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俺は余裕たっぷりの表情で微笑み返す。
「騙されてはいけません。あれはここに残りたい者が自分に言い聞かせているだけです。実際、西は南の二倍いるのですから。惹きつけるものがあるのです。それで何人も去った。でも自分はここに残る。そう思う者がジャガー族は畜生だと主張しているのでしょう。鬼畜米英の発想と同じですよ。占領されてしまえばあっちの方が良かった、よくあることです。団結するために共通の敵を作っているのですよ」
再三の説明にもかかわらず唐沢はまだ疑っているようだった。
「でも片山さん、ルリカケス族の人々がジャガー族に移ったという確たる証拠でもあるのですか」
「人数を計算したら分かります。桂木さんは二年間で七人も連れてきたんですが、全部ルリカケス族に加わっているんですよ。日が浅い人が多いですね。トモコと長瀬は三ヶ月前に、村上と芳子は半年前に来たばかり。かおりは丁度一年目、その三ヶ月前に元木と早苗が来た。つまり二年前はケイコさんと息子の他、吉村夫婦しかいなかったことになるのです。どう考えてもおかしいではありませんか。当初四十六人いた蛇島で、ルリカケス族はたったの四人で結成されたというのですか」
続けざま、キセルで壁の印をとんとん叩く。壁板には「美紀バイバイ」「直子バイバイ」と刻まれている。
「これは昔ここに住んでいた者が彫ったのでしょう。ルリカケス族をバイバイした女が二人いて、これを書いた者がいる。裏切り者は最低、三人はいますね」
「なるほど」
唐沢は痕跡を指でなぞる。
唐沢は納得したのか比須顔になった。
「そりゃ良かった。仲間に逃げられれば、お嬢さん独りでは暮らせなくなる。理事長の所に連れて帰ることができるかもしれませんな」
「ケイコさんはあっちに人間が取られて行くこと癪に障るのではないですか。僕が仲間になる時、男は最初だけだ、そのうち変化を求め、どんどん刺激を求めるとか、散々けなされましたから。島について少しでも聞けば腹を立てる。東西南北、好きな部族に移動できるルールなら、ジャガー族が一番人気で、ハブ族が最低。ルリカケス族は初心者向きでしょう。慣れればそのうち僕もジャガー族に加わると思っているんでしょうね」
唐沢は何度も肯きながら俺の勝手な解釈に聞き入っていた。
外はバケツをまいたような激しい土砂降りになった。暗い空は怒り狂っており、雷が盛んに轟いている。物置小屋の外に張付けられているビニールにぱちぱち叩き付ける音が、重い瞼を跳ね返す。眠気が覚め、ぼ―っと横を見る。
唐沢は藁の上で死体のように両手を腹の上において眠っていた。ケイコが東京に戻ってきた夢でも見ているのか、表情が柔らかい。
鉛色の暗がりの中、底抜けの不安に落ちていく。本当にルリカケス族はジャガー族に仲間を取られているのか。他所の部族については皆が触れたがらない。さっき名探偵を演じてみせたが全然矛盾がない。当初、四十六人を四つに分けたとしたら、十一人はいたはずだ。二年前、四人しかいなかったとしたら、七人も出て行ったことになる。こんなにぞろぞろ抜け出す理由があるのか。
確かに南は住み心地が良い。気性の荒い者もいない。踊りながら楽しくやっているが、それが返って災いしているのかもしれない。インディアンなら自給自足が原則だ。ここは米や塩、醤油などを本土から買って貯蔵している。これだけの労働でこれだけの生活レベルは享受できない。
金属製の陳列に並んだプラスチッケケースを眺める。米は十キロの袋が二つあり、焼酎の大瓶が一ダースはある。味りん、砂糖、味噌、缶詰など揃っている。悪天候が続いたとしてもこのルリカケス族は滅びそうにない。リスクのなさに不満を感じる。ここは食糧に困っていないが、東西はどうやって食糧を手に入れているのか。ハブ族の酋長が運んでいるのか。あの男は何かの商売で忙しいように見える。桂木のように頼れないなら自給自足をしていることになる。山芋でも栽培し、魚介類を食い、家畜を飼うなり、鳥や獣を捕まえて殺せば、肉が食える。「野蛮だ、畜生だ」といわれようが仕方のないことだ。ルリカケス族の生え抜きは本来の状態に戻って行ったのではないか。
太い雨粒の弾ける音を聞きながら、俺は次に抜け出しそうなインディアンに思いを巡らせた。酋長の口ぶりからして俺と同じ若い男だろう。男は翔太を除いて四人。吉村と元木、長瀬、村上。吉村はケイコと三年一緒。元木は経済計画長。長瀬はトモコ次第。残るは村上だが、一番若いし、密かに脱出を企てているかもしれない。
近くで落雷があり、縮み上がる。夢から醒め、冷静になる。疑い深くなる。本場のネイティブ・アメリカンがケイコらの生活に感心するだろうか。勤勉な者には耐えられない。仲間の契りとて固そうで、案外脆弱ではないか。ケイコが裏切られているのは事実だ。この島は秘密がある。未だに誰も正直に教えてくれない。自分で突止めるしかない。
ビニールを叩き付ける雨音を聞きながら、村上に接近してみようと心に決めた。