お風呂、入るのが面倒くさくて、私は入りたくなかったんだと思う。
全部打ち遣って、布団の中でスマホで漫画見て逃避していたかった。
なぜ、何かから逃避していたかったのか?
二人でいることから?
二人でテレビを眺めるのも疲れて嫌になっていたから?
平日の夜から寝るまで数時間、休日も週1くらいなら。
でもそれが続きすぎると私はもう疲れて一人になりたくなる。
一人でずっと、布団の中でスマホをいじっていたい。
放っておいてほしい。
多分、じわじわとこうなりだしたのは4年以上前からだと思う。
一人の休日は基本そう。
休日二人でいるのに、無視して一人で布団にいることが出てきたのは、ここ半年~一年くらいだろうか。
でも多分、スマホは本当に一番やりたいことではない。
私はずっとふて寝している。
反抗期みたいな、諦めみたいな、早く人生が終わってほしいと思うようになった。
丁寧な暮らし、とか、何それ。みたいな気持ちで、生活において自分をおざなり?なおざり?にすることを、どこか嗜虐的、自虐的に、あえてしている。
反抗期と諦めって、相反しているような気がするけど、なんだろう。
誰への反抗?何への?これ、ずっと考えてるけど、私の中で答えをかなり探りたくないものみたいだ。
拒否感、あるもの。
反抗期って感じはあるけど、その根っこを触りたくない感じ。
がんばって触ってみるか。わかってるんだけど。
具体的な対象でいうと、まあ、配偶者だろう。
なんでかな、すごく縛られているような気がするのかな。
別に普段、やさしいんだけどね。
どこで縛られてるって気がするのかな。
わかってるとこだと、私が離れたら死ぬ、みたいなことをいろんなふうに表してくるところ。
私が死んだら、死ぬんですって。
生きていけないみたいなことも言われた。
そうしたら、私がもし離婚するって言っても、死ぬのかな?
そう思えてしまうから、離婚話をするときは、彼を死に至らしめるかもしれない覚悟をもって臨まないといけない。
これは一つの呪縛。これ、結構大きいよね。
彼は言葉の綾だっていうようなことよう言うけど、そういうこと言われるほうの身にもなってほしいな。
言葉は良くも悪くも呪いだよ。
ちゃんと気をつけて使いなよね。
なんで私が彼を殺す、みたいな話になるんだろう。
私の勝手な思い込みだろうか、それもそうかもしれない。
もし私と離婚したらあなた死ぬ?って、一度きいてみればいいのかな。
きいてみなければ本当のところはわからないものな。
でも、見捨てないで、がんばるから一緒にいて、みたいなことは何度か言われているからな。
その他にも縛られていることは多分あって、彼はそれに無自覚だ。
そして、一方で私ももしかすると勝手に縛られていると思い込んでいることも多いのかもしれない。
二人でいても、私はもう好きなことを好きにやろうかな。
相手のことなどもう考えないで。
ある意味勝手に私が抑圧されてると思い込んでいたから、私は反抗し、どこかで諦め、ふてくされているんだ。
でも相手のことなどもう考えなければ、私は抑圧されない(物理的に何か干渉されない限り)。
ソレハコトバノアヤ、そう、それならそれを額面通り受け取る必要もないんだものね。
言葉を丁寧に使わない人は、私は嫌い。
自分の感情や考えを他者に伝えることを、下手なことやお酒が入っていることを理由にして逃げて、ぞんざいにする人は、私は嫌い。
そういうことで、私はあの時はっきりと、お風呂に入りたくない、私はここでしばらく一人でいる、と言ってそれを貫けばよかったのだ。
彼が何度も何度も何度も何度も何度も何度もお風呂入ろう、と言うのに対して、うんはいるうんはいると言いながら布団から出ないのではなく、明瞭に断固として断るべきだった。
結局、私はキレて叫んで、自分で自分の頬を少しはたいて、お風呂に入った。
彼はあんなに入ろうと言ってたくせに、私がキレたせいか入らなかった。
それを嫌みたらしく指摘したら、そういうことじゃない、と言われて、じゃあどういうことなんだよという言葉は呑み込んだ。
書いていて怒りがまた染み出てくるが、結局屈してしまうのがよくない。
彼が何気なく言うことに屈してはならない。
それは私を縛るものではない。
私は私の心や理性に基づき言動を行うべきであり、他者の言動に従ってはならない。
私は私自身のために生きる。