払っていました。

最近弟に生活保護の話を持ちかけたところ、
「社会的差別を受けるから絶対にいやだ」と言われました。

生活保護の話は以前にもソーシャルワーカーの方に相談に乗ってもらったのですが、
弟はその時はソーシャルワーカーも生活保護も拒否しました。
2度とそのソーシャルワーカーには会いたくないと言っています。

私は生活保護受給をあきらめてしまいましたが、
世間ではどの程度まっとうな生活保護受給者を差別しているのか知りたくてこの質問をしました。
ですので違反受給者のことは省いてお答えください。

補足:
プロバイダに入っているのはサイトを持っているのと、
ポイント・リサーチサイトに入っていて3ヶ月に2千円ほど得られるからです。

弟はクロネコでバイトをしていましたが、
体力的に苦しいからと、
とぴあパソコン教室(無料)でパソコンの基礎とウェブ関係のことを学んで就活を始めましたが、
スキルが足りないため就職できずにいます。

お答えは、
あなた自身が私が生活保護を受けたら、
差別するのかしないのかをお答えください。



・差別するという最もキツイ答え

実にあまっちょろい。
答えからすると差別するに決まっている。
こっちは働き詰めで年に2日しか休めない生活を何年も続け、毎年高額な税金を納めてます。
労働基準法なんて関係なく。
一歩間違えれば私も鬱になりそうですよ。でもなんとか気合で精神のバランスを保っています。
仕事など選ばなければたくさんあります。なければ自分で仕事を作れば良いです。
単なるナマクラ病じゃないですか。
プロバイダーだって3ヶ月で2千円なら赤字じゃん。そんなもんなくても十分生きれる。
言い訳ばかりで周りのせいにするな。
こんな輩の為に税金払っているかと思うとイライラする。
厳しいですが、社会の役に立てず、
地球資源を無駄に食いつぶすだけなら生きる価値すらないと思います。
少なくとも私は常に自分にそう言い聞かせ、
ガムシャラに働いて、納税し、家族を養ってます。



・出来なかったコメント

鬱状態と躁鬱病は異なります。

気合で鬱病にならない方法をご存知なら是非、医学会での発表をお願いします。
特許も取れますよ。
仕事も生活も楽になるでしょう。
それで鬱病にならない人が増えますので。

精神病者がなまけているという誤解は多くあります。
それはご存知ですか?
それで自殺する人もいますが、
私には自殺はしないとの約束がありますので。

労働基準法違反は犯罪です。
仕事など選ばなければたくさんあります。なければ自分で仕事を作れば良いです。

インターネットは弟と共用です。
就職活動をするにも、インターネットは必要です。

私は躁鬱病のため作業自体が出来ないのです。
病気になって退職してから仕事をいくつもして、
精神的に苦しくて自殺未遂を3度して家族に迷惑をかけました。

私は過労が原因で躁鬱病になりました。
あなたは実にあまっちょろい。
もっと働いて精神病になってください。
ガムシャラじゃ足りませんよ。

私は一生涯、薬で躁鬱状態を抑えなければなりません。
わかりますか?あなたに。

年間自殺者のうち、鬱病で亡くなるのは20%です。
躁鬱病は鬱病よりも難しい病気です。

あなたを軽蔑はしません。
誤解がとければ許します。

もしまだ私に生きる価値さえないと思われるなら仕方ありませんね。
あなたの性格に問題があると言えます。


・以上
今回分かったことはネットでは生活保護の受給について会話をしないこと。
実社会ではほとんどの人は差別していないことでした。