74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:06:21.31 ID:2gh8j1c0
“御坂美琴”は中学2年の6月に意識不明の重傷を負い、秘密裏に病院に搬送された。
原因は暗部との抗争だった。
レベル6シフト計画のことを知った彼女はそれを阻止しようと学園都市の暗部に足を踏み入れた。
しかしとある暗部組織に阻まれ、そして致命傷を負った。
学園都市の最新医療によってなんとか命だけは取り留めたが、意識がもどる見込みはない。
当然学園都市の上層部は慌てた。
レベル5の中でその存在が広く知られているのは、第3位と第5位しかいない。
1位や2位とは異なる意味で、彼女は替えの効かない存在だった。
そこで、事件の遠因となった妹達に白羽の矢がたった。
――能力はその人間の精神と大きく関わっている。
反乱防止のために感情を大きく制限された妹達はレベル3にも満たなかった。
では学習装置を用いて、オリジナルから抽出した記憶、感情を全てクローンにインストールしたらどうなるか。
そうして00000号は生み出された。
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:11:52.17 ID:2gh8j1c0
***
「くそっ!!!」
上条は雑誌を投げ捨てるとビルの外に飛び出した。
上条の頭の中にいくつものシナリオが思い浮かぶ。
その中でも最悪なシナリオが頭の中で膨らむ。
悪い予感ほど良く当たる。
朝から一日中学園都市を走り回ったが美琴の姿は見つからない。
既に日が傾きかけている。
こんなときでもスキルアウトがお構い無しに上条を取り囲む。
「ちっ……!」
本当は背後に暗部がいる可能性を確かめたいが時間がない。
手早くスキルアウトを叩き潰すと上条はその場をあとにしようとする。
その時聞き覚えのある声が路地に響いた。
「お待ちなさい!ジャッジメントですの!」
76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:18:11.87 ID:2gh8j1c0
そこには肩の腕章をこちらに掲げる白井黒子の姿があった。
「白井……?」
「あら……、お久しぶりですわね。どうやったかは存じませんがそこのスキルアウト、あなたの仕業ですの?」
「待ってくれ白井!今はそれどころじゃないんだ!」
「久方ぶりにお会いしたと思えば……、今度は何に巻き込まれているんですの?」
「それは…………そうだ白井!美琴がどこにいるかわからないか?!」
「お姉様?」
「そうだ。今すぐ会いたいんだ。連絡とかとってもらえないか?!」
「でしたら、事情をお話ししてもらいませんと……」
「それは……できない。でも……頼む!白井!」
「……仕方がありませんね。少々お待ちくださいな」
「すまない……!」
白井は小さくため息をつくと、起き上がる気配のないスキルアウトたちをちらりと見ながら携帯電話を取り出した。
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:23:20.44 ID:2gh8j1c0
“御坂美琴”は意識不明に陥ってから数ヵ月後、奇跡的に意識を取り戻した。
しかしそこで彼女が目にしたのは、かつて自分がいた場所に立つ00000号の姿だった。
自分が見たことのない後輩。
会ったこともない友人。
そして上条当麻。
それらに囲まれて笑う00000号を見て“御坂美琴”は全てを諦めた。
彼女から全てを奪うことは出来ない。
全ては学園都市の深すぎる闇に足を踏み入れた自分の責任なのだ。
“御坂美琴”は人知れず闇に生きることを決意した。
それから数ヵ月後、思いもしない命令が舞い込んだ。
00000号が学園都市に反旗を翻し、学園都市を出て行った。
その代わりに再び学園都市第3位の超電磁砲に戻ること。
命令を拒否するはずもなかった。
胸に突き刺さる罪悪感。
しかし表の世界への渇望は、何にも優るものだった。
こうして“御坂美琴”は再び学園都市第3位の超電磁砲となった。
78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:30:06.86 ID:2gh8j1c0
***
美琴は真夜中の学園都市をあてもなく彷徨っていた。
”彼女”の話を聞いた美琴は、静止するのも聞かずにその場から逃げ出した。
今どこにいるのかわからない。
そうではなかった。
――自分が誰なのかわからない。
それが今の自分を表すのにふさわしい言葉だった。
偽りの記憶。
偽りの人格。
作られた容器。
能力を失っても依然として美琴を支えていた”自分だけの現実”。
その全てが跡形もなく崩れ去っていた。
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 00:36:05.45 ID:2gh8j1c0
気がつくと一年前のあの場所にいた。
今からちょうど一年前の出来事を思い出す。
彼女の話が本当ならば、あの時の自分は今の自分と同じはずだ。
そんな詮方もないことを考えている自分に気づき自嘲する。
彼女の話には何の根拠もなかった。
同じ記憶、同じ身体を持っているならば、どちらが本物かなど意味のない議論だ。
しかしこの話をしているときの彼女の表情は紛れもなく自分のものだった。
思いやり、罪悪感、やり場のない怒り、それら全てが入り混じった表情。
同じ自分だからこそわかる。
彼女は何一つ嘘を吐いていない、吐けるはずがない。
自分は人の手によって作り出されたクローンなのだ。
何一つ本物でない。
それが自分なのだ。
「助けて……」
あの日と同じ言葉が口からこぼれた。
「助けてよ…………」
***
上条も同じ場所へ来ていた。
一年前と同じ、鉄橋の上に。
話は全部“御坂美琴”から聞いていた。
全て上条が予感したとおりだった。
それでも上条が受けた衝撃は大きかった。
美琴がクローンだったという事実。
吐き気がするほどの学園都市の闇の深さ。
そして目の前に居る美琴。
その表情は、一年前の今日この場所で上条が見たものと同じだった。
一年前と同じ、あまりに弱く、脆く、消えてしまいそうな横顔だった。
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 01:00:22.36 ID:2gh8j1c0
「美琴っ!!」
彼の声が聞こえる。
やっぱり彼は来てくれた。
でも違う。
自分を呼ぶ声ではない。
それは自分の名前ではないから。
彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。
「来ないでっ!!」
必死で叫ぶ。
彼が怖い。
自分を見てどう思うのか。
本当の自分を知ってどう思うのか。
知りたくない。
「来ないでって言ってるでしょ!!!」
彼に向けて渾身の雷撃を放つ。
彼は手を翳すことすらせずにその中を歩いてくる。
効かないことくらいわかっている。
両目から涙が溢れ出して止まらない。
この涙は本物だろうか。
そんな仕様もないことが頭に浮かぶ。
ぼやけた視界を影が覆う。
一週間前と同じ、大きくて、温かい感触が彼女を包んだ。
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 01:10:51.98 ID:2gh8j1c0
自分の腕の中で泣き続ける少女に、上条は言葉をかけることができなかった。
もっともらしく道理を散りばめた台詞。
そんなものが幾つも脳裏に浮かんでは消えた。
しかしこの少女のことを思うと、どれもおそろしく薄っぺらなものに思える。
美琴は強い少女だった。
一人で学園都市の闇に立ち向かった。
そして超能力の喪失を乗り越えた。
それ以外にも幾つもの壁を打ち破り、克服してきたのだろう。
しかし自分の腕の中で泣きじゃくる少女は、そんな姿とはかけ離れていた。
かつて美琴は言っていた。
『壁があれば乗り越える。ハードルがあれば飛び越える』、と。
しかし踏みしめるべき地面を、それを蹴る足を、突如消し去られてしまった。
目の前にあるのはただ小さく、脆く、今にも消えてしまいそうな少女の姿だった。
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 01:17:29.90 ID:2gh8j1c0
上条は考えることをやめる。
一週間前に彼女がそうしてくれたように、自分の思いをそのまま口にした。
「俺は、あの日美琴を守ると約束した。約束は……全然守れてないけど、あの決意は嘘じゃない」
「……」
「ただあの言葉は美琴のために言った言葉じゃない。
…いや、正確に言うと半分は美琴のために言ったんじゃない。自分のために言ったんだ」
美琴を抱きしめる力を強める。
「俺は戦争で生きる支えを失った。でも……あのとき、美琴が手を差し伸べてくれた。だから俺はそれを支えにもう一度立ち上がることができたんだ。だから……美琴を守るという約束は、美琴のためだけじゃない、俺のためにも失うわけにはいかないんだ」
美琴の泣き声が徐々に小さくなり、嗚咽へと変わる。
「俺はこのクソッタレな能力を何度呪ったかわからない。何度も消し去ろうとして、でもそんなことはできなかった。
だが今はこの力があって良かったと思ってる」
美琴が顔をあげる。
目は真っ赤に晴れ上がり、顔中涙でくしゃくしゃになっている。
その頬を優しく拭いながら上条は続けた。
「俺は、この能力がある限り絶対に死なない。ずっと、ずっとお前のために生き続ける。
どこに行ったって必ずお前のもとに帰ってきてやる。だから、お前も……美琴も……、」
上条はゆっくりと息を吸い、吐き出した。
「俺のために、生きて、死んでくれ」
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 01:27:15.43 ID:2gh8j1c0
止まったはずの涙が再び溢れ出す。
でもこの涙はさっきまでとは違う涙だった。
見失った自分、失くした心……、今は全てを忘れられた。
彼が自分を必要としてくれる、そのことがただただ嬉しかった。
全てを知った上での、彼の思い。
自分が何だろうが構わない、必要とされるならそのために生きよう。
わかっている。
彼のためじゃない。
そう、半分は。
でもかまわない。
彼が差し伸べてくれる手にすがろう。
まっすぐに彼の目を見る。
「わかった……約束してあげる……。だから……」
そう言って目を閉じる。
彼の手が肩に回される。
彼がゆっくりと近づくのがわかる。
温かく、やわらかい感触と、涙の味がした。
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/15(木) 01:36:05.77 ID:2gh8j1c0
***
隠れ家に戻ると一方通行が待っていた。
いつの間にか手に入れた携帯電話で土御門を呼び戻す。
二人に全てを話すと、勝手に外に出た挙句スキルアウトを全滅させたことを怒られたが、土御門はなぜかほっとした様子だった。
二人の昔の仲間は無事見つかったらしい。
後日交渉が行われ、幾つかの条件と引き換えに、上条らは学園都市から今後追われないことを約束された。
土御門と一方通行は再び学園都市の暗部に籍を置くこととなった。
上条は遠慮したが、二学期から高校への復学を許可された。
「超電磁砲、お前はどうすンだァ?」
一方通行が尋ねた。
「ちょっと……、もうその名前で呼ばないでよ」
「もう話はしたんだろ?」
「うん……私は学園都市に残るわ。その……えー、オリジナルのことは二人で話し合って解決するって決めたし、
とりあえずは他の妹達と同じように生活することになると思う」
「学園都市の外に出た方がいいんじゃないのか?」
「それでどうやって生きてけっていうのよ。それに、当麻も残るんでしょ?だったらいいじゃない」
「んー、そう言ってもなあ……」
「私が決めたんだからつべこべ言わないの。私を守ってくれるんでしょ?」
美琴はこっちを見て悪戯っぽく笑っている。
確かに美琴の言うとおりだった。
当面の懸案事項は解決された。
これからのことはじっくりと考えていけばいい。
心に決めたこともある。
上条は小さく笑うとこう言った。
「わかりましたよ、お姫様」
続く