体の不調を通して思うこと② | C l e a r n e s s

[体の不調を通して思うこと①]
のつづき



長年、様々な方法を試してみても体調が改善されない中、2012年の
11月頃にふと何年も前にヨガの先生が言っていた、フェルデンクライス
のことを思い出し、調べてみると、家で自分で出来るエクササイズの
本があり、買って実践してみたところ少し楽になったので、「これは
いいかも」と思いぼちぼちと続けてみました。

でも、その時だけ楽にはなっても、仕事が終わるころにはまた辛く
なったり、疲れていてエクササイズを行う気力もなかったりして、
状況はあまり芳しくなく、昨年の年明けからしばらくして、左側の
首から肩にかけてと肩甲骨あたりまでの痛みがかなり強く、体調が
絶不調だったので、思い立って整形外科へ行ってみました
そしてそこで、「軽度の頚椎ヘルニア」と診断され(!)メカラウロコ
というか何と言うか。。。


そういえば、のどの痛みや違和感の強さに気を取られていたけど、
肩や首もずっと調子は悪かった。
でも、それまでに受けたどのセッションや施術でも首や頚椎の不具合を
指摘されたことは一度も無かったんですよね(@_@;)
唯一、古式腱引き療法の先生だけは頚椎の不具合に言及していた
けど、整形外科などで診てもらうようにとは言われなかったし、自分でも
まだ思いもよりませんでした。

もちろん、それだけが不調の全ての原因では無いかもしれないし、
元々の不調の原因なのかどうかは断定出来ないかもしれません。
ただ、その診断を受けてわたし自身納得出来る部分が大きかったし、
かなり前から、頚椎や首の不具合が影響していたように思える節がある。


そう考えると、わたしがこれまで受けて来た、施術やセッションを
行った施術者やヒーラーやセラピストの方達は、わたしの身体や症状に
関して、結局よくわかってなかったということやなぁと、つくづく
思いました。
特に、わたしがのどの不調を真っ先に訴えていたことで、「過去世で
そこを刺されて殺されたことがある」とか言ってたヒーラーさんとか、
ほんまに笑けてきたし(笑) 
それで、2時間2万円位のセッション料金取るってどうよ(+_+)


自分の思いぐせとか、精神的な部分やエネルギー的なものが
体の不調に影響している可能性は、わたしは否定はしませんが、
それに対して的確なアドバイスをくれたり、不調の原因で納得の行く
説明をしてくれたヒーラーやセラピストや施術者の方に、わたしは
出会ったことがありません。
もちろん、わたしが受けて来た施術やヒーリングなどで効果があった方も
いるのでしょうし、それぞれの方がその時その時、ご自身なりに、真摯に
行ってくださったとは信じたいですが。


整体などの施術であろうが、スピリチュアル系ヒーリングであろうが、
受ける側は無防備になる訳で、そこでは無意識の上下関係が起きてしまい
がちで、その分、行う側の影響力も責任も大きいはずで、それは、
行う側の人が自分でわかってると思っている以上に大きいと思うんです。
そういう状況の元で、ご自身が施術やセッションを行っていること、
「自分にはわかっていないこともある」ということは、自覚して頂きたい
ですし、安易な気持ちで口にした言葉が、自分が思う以上に受け手に
影響を与えているかもしれないことを、心に留めておいて欲しいです。


わたしの場合は、人から見れば命にかかわる症状ではないように
思えるでしょうが、自分で働かないと生活していけない立場なので、
体の不調は深刻な問題でこの先不安だし、だからこそ本当に長い間、
多くのお金や時間や労力を使って色々やって来て、それでも改善
されずに苦しんで来ました。
わたしよりももっと大変な状況の方もたくさんいらっしゃるでしょうし、
クライアントが、施術者が考えている以上に切実な思いでいるかも
しれないということも、心に留めておいて欲しいです。

人に何らかの施術やセッションを行うということは、安易なことでは
無いはずです。


わたしは今は、フェルデンクライスやそこから派生したハーモニー体操
などを、CDやDVDを使って自分で行ったり、実際にFIやATMレッスンを
受けたりすることで、調子がマシな日が増えて来て、希望が見えて来た
感じなので、少しずつでも良くなっていけばなぁと思っています。
(軽度の頸椎ヘルニアって治療法が無いようで、整形外科ではストレッチ
を教えてくれて、痛み止めを出してくれただけでした(^_^;))


別に被害者モードになっている訳ではなく、わたしにとっては事実を
書いたつもりですが、体の不調のお陰で「手放す」や「ゆだねる」ことに
意識が向くようになったことも事実ですし、わたしもどこか全く別の所で、
誰かを気づかずに傷つけて来たこともあるのだろうから、この自分の
体験を通して、内容は違っても人の痛みや苦しみをわかることが出来る
自分でありたいと思いますし、「わかっていない」ことをわかっている
自分でもありたいと思います。

ほんまに全ては学びなんやなぁとは思いますが、「ちょっと遠回りさせ
過ぎ、いらないお金や時間を遣わせ過ぎなのではないでしょうか、神様」
とも、思っています(笑)


2014年、良い世の中になりますように虹キラキラ