13-a 四面楚歌 | 蛇のスカート   

13-a 四面楚歌

   

翌朝、静かになった。強風と重い雨音が止み、透き通った青い空が広がった。

時計なしで生活を始めてから、太陽の傾き加減を測る。東に四十五度だから九時だとか、西に二十度だから六時かと勘繰る。東のワシ族の拠点から昇ってきた黄金の光は、ゆっくりと天頂を高く泳いでジャガー族の待ち構える西にピッタリと沈んでいく。不気味だった。

太陽が東に四十五度ぐらいの時、食堂でアジの塩焼きを食べる。かおりが何時の間にか隣にいた。無視し、朝早く出かけた唐沢のことを考える。調査はうまく行っているのか。

唐沢は昨夜、現金を積み、桂木に漁船を動かしてもらうよう口説いた。桂木は渋ったが、五万円出されると、顔色を変え、漁船で島を一周することに合意した。

食事を終え、日課の漂流物拾いに向う。かおりはパッチワーク作りの仕事に消えた。釣竿を抱え、集落を出て海に向かって下りようとすると、シャベルを持った吉村と元木が復旧作業をしている。コンクリートの階段を残し、赤土の部分が大雨で流れてしまっていた。泥の海に枝葉が浮かんで漂っている。足元に気をつけながら降りる。大雨の後は釣れないので誰も釣りに行かない。道はぬかるんで、足が脹脛まで泥水に浸かる。蛭が太ももにくっ付く。ハブに噛まれるよりましだと思いながら、銛と竿を上げて前進する。

森を抜け出ると、嵐の後の光景に鳥肌が立った。白く泡立っていた海岸は美しく生まれ変わっていた。黄色い砂浜には大量の漂流物が点々としている。大波はフィリピン方面から沢山の椰子の実を運んでいた。拾って揺すると、ちゃぷちゃぷ音がした。ナイフで穴を開け、口をつけて甘い汁を吸う。ココナツジュースに満足し、砂の上に寝そべる。優子の話を思い出す。奄美大島には海の彼方にある神の国から豊穣や豊漁がもたらされるという信仰があり、漂流物をその神からの贈り物、ユリムンと呼んで感謝していたらしい。

しばらく日光浴した後、船着き場にある大岩を伝って、断崖に近い場所で糸を降ろす。いくら待っても釣れない。既に予想していたので、残念にも思わず、竿を置き、銛を手にした。潮が引いたとき、磯の浅瀬に閉じ込められた魚を狙って突き刺そうと構える。河豚類の派手な背中は、見るからに毒がある。稚魚がいた。死に物狂いで狭い岩陰に逃げる。袋の鼠だ。刺し殺すのを止め、網で掬ってバケツの中に放り込んだ。小ぶりだったので腹の足しにならず、大きめの魚を狙い、ヤドカリを餌に再び竿を投げる。

碧い海に意識を浮かべる。波が静かに岩礁にかぶさる。長閑だ。森からセミが合唱し、海鳥が鳴く。赤い浮きが揺れている。太陽は海を黄金の針で無数に刺すように輝いている。

分裂した蛇島に思いを馳せる。映画撮影。価値観の違う現代人に爪弾きに合うから諦めたのか。インディアンの理想郷を作るのに変更した。だがこの島とて四つに分断しているではないか。神々を崇拝する原始世界に戻れば、上手く行くという保障はない。人々は神々を祝って平和になるどころか、神々のために殺し合いをやりかねない。やはり今の寛容なシステムが一番良いのかもしれない……。

取り止めもないことを考えていると太陽が西に七十度ぐらいの角度で移動していた。