私はツイッターのアカウントを持っているのですがほぼ、見るだけ。
でも、ニュースよりも日本のことが分かるし、ツイッターチェックは毎日の日課になっています。
そして、香港生活で支えられた言葉は実はツイッターから見つけたものも多くて、それをペーストして携帯に保存していました。
何度見ても色あせない強く優しい言葉。
備忘録を兼ねて載せたいと思います。
出典元が分からないものに関しては特に明記していません。
もし、知っている方がいらしたら教えてください。
今回は失恋をした時にたくさん支えられた志茂田景樹さんの名言。
気持ちが離れていく相手を追うとね、なお反動つけて離れていくよ。なら、自分も反動つけて離れようか。気持ちの冷えた相手に未練はないだろ。中途半端でいるとね、いちばんいい状態だったときの相手ばかりが目に浮かぶ。それを未練というんだ。
恋愛はね、お互いに自分にないものに憧れあい、それを求めあう要素が強い。だから、身分、貧富、知識などの格差が懸け離れていても成立する。結婚は片方に少しあってもう片方に多くあるものを互いに教えあい、協力しあっていく要素が強いよ。だから、シーソーができるほどの釣り合いがいいの。
そりゃ辛いさ。あんなに愛し合ったんだもの。でも、もう別れる理由は忘れようね。これからそれぞれに歩く道は出会って恋をしなければ見つからなかった道だよ。それぞれの心に成長という置き土産が残ったからこそ歩ける道なんだから。
そこがゴールだ、あと少しの頑張りだ、と思ったときはね、すでに気が緩んでいる。そこにゴールが見える、でも本物のゴールはもっとずっと先だ、と思ったほうが集中力は持続するものなんだ。
頑張ろうという気持ちはいいよ。でも、頑張ろうという言葉はなぜか焦らせるし、心のなかにぎゅうぎゅう詰まり消化しづらいんだ。もっと心を広げてみようか。そこに生まれたゆとりを大事にしてごらん。そこで初めて頑張ろうという気持ちも行動に移れるんだよ。
人って弱いからね、解っていても自分を甘やかす。寝る前に歯を磨くとき、鏡の中の自分と対面するよね。そのとき、今日やったことは自分でよく考え、自信を持って実行したものかどうかを振り返ってみよう。他人の意のままに動き、責任逃れをしていたら自分を甘やかしている証拠だから改めよう。
いつもどこかで自分を思ってくれる人がいる、と信じるとね、今やっていることにたとえ不満があってもしっかりやるようになるの。すると、自信が生まれてくる。恋人とか親とかいなくてもね、思ってくれる人がきっとどこかにいると信じる。人間としてね、ここがいちばん大事なことなの。
結婚に大きな期待をかけるのはいい。でも、それぞれが負っていた重荷を1つにして支え持つんだって覚悟はしといたほうがいい。1つにした重荷はね、結婚生活の地盤をしっかりと築く負荷になるから、それによって得られる喜びの方がずっと大きい。その重荷が何かを2人で考えることが結婚なの。
疲れたろうね。努力しても努力しても報われないんだもの。疲れて当然だよ。少し自分を癒そうか。自分を責めないでね、すべてを忘れて休んでごらんよ。疲れは取れる。そして、そのときに、すぐには目に見えてこない成果もあるんだって気がつくから。
約束はここぞというときにきちんとした人と交わせばほんとうの約束になる。すぐに約束を口にする人を見ているとね、自分に利のあるように運ぼうとしている。約束は相手に利のあることで相手を安心させるためにしてごらん。信用という凄い利が返ってくるから。
恋だからね、別れるはめになることだってある。別れても好きだと苦しいから、って忘れようとするよね。すると、なお苦しいの。忘れなくっていいからさ、心の中に置いておけばハードルになる。それを超える彼と出会えば、忘れまいとしたって忘れるんだよ。
自分は誰からも必要とされていない、などとなぜ思うの。きみの目に入っていないだけで、きみを必要としている人はいろんな立場からちゃんと見ている。ただ、もう少し見ていたいんだと思うよ。そこで立ち止まらずに、もう少し先に行ったきみを、ね。
ときには流されていいよ。いつもちゃんと頑張っているんだもの。頑張るというのはね、流れに逆らい結果を出していくようなものだから疲れが溜まる。ただ休むよりも流されて調整したほうが自分のやってきたことがよく見える。新たな頑張りが効率よく結果を出すことにつながるんじゃないの。
愛されることの価値はね、あの人の愛で自分が今たしかに輝いていると実感できることなの。でも、愛することの価値がもっと高いのは自分の愛で大切な人が今たしかに輝いているとその力の素晴らしさを実感できることなの。
自分の嫌いな部分がいっぱいあろうと、好きな部分が1つあればいいからね。その1つがいっぱいの嫌いな部分をコントロールしてくれる。だから、自己嫌悪や、自信喪失に陥ってもすぐに立ち直れるんだよ。嫌いな部分は気にしなくていいから、好きな部分をもっと好きになってやろうよ。
どうして自分には縁がないのかなどと焦んなくていい。どこかに自分と結ばれる人がいる、と思ってごらん。今は遠くにいるかもしれない。でも、見えない糸で結ばれている。その糸が長いだけなの。長いほうが出会うまでいろいろと模索して学べる。だから、出会ってからが充実してときめくものになるよ。
人が羨む境遇を築いても幸せを感じられるときはごく短いと思うの。丹精込めたバラが花を咲かせたのを見て、その人がふっと感じる幸せも、一瞬後にはもうそこからいなくなっている。幸せは捕まえておけるものではなく、何かやったときにつかの間寄り添って感じさせてくれるご褒美なんだと思おう。
少し辛いときにね、誰かがどこかで見ていてくれると思うだけで心強いよね。それだけで、ちょっと頑張れる。うんと辛いときにね、誰か助けにきてくれないか、と思ってもそう都合よく助けにきてくれる人なんかいない。だから、少し辛いときにちょっと頑張って、いつもちゃんとしておけばいいの。
でも、ニュースよりも日本のことが分かるし、ツイッターチェックは毎日の日課になっています。
そして、香港生活で支えられた言葉は実はツイッターから見つけたものも多くて、それをペーストして携帯に保存していました。
何度見ても色あせない強く優しい言葉。
備忘録を兼ねて載せたいと思います。
出典元が分からないものに関しては特に明記していません。
もし、知っている方がいらしたら教えてください。
今回は失恋をした時にたくさん支えられた志茂田景樹さんの名言。
気持ちが離れていく相手を追うとね、なお反動つけて離れていくよ。なら、自分も反動つけて離れようか。気持ちの冷えた相手に未練はないだろ。中途半端でいるとね、いちばんいい状態だったときの相手ばかりが目に浮かぶ。それを未練というんだ。
恋愛はね、お互いに自分にないものに憧れあい、それを求めあう要素が強い。だから、身分、貧富、知識などの格差が懸け離れていても成立する。結婚は片方に少しあってもう片方に多くあるものを互いに教えあい、協力しあっていく要素が強いよ。だから、シーソーができるほどの釣り合いがいいの。
そりゃ辛いさ。あんなに愛し合ったんだもの。でも、もう別れる理由は忘れようね。これからそれぞれに歩く道は出会って恋をしなければ見つからなかった道だよ。それぞれの心に成長という置き土産が残ったからこそ歩ける道なんだから。
そこがゴールだ、あと少しの頑張りだ、と思ったときはね、すでに気が緩んでいる。そこにゴールが見える、でも本物のゴールはもっとずっと先だ、と思ったほうが集中力は持続するものなんだ。
頑張ろうという気持ちはいいよ。でも、頑張ろうという言葉はなぜか焦らせるし、心のなかにぎゅうぎゅう詰まり消化しづらいんだ。もっと心を広げてみようか。そこに生まれたゆとりを大事にしてごらん。そこで初めて頑張ろうという気持ちも行動に移れるんだよ。
人って弱いからね、解っていても自分を甘やかす。寝る前に歯を磨くとき、鏡の中の自分と対面するよね。そのとき、今日やったことは自分でよく考え、自信を持って実行したものかどうかを振り返ってみよう。他人の意のままに動き、責任逃れをしていたら自分を甘やかしている証拠だから改めよう。
いつもどこかで自分を思ってくれる人がいる、と信じるとね、今やっていることにたとえ不満があってもしっかりやるようになるの。すると、自信が生まれてくる。恋人とか親とかいなくてもね、思ってくれる人がきっとどこかにいると信じる。人間としてね、ここがいちばん大事なことなの。
結婚に大きな期待をかけるのはいい。でも、それぞれが負っていた重荷を1つにして支え持つんだって覚悟はしといたほうがいい。1つにした重荷はね、結婚生活の地盤をしっかりと築く負荷になるから、それによって得られる喜びの方がずっと大きい。その重荷が何かを2人で考えることが結婚なの。
疲れたろうね。努力しても努力しても報われないんだもの。疲れて当然だよ。少し自分を癒そうか。自分を責めないでね、すべてを忘れて休んでごらんよ。疲れは取れる。そして、そのときに、すぐには目に見えてこない成果もあるんだって気がつくから。
約束はここぞというときにきちんとした人と交わせばほんとうの約束になる。すぐに約束を口にする人を見ているとね、自分に利のあるように運ぼうとしている。約束は相手に利のあることで相手を安心させるためにしてごらん。信用という凄い利が返ってくるから。
恋だからね、別れるはめになることだってある。別れても好きだと苦しいから、って忘れようとするよね。すると、なお苦しいの。忘れなくっていいからさ、心の中に置いておけばハードルになる。それを超える彼と出会えば、忘れまいとしたって忘れるんだよ。
自分は誰からも必要とされていない、などとなぜ思うの。きみの目に入っていないだけで、きみを必要としている人はいろんな立場からちゃんと見ている。ただ、もう少し見ていたいんだと思うよ。そこで立ち止まらずに、もう少し先に行ったきみを、ね。
ときには流されていいよ。いつもちゃんと頑張っているんだもの。頑張るというのはね、流れに逆らい結果を出していくようなものだから疲れが溜まる。ただ休むよりも流されて調整したほうが自分のやってきたことがよく見える。新たな頑張りが効率よく結果を出すことにつながるんじゃないの。
愛されることの価値はね、あの人の愛で自分が今たしかに輝いていると実感できることなの。でも、愛することの価値がもっと高いのは自分の愛で大切な人が今たしかに輝いているとその力の素晴らしさを実感できることなの。
自分の嫌いな部分がいっぱいあろうと、好きな部分が1つあればいいからね。その1つがいっぱいの嫌いな部分をコントロールしてくれる。だから、自己嫌悪や、自信喪失に陥ってもすぐに立ち直れるんだよ。嫌いな部分は気にしなくていいから、好きな部分をもっと好きになってやろうよ。
どうして自分には縁がないのかなどと焦んなくていい。どこかに自分と結ばれる人がいる、と思ってごらん。今は遠くにいるかもしれない。でも、見えない糸で結ばれている。その糸が長いだけなの。長いほうが出会うまでいろいろと模索して学べる。だから、出会ってからが充実してときめくものになるよ。
人が羨む境遇を築いても幸せを感じられるときはごく短いと思うの。丹精込めたバラが花を咲かせたのを見て、その人がふっと感じる幸せも、一瞬後にはもうそこからいなくなっている。幸せは捕まえておけるものではなく、何かやったときにつかの間寄り添って感じさせてくれるご褒美なんだと思おう。
少し辛いときにね、誰かがどこかで見ていてくれると思うだけで心強いよね。それだけで、ちょっと頑張れる。うんと辛いときにね、誰か助けにきてくれないか、と思ってもそう都合よく助けにきてくれる人なんかいない。だから、少し辛いときにちょっと頑張って、いつもちゃんとしておけばいいの。