ミコト「ただいま!」【2】 | とあるSSのクライアント

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 どうしてこんなことになったのだろう。

 ふとそんな考えが脳裏をよぎったが、上条はすぐにそれを否定する。

 誰のせいでもない、自分が招いたことなのだ。

 自分の甘さが、自分の弱さが。

 ロンドンに残る仲間の顔が頭に浮かぶ。

 こんな自分が今更彼らの前に顔を出せるのか。

 何千人もの命を奪い去ったこんな自分が。

 

 上条は自分の能力を呪った。

 奪うばかりで何も守ることの出来なかった能力。

 激情にまかせて罪の無い命を奪い去った能力。

 自ら死ぬことすら許さない能力。

 そして、御坂の力を消し立った能力。

 

 自分にみんなと一緒に居る資格はない。

 幸せになる資格など無い。

 わかっていた。

 それでも未練がましくロンドンまで来てしまった自分にため息が漏れる。

 度し難い。

 

 空を見上げたままゆっくりと目を開く。

 その瞳には、何も映らなかった。

39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:05:45.55 ID:RlNI3720

「よーカミやん、久しぶりだにゃー」

 突然背後から声がかかった。

 振り向かずともわかる、級友の声だった。

「ロシアでの話は聞いてるぜよ。ずいぶんと派手にやったみたいだにゃー」

 半年前と変わらない、彼らしい軽口だった。

 しかし上条はなんの反応も示さなかった。

 こちらを振り向くことさえしない。

 その様子をみて土御門はやれやれとため息をつくと、そのまま上条の背中に向かって続けた。

「カミやんのことだから、全て自分のせいだとか考えているんだろうが」

「……」

「別にカミやんがしたことはこの世界じゃ珍しくもなんともないことだ。俺だって人くらい殺している。必要悪の教会の連中だって例外じゃあない」

 土御門の言葉は上条の耳に届いていた。

 何を言っているのかも理解できた。

 だがそれだけだった。

 でたらめな数字の羅列のように、上条の頭には何一つ入っていかなかった。

 土御門もそのことはわかっているようだった。

 少し間を置くと、めったに見せない真面目な表情で口を開いた。

「それで―――」

「……」

「超電磁砲との約束はどうするんだ」

40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:14:43.94 ID:RlNI3720

 その言葉に、わずかに上条の背中が反応したように見えた。

 上条の頭の中はもう何ヶ月も濃い霧がかかったようだった。

 しかし土御門の言葉を聞いた瞬間、わずかに自分が動揺したことに気づく。

 半年振りに耳にした、優しく、懐かしい、そして一番聞きたくない響きだった。

 

「久しぶりに会ったというのに、相変わらず君は辛気臭い空気を撒き散らしているんだね。見ているこちらまで陰鬱な気分になってくるよ」

 土御門の背後から別の声がかかった。

 2メートルを超える長身と、肩まで伸びた赤い髪の神父。

 ステイル・マグヌスだった。

 

 相変わらず上条は振り向く素振りすら見せない。

 しかし上条は久しぶりに聞くその声に、何ともいえない不安を覚えていた。

 

「君の話はあらかた聞かせてもらったよ。まあ正直どうでもいい話だったけどね。インデックスを泣かせたことは許せないけど、僕自身は君がどうなろうと知ったことじゃあない」

「……」

「君に同情しないこともないよ。君の力を平気で使いこなせる人間なんて数えるほどしかいないだろうさ。君の行いに対して何か言おうなんていう気もさらさらない。ただ――」

「……」

「ただ、彼の言葉は、君にとってその程度のものだったのかい。僕の――」

 上条の不安は確信に変った。


「父親の言葉は――」

43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:22:12.65 ID:RlNI3720

 今度こそ上条の背中は明確な反応を見せた。

 黒い髪をした、長身で長髪の魔術師。

 初めて彼に会ったときに上条が感じたものは間違っていなかった。

 上条の精神を支配している黒い感情が一段と大きくなり、上条の胸を締め付ける。

 「……っ!!」

 上条は何も言えなかった。

 しかしステイルは上条の心を読んだかのように答えた。

 「ああ、君が父の最期について何か責任を感じているというならそれは間違いだと言っておこう。彼は僕よりもずっと強い魔術師だった。もし彼の死が君のせいだと思っているなら、それは彼に対する侮辱でしかないよ」

 (でも……、それでも……)

 「父は全部知っていたんだろう。自分が死ぬこと。君がこうなること。全てわかっていて君にあの話をしたんだよ」

 ステイルはポケットから煙草を取り出しくわえると、静かに火をつけた。

 「君は一年前のことを覚えているかい。君がインデックスと初めて会ったときのことだ」

44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:31:43.35 ID:RlNI3720

 「……」

 「僕はインデックスを守りたかった。

  僕の力が足りないばかりに彼女の思い出を守ることが出来なかった。

  彼女の命を守るために彼女を傷つけもした。

  再び彼女の記憶を奪い去ろうともした。

  そして、全てが過ちだったということを知った……」

 「……」

 「あのときほど自分を呪ったことはない。今まで一体何をやっていたのかと。そして自分を責めた。自分にはあの子のそばにいる資格はない、と」

 「……」

 「でも、僕の信念は何一つ変らない。彼女が僕をどう思おうと。全てを忘れてしまったとしても……」

 「……」

 「僕は、彼女のために、生きて死ぬ」

45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:38:56.72 ID:RlNI3720

 上条は最後まで一言も発することはなかった。

 しかし長い間自分の頭にかかっていた霧が取り払われていくのを感じていた。

 同時によみがえる血塗られた記憶と、抑えきれないほどに膨らんだ負の感情。

 数ヶ月間閉じ込めたれていた感情と思考が目まぐるしく脳内を駆け巡る。

 上条はあふれ出る何かをこらえながら、ゆっくりと振り返ろうとした。

 その瞬間、ステイルが口を開いた。

 「おっと、新しいお客さんみたいだ」

 

 上条が振り向くと、そこには御坂美琴が立っていた。

46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:45:18.34 ID:RlNI3720

***

 御坂は何かに導かれるように、ロンドンの夜道を走っていた。

 目的はもちろん上条当麻だった。

 どこにいるのかはわからなかったが、必ず会えるという予感があった。

 会ってどうするのか。

 言いたいことは沢山あった。

 上条がいなかった半年間のこと。

 労いの言葉。

 感謝の言葉。

 労わりの言葉。

 そして、失った能力のこと。

 それらは一方通行の最後の言葉によって雲散してしまっていた。

 それでも、アイツに何か一言いってやりたい。

 狭い路地から川辺に出ると、そこには懐かしいツンツン頭が見えた。

 

 速度を緩め、息を整えながらゆっくりと上条に近づく。

 建物の影から何か声が聞こえたような気がしたが、今は影も形も見えない。

 なんて声を掛ければいいのか思いつかない。

 御坂が逡巡していると、ツンツン頭がゆっくりとこちらを振り向いた。

 

 その瞬間御坂の頭は真っ白になった。

48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 03:56:19.77 ID:RlNI3720

 半年振りに見る上条はだいぶ変わっていた。

 身長がずいぶん伸びたようで、体格も一回り大きくなっていた。

 イギリス清教のローブを纏い、まるで魔術師のような格好をしている。

 しかしそんなことは御坂の目には映っていなかった。

 

 振り向いた上条の、吸い込まれそうなほど深く、絶望に満ちた瞳。
 
 こけた頬と、大きなくま。

 彼の周りに立ち込める、暗く禍々しい空気。

 御坂の目は一瞬でそれらに奪われた。

 そのどれもが一方通行の話が真実であることを物語っていた。

 

 御坂は声を発することができなかった。

 かける言葉は考えていなかった。

 それでも言いたいことは沢山あった。

 しかし今となってはそのどれもが意味をなさないように思える。

 自分はこの少年になにができるのか。

 

 答えが出る前に身体が動いていた。

49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:03:39.04 ID:RlNI3720

 上条も言葉を失っていた。

 一番会いたくて、一番会いたくない相手。


 言うべきことは沢山あった。

 謝罪の言葉。

 この半年のこと。

 そして、果たされていない、あの日の約束のこと。


 一方で胸の中の黒い感情が上条を押しつぶそうとする。

 自分が御坂にかけていい言葉などあるのか。

 目を瞑り、すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちを必死で抑える。


 突然何か温かいものが胸にぶつかる感触があり、目を落とす。

 そこには自分の胸に顔を埋め、抱きつく御坂の姿があった。

50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:17:12.20 ID:RlNI3720

 思わず上条に抱きついた御坂だが、自分の行動に驚きはしなかった。

 静かに鼓動する心臓の音が聞こえる。

 彼がかすかに震えているのがわかる。

 「俺は……」

 頭の上から声が聞こえた。

 半年振りに聞くその声は、弱く、掠れて、およそ彼の声とは思えなかった。

 「俺は…………っ」

 


 必死で搾り出した声。

 その声は自分のものでないかのようだった。

 俺は……

 俺は一体どうしたいのか。

 御坂に謝りたい。

 御坂に許してもらいたい。

 御坂を抱きしめたい。

 

 御坂の背後で宙に浮いている自分の両手を見つめる。

 自分にその資格は無い。

 わかっているはずなのに。

 上条は表情をゆがめる。

 胸元から御坂の声がした。

 「私は……、当麻のことが好き……」

 御坂は震える声で続けた。

 

 「あの日の約束……、答えを…聞かせて……」

51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:23:04.63 ID:RlNI3720

 なぜこんなことを言ったのかはわからない。

 この場の雰囲気にふさわしい言葉とは到底思えない。

 約束なんてどうでもよかった。

 答えなんて聞きたくない。

 髪に温かいものが落ちる。

 彼の涙だろうか。

 長い、長い沈黙のあと、ゆっくりと息を吸い込む音が聞こえた。

 

 

 上条は驚いていた。

 御坂の行動に、そして御坂が発した言葉に。

 こんな時間にこんな場所にいること。

 間違いなく一方通行から話を聞いているのだろう。

 それでも自分のことを好きと言ってくれる。
 
 半年前と変わらない、優しい声で。

 上条の心を覆う、厚く、重い、罪の意識。

 そこから溢れ出る、どうしようもないほどの愛おしさ。

 上条の頭の中を様々な思いが駆け回る。

 土御門の言葉。

 ステイルの言葉。

 御坂の言葉。

 そして、あの魔術師が遺した言葉。

 (「いつか……、私の話を思い出していただければと思います」)

52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:32:47.20 ID:RlNI3720

 いつかとは今のことなのだろうか。

 しかし自分は彼とは違う。

 この身に宿した力。

 自分に……、できるのだろうか。

 


 「上条当麻!」

 新しい声が聞こえた。

 顔を上げるとそこには息を荒げた浜面仕上と滝壺理后がいた。

 浜面は上条に向かって強く言い放った。

 「お前が…、お前が自分のことをどう思おうと、お前は俺にとってのヒーローだ」

 「……」

 「俺は…、俺には何もない……。あいつらみたいな能力も持ってないし、頭だって悪い。昔の仲間だって救えなかった……。それでも…、それでも滝壺を守りたいって思う俺の心を、お前は間違っているって言うのかよ!」

 「……」

53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:39:58.16 ID:RlNI3720

 上条はいつの間にか自分の頬を涙が伝っていることに気づいた。

 嬉しかった。

 こんな自分のことを、気にかけてくれる仲間がいる。

 みんなの優しさに甘えたい。

 自分を許してほしい。

 その考えを振り払うかの様に、上条は強く目を閉じる。

 

 「とうま!!」

 聞きなれた、懐かしい声がした。

 泣きそうな顔をしたインデックスと、彼女に付き添う神裂の姿があった。

 インデックスがゆっくりと口を開く。

 「1年前、私が初めてとうまに出会ったとき、私はとうまにこう言ったんだよ。『私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?』って」

 「……」

 「とうまは本当に最後まで私について来てくれた。ううん、とうまは私を地獄の底から救い出してくれた。

 だから……、だから今度はとうまが救われる番なんだよ」

54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:45:13.37 ID:RlNI3720

 上条はこらえきれなかった。

 思わず御坂を抱きしめる。

 細く、小さい体がわずかに震える。

 両の目から半年分の涙が堰を切ったように流れている。

 あの日の魔術師の言葉が甦る。

 (「だからあなたはもっと自分勝手に、わがままに生きていいのです」)

 どうして皆、自分の心を見透かしたかのようなことばかり言うのだろうか。

 大きく息を吸い込む。

 

 いいだろう。

 もう一度立ち上がろう。

 自分勝手に、思うままに生きてやろう。

 上条は決意する。

 あの日のように、前へ進むために。

 「俺は……」

 自分でも方便だとわかっている、しかしそれでも構わない。

 「お前を、御坂を守る」

 御坂が、皆が自分を支えてくれると言うのなら、遠慮なくそれにもたれかかろう。

 「そのために、生きて死のう」

55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/07/13(火) 04:52:28.54 ID:RlNI3720

 長い沈黙のあとに発せられた彼の言葉。

 その声は相変わらず掠れて小さかったが、彼女の知る彼の声だった。

 短いその言葉の裏にはどれほどの思いが隠されているのだろう。

 でも今はいい。

 言葉でしか埋められない思いは、後から埋めていけばいい。

 今は彼が帰ってきたことを喜ぼう。

 「……当麻」

 御坂は顔を上げる。

 そこには涙でくしゃくしゃになった彼の顔があった。

 瞳が濡れて光っている。

 彼女が知る、紛れもない、彼の顔だった。

 「なんだ……?」

 優しい声に、思わず顔がほころぶ。

 自分の頬にも涙が伝っていることに気づく。

 御坂は再び上条の胸に顔を埋める。

 「…おかえり」

 大きく、温かな手が頭を包み込む。

 

 「…ただいま」


前編・完